「新・地方自治のミライ」 第20回 地方の麻痺死早逝を回避するには

時事ニュース

2023.03.28

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年11月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 第2次安倍政権は、「地方創生」に向けて、まち・ひと・しごと(以下、「まひし」と省略する)創生本部を立ち上げ、内閣改造によって入閣した石破茂氏を担当大臣に据えた。そのもとで、9月29日に「まひし」創生法案を閣議決定し、国会に提出した。安倍首相は、同日の所信表明演説で、今国会では「地方創生に向けて力強いスタートを切る」として、「地方創生国会」と位置づけている。

 岸内閣が日米安保改定で退陣し、後継の池田内閣が所得倍増を掲げてリセットした故事は有名である。安倍首相は、国家安全保障会議・特定秘密・集団的安全保障という安保タカ派役と、アベノミクス・成長戦略・地方創生という経済成長派役と、いわば、自ら岸と池田の一人二役を目指しており、大変に積極的である。「まひし」を主要政治課題に据え、世間の関心が集まったことで、安倍首相にとっての地方創生は、実は、もうすでに役割を終えた。政権としては当面の目くらませができれば、それで良いからである。

 しかし、地域で暮らす人々にとっては、日常生活の営みは、そのようなものではありえない。そこで、今回も地道な観点から「まひし」を取り上げていきたい。

空虚な「まひし」創生法案

 「まひし」創生法案は、読めばわかるように、基本的には空虚なものである。第1条では、(ア)少子高齢化の進展に的確に対応し、(イ)人口減少に歯止めをかけるとともに、(ウ)東京圏への人口の過度の集中を是正し、(エ)それぞれの地域で住みよい環境を確保し、(オ)将来にわたって活力ある日本社会を維持する、という目的を掲げている。

 手段として、「まひし」創生に関する施策を総合的・計画的に実施するという。「まひし」に以下の定義が与えられる。「まち」とは、国民一人一人が夢・希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営める地域社会の形成、である。「ひと」とは、地域社会を担う個性豊かで多様な人材を確保すること、である。「しごと」とは、地域における魅力ある多様な就業の機会の創出、である。いずれも実現すれば大変に結構である。

 しかし、結局のところ、具体的なことは、(1)国に「まひし」創生本部を設置すること(第11条〜第20条)、(2)国は「まひし」創生総合戦略を閣議決定すること(第8条)、(3)都道府県と市町村は「まひし」総合戦略を策定すること、だけである。(3)は努力義務であるから、自治体は適当に国にお付き合いだけすれば可(よ)い。(1)は法案が成立する前からすでに設置されている。ということで、法律の中身は(2)だけである。では、(2)はどういう内容かというと、目標、基本的方向、必要な事項(第8条②)というだけである。

 せいぜい重要なのは、修飾語の多い、以下の7項目の基本理念であり(第2条)、その意味では、理念法あるいは基本法である。①個性豊かで魅力ある地域社会で潤いある豊かな生活を営めるよう、地域実情に応じて環境整備、②日常生活・社会生活を営む基盤サービスを、需給を長期に見通し、住民負担を考慮し、事業者・地域住民の理解・協力を得て、現在・将来において提供確保、③結婚・出産は個人決定を基本としつつ、結婚・出産・育児に希望を持てる社会形成への環境整備、④仕事と生活の調和のできる環境整備、⑤地域特性を生かした創業促進・事業活動の活性化により、魅力ある就業機会の創出、⑥①〜⑤の自治体間の相互連携協力、⑦①〜⑥の国・自治体・事業者の相互連携協力、である。

 ⑥⑦は無内容なので、実質は5項目である。また、この5項目も、世論の社会常識を確認しただけである。

「まひし」創生戦略の見込み

 無内容な基本理念から、国は「まひし」創生戦略をどのように策定するだろうか。国の政官の為政者や専門家には、明確な答えはない。後発国であった時代には、欧米先進国を模倣すれば、ある程度は可能であった。しかし、現在の日本は、課題先進国=先沈国である。特殊出生率から見て人口の長期低落と、人口構成の高齢化は不可避である。

 困ったときの「成功物語」である。指導力不足の受験指導では、「合格体験記」を見せて、「こうすれば合格する」などと「指導」したふりをする。経済政策が難渋して全体の改善ができず、社会政策も失敗して格差・貧困が拡大するときには、ジョブズの伝記その他「西国立志編」を見せて、「こうすれば金持ちになれる」などと、「自助努力」を求める。不治の病に侵されて見捨てられたときは、「こうしたら癌が消えた」という体験談に縋る。そこまで深刻でないときには、「こうやってダイエットに成功した」という類もある。まちおこしでも同様であり、地域活性化に「成功」した自治体・地域の「夢物語」を紹介して、「頑張れば何とかなる」「工夫と努力次第だ」などという話に転嫁する(注1)

(注1)「本人の感想です」という注意書きが、本当は必要である。

 格差と差異さえあれば、常に、「成功」と「失敗」を描くことはできる。格差と差異は、国の政策によって生じるのではなく、自然と生じるのかもしれない。また、「成功」に国が寄与したとも限らない。あるいは、そのような格差と差異の出現を、不平等と不均衡を漫然と放置することで、国の政策は生み出すこともできる(注2)。ともかく、必然的に「成功」と見える事例が出現する。そして、その「成功」の理由説明を、もっともらしい「物語」に仕立て上げればよい。簡単に言えば、不公平さえあれば、つねに「成功物語」は描けるのである。

(注2)格差拡大の新自由主義は、常に「成功事例」を生み出すことはでき、格差縮小の平等主義では、常に「成功事例」は存在しない。

 こうして、「まひし」創生戦略では、自治体・地域、企業、大学、コンサルタント、活動家・団体などから、適当に「成功事例」をヒアリングして、事例収(拾)集をして、摘(積)み上げることになる。その兆候は、「まひし」創生に関する有識者会議(2014年8月26日、27日)や、「まひし」創生会議(9月19日〜)の議論に現れている。選挙戦の勝利者である政権与党政治家と、高級官僚とが(注3)、このような状況のなかで策定する「まひし」創生戦略は、「こうすればうまくいく」「ここは失敗した」という、安直な物語集となろう。もっとも、現代版『今昔物語』『宇治拾遺物語』などとなり、末世時代を迎える日本にとって、それなりの文化的価値は持つかもしれない。

(注3)選挙も受験(採用試験)も常に、「成功者」と「失敗者」を人為的に作り出すシステムである。選挙戦に勝利した政権党が有能であることも、受験戦争に勝利した官僚が有能であることも、全く保証しない。

成熟した「大人」としての地道な地域生活

 池田・所得倍増路線は、その太平洋ベルト地帯での成功ゆえに、全国から地域開発を求める圧力に晒された。今回は逆である。円安・消費増税の打撃で失速しつつあるアベノミクスの「成功」を演出するために、「地方に(だけ)はアベノミクスの恩恵が行き渡っていない」という物語を構築する必要に迫られている。そのため「地方創生」を言わざるを得ない。そして、一部の自治体・地域などの「成功物語」に、政官為政者が便乗する。

 「大人」である自治体・地域は、このような「少年」のように若々しい政権には、ある程度は付き合わざるを得ない。「成功物語」を語れと請われれば、それなりのお付き合いをしよう。もちろん、本当の秘訣を語るはずはないし、また、その「成功物語」に汎用性がないことも自覚している。とはいえ、国の為政者が便乗して「協力」してくれることを、敢えて拒むものではない。また、「成功」とはされない自治体・地域は、「成功」を目指すかのごとき動きに、お付き合いはするだろう。もちろん、「成功」すれば、それに越したことはない。あえて、正面から異を唱える必要はない。

 しかし、そのような『宇治拾遺物語』で、日常生活・社会生活を支える基盤サービスが出てくるわけでもなければ(②)、結婚・出産・育児に希望が持てるわけでもない(③)。国の下手なカタりを真面目に受け止めて、気宇壮大(グローバル)で危ない「死への跳躍」をすると、「麻痺死早逝」が待っている。国の「まひし」創生戦略に適当に付き合いつつ、成熟した「大人」としての地道な地域生活を営むことが、重要になろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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