マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
第2回 カフェ発 便利なものにはわけがある。 便利なスマホアプリと その仕組み。
ICT
2019.03.26
アプリのインストールでは同意内容に注意
カラン♪カラン♪
入ってきたのは竹見だった。竹見は、カフェの近くにある帝都大学の教授だった人だ。この店の常連で、この時間によく現れる。
「加藤君、いつもの。」
「あら、竹見先生。見てくださいな。今朝、スマホを買ってきたの!」
絵美が持つスマホを指さしながら、うれしそうに里中が言った。
「おや、里中さん、いつもながらそういうところが若いねぇ。絵美ちゃんが持っているということは、絵美ちゃんが使えるように初期設定をしてあげているのかい?」
里中に声をかけられた竹見は、絵美に話しかけながら普段座る定位置ではなく、カウンターに座りながら言った。
「今、LINEの話をしていたところなのよ。」
「ほほぅ、LINEですか。」
竹見はニコニコしながら、里中に顔を向け言った。
「LINEで孫と写真を交換したいと思っているの。メールより簡単だって孫が言うから、どうにかして使えるようになりたいと思っているの。」
「なるほど。」
「絵美ちゃん、あとね、観光地などのナビゲーションをしてくれるソフトもインストールしてくれない。最近、お散歩倶楽部に入ったので色々なところに行くんだけど、しょっちゅう道が分からなくなって困っているの。」
「里中さん、スマホで使うソフトのこと、アプリって言うんですよ。」
LINEの設定をしている絵美は、入力する手を動かしたまま里中に向かって言った。
「そうそう、その地図アプリを使いたいの。今まではいちいち自分で駅などのホームページを見ながらあちこち尋ねていたけれど、それも必要ないって言うじゃない。」
「つまり、GPSを使って検索したいということですね。確かに便利なアプリです。それもデフォルトで入っていると思うので、LINEの設置が終わったらチェックしてみます。」
「ありがとう、よろしくお願いね。」
絵美は一通りの入力を終えると、スマホをフリックさせ(*)、何度かタップした。
「地図アプリ、やっぱり入っていますよ。ほらこのとおり。」
絵美は、スマホの画面を里中に見せながら得意気に言った。
アプリに提供した情報の扱われ方を意識する
「このアイコンをタップすると、地図になるんです。いま初期設定をしたので、すぐにGPSも使えますよ。」
そういう言いながら里中にスマホをわたした絵美はカウンターに向かった。それを見た竹中が絵美の背中に向かって声をかけた。
「ところで絵美ちゃん、おそらく問題はないと思うけど、アプリをインストールする際、きちんと同意の内容をチェックした?」(**)
竹中の声に気付いた絵美は、振り返りながら竹中に向かって言った。
「実は、LINEとマップしか触っていないのであまり見てないんです。両方とも有名ベンダーなので大丈夫かなと思って…。」
「確かに、今回は大丈夫だと思うよ。でも、少しは気をつけないと、のちのちトラブルになりかねないからね。たとえば、位置情報などを随時知られることを気にする人も少なくないからね。」
「そうですね。一応気をつけているつもりなんだけど。今回は里中さんの端末なので、もう少し気にするべきだったかもしれませんね。」
「ちょっと待って。同意って何のこと?」
絵美と竹中の会話を聞いた、里中が割り込んできた。
「アプリをインストールする際、必ずプライバシーに関することや課金システムなどについて確認する同意画面が出てくるんですよ。」
「同意画面?」
「そう、同意画面。例えば、その地図アプリ、自分の位置情報をスマホのアプリをつくった会社に渡してもいいですかって、聞かれているはずなんだ。自分の位置情報は、重要な個人情報だからね。」
竹見が柔らかい口調で説明すると、里中が心配顔で聞き返す。
「え? 知らない人に自分がいつどこにいるかを教えるってこと?そんなの教えたくないわ。」
同意画面を確認する必要性
「確かにふつうはそう思うだろうね。でも、承諾しますと答えないと、適切な経路探索は教えてもらえないんだ。里中さん、想像してみてください。突然友達から電話で、今どこにいるかわからないんだけど新宿御苑に行きたいので経路教えてって言われたらどうします?」
「それは無理ねぇ、だって、どこにいるかわからないんでしょう。右に行くか左に行くか、歩いていけない距離だったら電車に乗らないといけないし。」
「そうでしょ、地図アプリも同じなんです。今の居場所をきちんと教えなければ、正しい経路を教えることはできないんです。だから地図アプリを利用するには、どうしても位置情報が必要なんです。」
「なるほど、それなら教えるしかないわね。でも、アプリをインストールするたびに、そういう解説をしてもらわないとわからないかも。」
里中は、困った口調でそう言うと、スマホに目を落とした。
「確かに、判断するのは難しいかもしれないね。でも、信頼できるベンダーがつくったアプリであれば、適切に設定されているので大丈夫ですよ。」
「信頼できるベンダーと言われても、カタカナばかりで全然わからないわ。」
「そういうときは、絵美ちゃんに聞けば大丈夫ですよ。絵美ちゃん、今度はきちんと同意画面を確認し、簡単な説明もしてあげてね。」
竹見は、絵美に向かってにっこりほほ笑みながら言った。
「え?私ですか?」
絵美はグラスを拭く手を止め、驚いたように竹見を見返した。
「よろしくね、絵美ちゃん。」
里中がすかさず絵美の方を向きながら、にっこり笑って言った。
「絵美ちゃん、責任重大だね。」
竹見は、したり顔で笑みを浮かべながらコーヒーカップに手をかけた。
*カタカナ用語
スマホを動かすには、「タップ」「フリック」など、指による操作が必要です。タップは、タッチパネルを短く押すような操作、フリックは、指先ではじくという言葉の意味のとおり、タッチパネル上で素早く指をすべらせるような動作を言います。もちろん、こうした操作は「習うより慣れろ」が基本です。しかし、どの説明書を見てもたくさんのカタカナ用語がちりばめられているので、読めば読むほど迷宮に入りこんでしまう方も少なくないと思います。言葉を覚える必要はありませんが、その一方で言葉だけで人に説明するのも難しい時代になりました。
**同意の形式
スマートフォンにアプリをインストールする際の同意は大事な概念です。現在、この同意方法にはAndroidのようにインストール時に必要な項目がでてくるインストール時確認型と、iPhoneが導入しているiOSのようにインストール後に聞かれる実行時設定型があります。それぞれ以下の通り一長一短があるので、利用するアプリ等によって対応を変える必要があるかもしれません。
○インストールの時にしか聞かれない仕組み
一度の確認で済むためユーザの負担が少ないとい利便性があります。しかし一方で、どういう用途で利用されているのかがわからないまま同意してしまう危険性があります。
○ iOS のように利用時に何度も聞かれる仕組み
利用時に同意事項を聞く仕組みのため、捕捉さる個人情報は利用する時間だけで済みます。ただ、一方で利用するたびに聞かれるため「前に答えたじゃない」という気分にさせられるという欠点があります。
このように同意という仕組みには、「ユーザの手間としてどの程度が適切か」はもちろんのこと、「中身が何を聞かれているかわからないこと」「本当に聞かれた同意の通りにスマホアプリに実装されているのかを確認しづらいこと」など、様々な問題があります。