マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会

山口 利恵

第3回 カフェ発 スマホは危険がいっぱい?  PINってそんなに大事なの?

ICT

2019.03.26

第3回 カフェ発 マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会 

スマホは危険がいっぱい?  PINってそんなに大事なの?

『自治体ソリューション』2016年6月号

PINは大事な個人情報

 ある日の午前中、都内文田区にあるカフェデラクレ(Café de la clé)。近くには大学もある文教地区だが、住宅地区でもあるため、お年寄りも多い。

 カランカラン♪

 最近、よくあらわれるお婆さんがニコニコしながら入ってきた。

「 いらっしゃいませ。」

「マスター、コーヒー頂戴。今日は、絵美ちゃんに聞きたいことがあるのよ。」

「里中さん。だいぶスマホの扱いに慣れてきたように見えますが、また新しいアプリでもはじめたんですか? 絵美ちゃん、里中さんが来たよ。」

 マスターの加藤は、裏に向かって声をかけると、コーヒーサーバにネルをセットし、コーヒーの粉が入っているドリップポットに手をかけた。

 里中はいつも通りカウンターにある真ん中のイスにぬいだ上着をおきながら、隣のイスに座ると、ハンドバックから赤いスマートフォンを取り出した。

「ううん、違うの。お友達からLINE がきたけど、意味がわからなくて。」

「おや、友達とLINE だなんて、お友達も若いですねぇ。」

 マスターは、感心した顔をしながら言った。その顔を見て、里中は思わずニッコリ微笑んだ。

「里中さん、いらっしゃいませ。」

 絵美は、笑顔を見せながら店の奥から出てきて言った。絵美は近くの大学に通う学生で、講義の合間にこ

の店でアルバイトをしている。

「あ、絵美ちゃん、ちょっと、ちょっと。」

 里中は、絵美にスマホを見せようと、そそくさとカウンターに身を乗り出してきた。

「私のスマホの“ピン”ってなんのこと?」

「ピン? ああ、PINですね。4桁の暗証番号のことですよ。スマホを買った時に決めたと思いますが覚えていますか?。」

「ああ、自分の誕生日はダメですよ、って言われたやつね。わかりやすく孫の誕生日にしたので、ちゃんと覚えていますよ。」

「里中さん、ダメですよ。そんな大きな声で言っちゃあ。」

 マスターが笑いながら会話を止めに入った。ふと気づいたように、お湯を入れようとしていた手を止め、真顔で里中に言った。

「ところで、なんで、お友達とのLINEで、PINが突然必要になったんですか?」

「それが、よくわからないんだけど、お散歩倶楽部のお友達の戸塚さんから、LINEで聞かれたのよ。私の電話番号とPINってやつがいるんですって。ほら、見て、見て。(*1)」

 そう言うと、里中はマスターに画面を見せようと乗り出してきた。

「えっ?」

「ええ~!」

 マスターと絵美は、里中の話を聞いて急に大きな声を出した。

「あら、どうしたの?」

 里中はよくわからない、という顔をして二人の方を見た。二人は顔を見合わせ、一瞬絶句した。

「なんか、それ変ですよ。普通、友達に電話番号やPINなんて聞かないです。私、そういうの聞いたことないですよ。」

 絵美が不審な表情を浮かべながら言った。

「たしかに、普通はそういう重要な個人情報をLINEで聞かないですよ。」

 マスターも絵美の意見を支持するように、心配顔で言った。

 少し不安になった里中は、恐る恐る説明をはじめた。

「あのね、戸塚さんにはよくスマホの使い方を教えてもらっているの。もちろんLINE で説明してもらったことはないけどね。だから、今回も何かの説明に必要なのかなと思ったんだけど、なんだかよくわからないから、絵美ちゃんに聞いてみることにしたわけ。」

「里中さんに丁寧に説明できるということは、スマホの使い方に相当詳しい人だと思うんです。そういう人であればあるほど、PINをLINEで聞いたりしないはずです。本当に、その戸塚さんが聞いてきたんですか?」

 

* 友人になりすまして電話番号やPIN を聞き出すという手口の詐欺が増えています。そのためLINE社からも注意喚起が出されています。
http://official-blog.line.me/ja/archives/39021529.html
 ただ、今回の里中さんの事例は、単に同じような画像を利用しているだけで、友人になりすましたわけではないようです。つまり、里中さんが勘違いをしてしまったわけです。
 もし、このようなやりとりで電話番号とPINを教えてしまうと、悪意を持った人がその電話番号をもとに新たにLINE アカウントを取得することが出来ます。その結果、スマホの持ち主(今回は里中さん)は、自分のLINEアカウントを利用できなくなってしまうわけです。会話の中にもありますが、こういったアカウントの不正取得を利用した手口の詐欺が頻繁に起きています。このように悪人にアカウントを詐取されると、さまざまな詐欺に利用されかねませんので十分注意しましょう。

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山口 利恵

山口 利恵

東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャルICT研究センター特任准教授

2003年津田塾大学理学研究科数学専攻修士課程修了。2006年東京大学大学院情報理工学系研究科博士後期課程修了 博士(情報理工学)、独立行政法人 産業技術総合研究所 研究員。内閣官房情報セキリュティセンター員兼務を経て2013年から現職。主な研究テーマである「ライフスタイル認証・解析」に関する各種講演やセミナーの登壇者として、また、「Society5.0を見据えた個人認証基盤のあり方懇談会」構成員を務めるなど、多方面で活躍中。

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