
新・地方自治のミライ
侵略戦争と自治のミライ|新・地方自治のミライ 第109回
NEW地方自治
2026.01.27
出典書籍:『月刊ガバナンス』2022年4月号
「新・地方自治のミライ」は「月刊 ガバナンス」で過去に掲載された連載です。
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本記事は、月刊『ガバナンス』2022年4月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
2022年2月24日にロシア軍はウクライナ侵攻を開始した。この侵略戦争の行方と帰結は予断を許さない。また、戦争・安全保障は典型的なハイポリティクスであり、地道な地域生活に責任を負うローポリティクスの自治と、最も縁遠い領域でもある。さらに、ユーラシアの彼方で起きた戦争であり、文字通り対岸の惨事と傍観もできよう。実際、「平和の祭典」北京パラリンピックは、中国において、侵略戦争を傍観するように催行された(注1)。
注1 国連総会は2021年12月に、ロシアも共同提案国の一つとして、北京オリンピック休戦決議を採択している。休戦期間は、五輪開幕(2月4日)の7日前から、パラリンピック閉幕(3月13日)の7日後までである。
とはいえ、ウクライナ侵略戦争は、日本の自治にとって投げ掛ける課題も少なくない。今回はこの問題を採り上げてみたい。なお、情報が限られている上に、事態が同時進行中であるので、あくまで執筆時点の暫定的な考察に過ぎない。

自治体内の平和
戦争や有事は、敵愾心や憎悪を掻き立て、日常時には水面下に押さえ込んでいたとしても、様々なわだかまりや差別感情や過去の記憶の噴出を正当化しやすい。差別や排除を、「大義」によって正当化しやすくなる。むしろ、よいことをしているという自己陶酔の暴走を始める。フクシマ事故では被曝者差別(注2)になり、新型コロナウイルス対策では「自粛警察」が横行した。
注2 非常に複雑なのは、被曝者・被曝地への差別だけでなく、そうした「風評被害」による差別を否定するという正義によって、被害の可能性について声を上げること自体を抑圧するというセカンド差別もなされていることである。
すでに広範な対ロシア経済制裁が実施されている。侵略戦争に対して、集団的自衛権または集団安全保障の行使として軍事介入で反撃しないときに、経済制裁などを行う。経済制裁自体は侵略為政者も軍隊も物理的に止められない。経済制裁は、侵略為政者とその取り巻きに限定することもある。しかし、広く国民経済に影響を与えることで、国民の内部からの反発を期待する面もある。
広範な経済制裁は、制裁側にも被害があるだけでなく、被制裁側の被害はむしろ民間である。ロシアの侵略為政者に責任があり、民間人に責任はないにしても、結果としてロシア民間人を痛めつけることが「正義」となる。このような国がお墨付きを与えた「歪んだ義憤」に駆られた民間人攻撃を抑えることは、地域の住民保護を預かる自治体の大きな役割になろう。
例えば、2月28日に、東京・銀座のロシア食品専門店が何者かに看板を壊される被害を受けた。しかも、経営者はウクライナ人、スタッフもウクライナ人・ウズベク人・日本人という(注3)。しかし、ロシア人を正確に識別して排除すれば良いわけでもない。
注3 ENCOUNT 2022年3月3日12時35分配信。
自治体外交
国際関係が友好的であれば、自治体や民間の交流も促進されよう。国際関係が友好的でないときこそ、ハイポリティクスと切り離されて、ローポリティクスの自治体外交で友好の基盤を構築する選択もある。逆に、国の対外的弱腰を非難し、より強硬な姿勢を打ち出すこともある。
国際平和文化都市・広島市は、ハイポリティクスに踏み込んできた。例えば、本年1月21日には、「核兵器禁止条約の発効から1年を迎えることに対する市長コメント」を出し、「ウクライナを巡って米ロ欧州諸国間の相互不信の溝は深まり、台湾等を巡っては米中の覇権争いが激化するなど国際情勢は緊迫」していることへの憂慮を示した。
ロシアによるウクライナ侵略に関しても、広島市長は長崎市長と連名で、「ロシアがウクライナ侵略に踏み切り、核兵器の使用を示唆した一連の行為について、被爆地市民を代表し、ここに厳重に抗議する」という「核兵器使用を示唆するようなプーチン大統領の一連の行為に対する抗議文」を送った(注4)。被爆自治体として、核兵器使用を示唆したこと、本年1月にロシアを含む核保有5か国が発出した共同声明のなかで、「核戦争に勝者はなく、決して核戦争をしてはならない」と世界に発信したことへの自己矛盾であり、核兵器のない世界の実現に向け努力を続ける国際社会を大いに失望させる行為、などへの批判である。
注4 テレビ新広島電子版2022年2月28日20時45分配信。全文は広島市役所ウェブサイトにある。
ロシアの侵略行為によって、対露関係の悪化は不可避である。日露交流に尽力してきた自治体、特に、北海道や本州日本海側の自治体は、難しい判断を迫られるであろう。
例えば、1970年に、日本の日本海沿岸地域とロシア極東シベリア地域の友好親善と経済協力を促進し、両地域の発展を図るため、日ソ沿岸市長会が設立された(注5)。1992年にはソ連解体にともない会の名称を日ロ沿岸市長会に変更した。設立当初より新潟市長が代表幹事を務め、新潟市に事務局が置かれている。会員は、秋田市、新潟市、新潟県長岡市、上越市、佐渡市、富山市、富山県高岡市、射水市、金沢市、福井県敦賀市、京都府舞鶴市である。ロシア側カウンターパートはロ日極東シベリア友好協会(会長・ハバロフスク市長)である。2年に1度、日ロ沿岸市長会議を開き、日ロ両地域の経済協力や観光交流などの問題について協議し、会議での合意に基づき両国政府や関係機関への要望書の提出なども行っている。近年では経済界・観光業界関係者を交えた日ロ沿岸ビジネスフォーラムを市長会議に合わせて実施してきていた。こうした地道な交流は、相当の再構築が迫られよう。
注5 新潟市役所ウェブサイト。 日ロ沿岸市長会ウェブサイト。

姉妹都市
京都市はキエフ市と1971年から姉妹都市である(注6)。契機は、1956年の日ソ共同宣言による国交回復後の1958年の駐日ソ連大使の京都訪問に伴う申出である。また、1971年はデタント(緊張緩和)の時期でもあった。その後、アフガニスタン侵攻などによる第2次冷戦、大胆な緊張緩和、ゴルバチョフ暗殺クーデタ未遂とソ連解体・ウクライナ独立など、様々な出来事のなかで継続してきた。
注6 ウクライナのオデッサ市と横浜市も姉妹都市である。
侵攻直前の2月16日付で京都市長・市会議長は親書を送り、「市民間の交流、都市間の交流を維持し、深めること」を伝えた。3月1日には、京都市会は「力による一方的な現状変更は国際法に違反する行為であり、到底容認できない」と、ロシアのウクライナ侵攻に抗議する決議を全会一致で可決した。さらに、侵攻後の3月2日には、ウクライナへの連帯と平和への願いを示すため、市役所前の広場に献花台を設置した。市役所本庁舎・市営地下鉄各駅・一部公共施設など市内73 か所で、寄付金受付を始めた。4日から二条城の一角をウクライナ国旗の青と黄にライトアップし、連帯を示す。5日には、国外に脱出したウクライナ難民の受入検討を表明した。3月10日には受入に向けて民間団体との検討会合が開かれた(注7)。
注7
産経新聞電子版2022年3月2日11時28分配信。
NHK NEWSWEB 2022年3月2日13時33分配信。
京都新聞電子版2022年3月5日10時47分配信。
NHK NEWSWEB 2022年3月10日17時32分配信。
同時に、ロシア内各市との姉妹都市も多い。大半はサハリン・沿海州などロシア極東と北海道・本州日本海側であるが、東京都とモスクワ市、大阪市とサンクト・ペテルブルク市、広島市とボルゴグラード市なども、姉妹都市である。例えば、広島市は、姉妹都市連携は市民レベルの親善として継続するとしつつも、今秋の交流事業の中止を、3月9日に表明した(注8)。また、大阪市は、過去、姉妹都市関係をハイポリティクスに使い、いわゆる「少女像」に抗議してサンフランシスコ市との姉妹都市を解消した(注9)。今回は3月8日付で公開書簡を送り、ロシアの侵略行動を国際法違反として軍の撤退を求めた。3月11日付メールで侵攻ではないとする返信があり、大阪市長は「お付きあいできない」と今後の対応を検討するとした(注10)。
注8 中国新聞デジタル版2022年3月10日11時31分配信。
注9 拙論「地方自治のミライ第61回 「慰安婦」問題のミライ」『ガバナンス』2018年4月号。
注10 MBS NEWS 2022年3月16日10時20分配信。

おわりに
直接的な軍事侵攻に対して、自治体ができることは限られている。とはいえ、何もしないことが追認を意味すると誤解されることも困る。侵略戦争を不問にして、交流を継続することが、実質的に侵略国への経済的・文化的・道義的支援になりかねない。他方で、こうした対立と不信と憎悪と暴力が先鋭化するときこそ、あえて非武装である自治体間・企業間・民主間での交流による信頼醸成がなされなければならず、また、対話と交流の門戸を閉ざすべきではない。ロシアによるウクライナ侵略戦争は、自治関係者にも重い課題を投げ掛けている(注11)。
注11 在日ウクライナ大使館はツイッターでロシアとの交流停止を自治体や大学に求めた。但し、その後、行き過ぎだったとしている。朝日新聞デジタル版2022年3月11日21時00分配信。
著者プロフィール
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。
主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。
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