巻頭インタビュー 「電子カルテの第一人者が語る!マイナンバーカードと健康保険証の連携への期待」

時事ニュース

2021.07.06

 この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」令和3年3月号に掲載された記事を使用しております。
 なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

巻頭インタビュー 「電子カルテの第一人者が語る!マイナンバーカードと健康保険証の連携への期待」
──医療現場からみたオンライン資格確認とリモート診療の今後

(月刊「J-LIS」2021年3月号)

京都医療センター医療情報部長 北岡有喜

 

 本年3月よりマイナンバーカードと健康保険証の連携が始まることで、医療の効率化に期待が集まっています。しかしその一方で、個人の医療情報が蓄積されることで可能になることを具体的に理解しているかと問われると、医療関係者であっても心許ないのではないでしょうか。

 そこで、地域における電子カルテシステムをいち早く構築するなど診療情報のICT化に取り組み、長年にわたってデータ分析にもとづく医療を牽引してきた、京都医療センター医療情報部の北岡有喜部長に、マイナンバーカードと健康保険証の連携による医療データ利活用の可能性やその先に開ける世界についてお話いただきました。

マイナンバーカードと健康保険証の連携への期待とは

──マイナンバーカードと健康保険証の連携が行われることで、医療現場においてどのような変化がもたらされると考えますか。また、患者さんにとってのメリットはどのようなことでしょうか。

北岡部長 医療機関の立場から見ると、様々な業務の効率化につながってくるものと期待しています。現状では、原則として毎月1回、患者さんから健康保険証を提出してもらい、有効期限を確認しなければなりませんが、このプロセスが意外と窓口業務の負担になっています。保険請求してみたら既に失効していたというケースも多々あって、特に国民健康保険証は毎年更新されるので、失効したものがそのまま使われてしまいがちです。それでも国民健康保険証には有効期限があるのでよいのですが、社会保険には書かれていません。このため社会保険の場合、後で社会保険診療報酬支払基金に医療費の請求をしたら該当者は退職していた、なんてことも起きてしまいます。こうなると、残りの7割の医療費について支払基金に請求したところで、“対象者不明” で回収できず未収金として処理しなければならなくなります。

 それが将来的にマイナポータルで支払情報の登録までできるようになれば、患者さんがマイナンバーカードで受診したら、情報連携した指定口座やクレジットカード等から医療費を引き落とせるようになり、医療機関としては窓口業務の効率化に加えて未収金問題も解決できるはずです。

 そして患者さんにとっても、窓口での待ち時間が大幅に減少し、これにより医療機関にかかる際の負担も軽減するはずです。なぜなら、現状の待ち時間のほとんどは3割負担に関わる会計処理に費やされているのですから。さらに将来的にマイナンバーカードに診察券機能も付加されるようになれば、診察後は窓口を介さずそのまま帰路につく、ということも可能になるでしょう。

 そもそもなぜ患者さんが病院に来るのかと言えば、多くはどこか体調が悪いからです。長時間待たされることで逆に疲労してしまい、体調を崩すようなことがあっては本末転倒です。

健康データ等の分析で病気の未然予防も可能に

──マイナンバーと各種医療情報などが紐づくことで、将来的にどのようなデータ活用が可能になると考えますか。

北岡部長 当然、個人のデータなので本人から個別に同意を得ていることが大前提ではありますが、行政側で保有している住民検診やワクチン接種に関する情報などと、ウェアラブルデバイス等から日々蓄積されるPHR(パーソナルヘルスレコード)1)、さらには購買情報をはじめとした個人の生活情報など、それぞれを掛け合わせてAIやビッグデータ解析等によって分析することで、生活習慣病にかかる可能性や健康寿命増進のためのエビデンスをはじめとした、その人の健康にまつわるさまざまな情報が得られるようになるでしょう。そして医師はそれに基づいて未来の健康推移を見据えたアドバイスが可能になります。これまでは、同姓同名も多いですし各種データと本人との紐づけが難しかったのですが、マイナンバーならではの絶対的なユニーク性によってそれが可能となるはずです。

 住民にとってそのメリットが一番実感できるのが転居や転職、会社からの命令で別の企業へと出向した時ではないでしょうか。今ですと、様々な届けが必要となり大変ですが、それがマイナポータル上で住所を変更するだけで、ID連携している機関すべてに反映されるようになるのですから。信頼性・安全性についても国が公的認証基盤で証明していますので安心して変更できます。本来であれば、このように一元的に手続きが行えるというのは当たり前のはずなので、ようやく“当たり前のことが当たり前にできる”社会インフラができあがろうとしている感がありますね。

 また現在注目を集めている新型コロナウイルス・ワクチンの接種にしても、マイナンバーを活用すると、誰がどのワクチンのどのロットを接種したのかが正確に把握できるようになるはずです。そうなれば、もしもあるロットに不具合があったような際にも、迅速かつ確実に本人に通知することも可能になります。ちなみに、これができなかったことから薬害エイズ事件は起きてしまいました。つまり、個人が確実に特定できるというのは、とりわけ保健医療の世界においてはそれほど重要なわけです。

 

【注】
1)個人の医療・介護・健康データのこと

 

──個人のDNA情報の活用についてはいかがでしょうか。

北岡部長 まず海外の話からすると、いわゆるeヘルス2)の世界で最先端を行くエストニアでは、国民のゲノム解析を国家プロジェクトとして推進しています。同国では2018年の時点で既に国民の1割強のDNAデータベースが構築されており、2022年には人口の3分の1が個人のDNA情報に基づいた個別化医療の対象になると言われています。個人のゲノム情報を分析することによって何ができるのかと言うと、その人の遺伝性心疾患や2型糖尿病、緑内障、乳がんなどの遺伝的リスクや、特定の薬の効き目など、幅広い情報が得られるようになります。

 また国民のゲノム情報が蓄積されれば、ある感染症によってどれぐらいの年代のどれぐらいの数の人が感染するのか等の予測も可能になってくるでしょう。これにより、医療費の予測もかなり正確に行えるようになるはずです。

 私は、これからは“自分の遺伝子はこうこうこういう遺伝子なのだ”とはっきりと知る時代になっていくと考えています。がんをはじめとして、いくつかの重大疾患は、内的もしくは外的な後天的要因が加わることで遺伝子が変異してしまい、それにより異質なタンパク質が生じてがん化していく等の過程を踏むといったことがわかってきています。

 京都大学特別教授の本庶佑先生は、がん細胞が体内の免疫機構の活性を抑制するという「免疫チェックポイント」の仕組みを発見して2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。こうした輝かしい研究成果を踏まえて、免疫機能が免疫チェックポイントを“見抜いて”がん細胞をやっつけられるようにするという、新しいがん免疫療法の研究がいま、国立がん研究センターなどによって進められています。これがうまくいけば、外科手術や放射線治療、抗がん剤といった身体への負担の大きい治療法を用いずとも、がんを治療できるようになる日が訪れるかもしれません。

 

【注】
2)ICTを有効活用したヘルスケアサービスのこと

リモート診療に欠かせない条件とは

──リモート診療の今後の可能性と、それによってもたらされるメリットとはどのようなものだと考えますか。また、リモート診療により、社会環境や人の意識はどのように変化していくと見ていますか。

北岡部長 ひと口にリモート診療と言ってもいろいろとあって、ある種のリモート診療は結構前から行われています。例えば、離島や僻地を対象としたいわゆる「遠隔診療」はかなり以前から行われていますし、糖尿病などの患者さんをリモートで診察して薬を処方するといったことも可能になっています。

 ただし、今回の新型コロナウイルス感染症の診療では、初診であってもリモート診療を可能としたことで、多くの医師が大反対をしていますよね。これはなぜかと言うと、患者が誰なのかが正しく理解できなければ正しい診療を行うことができないからです。本来であれば初診というのは、患者さんに予診票や問診票を書いてもらった上で、その不足分を医師が患者と対話することで診断し、必要に応じて体温や血圧、さらには採血、MRIなどといったように、患者さんの健康状態を深掘りしていくものです。それが初診からいきなりリモートとなってしまえば、正確な診断を下すのはかなり難しくなってきます。

 では、どういう条件であればリモートであっても十分なレベルの初診が行えるのかを考えると、やはりポケットカルテ®をはじめとしたPHRが十分に利活用されることがポイントとなるでしょう。既往症やワクチン接種歴をはじめ、その患者さんが生まれる前からのデータがPHRとしてしっかりと蓄積されていれば、より正確に診断でき、適切な治療が行えるようになります。

 そこで重要なのが地域を超えて患者さんのPHRを転送できることです。京都府内であれば既に可能です(図)が、それが全国にまで広がるようになればリモート診療の可能性は一気に広がることでしょう。診療で最も大事なのは、病気の経過なんです。いまが急性期であるのか、生活習慣病なのか、それとも慢性疾患なのか、まず大きく切り分けることができなければ先には進めません。しかし残念ながら現在の医療で最も欠けているのが、“いつまで健康だったか”に関する情報なのです。

 それが、マイナンバーのような個人を確実に識別できる情報をベースに、自身の病気・健康に関するデータを時系列で管理できるようになれば、状況は一気に改善されるはずです。しかも、日本全国どこにいてもというのは当たり前で、例えば海外赴任中であっても、自分のPHRを日本にいるかかりつけ医に見せることできちんと診療が行えるようになってくることでしょう。

 そしてその際にはもちろん、公的認証基盤によって特定の医師しかその人のデータを見られないといった安全が担保されていることが欠かせません。そうした社会インフラがあってこそ、本当の意味で日本人が海外で活躍できるようになるのではないでしょうか。

医師側にも意識改革が必要

──これからの医療データ活用の普及に向けて一言お願いします。

北岡部長 まず、既に京都医療センター内にあるような症例データベースが全国に拡がりビッグデータとなることで、エビデンスレベルが飛躍的に向上するでしょう。

 データのカバレッジが100万人を超えてくれば、日本人の疾病と健康の傾向を語ることのできる記録となってくるはずです。その際には、海外に居住する日本人のデータも集めることで、気候や食をはじめとした生活習慣などと日本人の健康との関係性も見えてくるかもしれません。とにかくデータが集まれば様々なことがわかってくるはずなのですから。

 ようやく日本でもポケットカルテ®をはじめとした「PHR」が社会的に認知されるようになってきたので嬉しいですね。そしていずれにせよ、マイナンバーとの連携があってこそ可能になる
のだということを忘れてはなりません。

──今後の医療におけるICT利活用に期待することや先生の展望などをお願いします。

北岡部長 日本がICT先進国になるためには、高い技術力を活かせるように使い方を見直すことではないかと思います。そこはこれからデジタル庁が発足するので、国を挙げてリードすることに期待しています。

 そしてICT活用で大事なことというのは、よく言われるように、あくまでICTはツールですから、ツールに使われるのではなく、ツールを使いこなすようになることです。もっと言えば、使っていると感じなくなるのが一番でしょうね。

 医療の領域について言えば、誰もが健康に生活を送るために困らないような社会インフラの構築が重要で、そのために無駄となるような動作を最低限にするのがICTの利活用ではないでしょうか。例えば京都では、患者さんのスマートフォンにアプリを入れてもらえば、病院の敷地内に入ったらそれで受付が完了するという仕組みをICTで実現しようと試みています。受付まであと何人なので駐車場でそのままお待ちくださいといった通知も可能です。このように無用な移動をさせないことが、“三密”回避にもなり、一番のホスピタリティではないかと考えています。

 WithコロナPostコロナのこれからは、もはやリモートは当たり前となっていき、逆にオンサイト(現地)に出向いてもらうことの意味とは何なのかを考えるべき時代となっていくでしょう。現状の待ち時間や医療機関での“三密”回避などの問題も解消できるはずです。“モノからコトへ”というのは医療の世界でも同じで、これまで箱モノや設備で何とかしようとしていた労力を、サービスへと向ける時代となったのです。

 最後に、そうした時代を迎えるに当たって忘れてはならないのが医師側の意識改革でしょう。ここはもう地道にやっていくしかないでしょうね。医師不足のなかほとんどの医師は日々の医療行為で精一杯の状況なので、ICT活用と言ってもなかなかそこまで目を向ける余裕はありません。しかし、例えばロボット手術であれば、視野を広げつつ手の動きは実際の10分の1に縮小できるので、現状はごく限られた医師しか行えない極めて高度で微細な手術であっても、多くの医師の手で可能になります。いわゆる“神の手”が普通の医師でも手に入るわけですね(笑)。そうしたまさにイノベーションを多くの医師に体験してもらうことが一番だと見ています。医師というのは現実主義なので、体験し、実感できれば理解も早いはずですから。

 

 

Profile
北岡 有喜 きたおか・ゆうき
医師。1985年三重大学医学部卒業。1995年京都大学大学院医学研究科修了、医学博士。大津市民病院等を経て1995年京都医療センターへ。
2003年から現職。2014年同志社大学大学院総合政策科学研究科修了、博士号取得(政策科学・公共政策コース)。地方公共団体情報システム機構経営審議委員会委員も務める。2008年PHR サービス「ポケットカルテ®」を考案・運用を開始し、2015年地域情報化大賞/総務大臣賞を受賞。

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月刊 J−LIS 2021年3月号

2021年3月 発売

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