“私”が生きやすくなるための同意

遠藤 研一郎

『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』 <第4回>同意におけるソーシャルルールという側面

キャリア

2022.11.22

新刊紹介

 (株)WAVE出版は2022年9月、『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』(遠藤 研一郎/著)を刊行しました。
 我々は「自分の領域」を持って生活しています。その領域とは、名前、住所、趣味、財産、価値観、気持ちなど、自分を形作るすべての要素を指し、他人が無断で踏み入れることはできません。
 この本では、そんな自分の領域を自分専用の乗り物=「ジブン号」として解説していきます。自分で運転できてプライベート空間が保てるジブン号に他人が乗り込むには同意が必要です。さらに、ジブン号には鍵のかかったスーツケースが積まれ、その中には大切な袋がしまわれており、同意なしに開けることは許されません。同じように、他人にもそれぞれ「タニン号」が存在し、自分が乗り込むには同意をもらわなければなりません。
 それぞれ違う考えを持つ人たちが一緒に心地よく生きていくということは、同意をする、同意をもらう、つまり「はい」と「いいえ」が無数に繰り広げられ、きちんと作用しているということです。逆に、もやもやする、嫌な気持ちになる、トラブルが起きる……これらは同意ができていない証拠です。
 法的な問題になるハードなケースの手前に、いくつもの同意の場面が存在することを改めて見つめ直し、自分にも他人にも存在する領域を認め尊重する社会を望みます。
 ここでは、本書の「第4章 関係ごとの同意」より「6.他人との関係」の一部を抜粋してご紹介します。

「マイルール」から「ソーシャルルール」へ

 繰り返しますが、これからの時代、マイルールを持って他人との距離を適切に保つことは、自分を守ることになります。ただし、そのマイルールが、他人に影響を与える場合は、制限される場合もあるということに注意が必要です。

マスクをしないで出歩くなんて、考えられないでしょ

 

 こう主張する人に対して、「私は、マスクしない派だから」と言い切れるかという問題が出てきます。もしこれが、花粉症対策であれば、マスクをしようがしまいが、本人の選択であり、他人がそれを強制できません。でもこれが、ウイルスが社会に蔓延している最中で、それを予防するためマスクに効果があるのなら、それでもマスクをしないのは自由だと、大手を振って言えない状況となります。
 いくらマイルールといえども、周囲に影響を与えるのであれば、それを貫徹することはできません。他人に迷惑をかけるようなジブン号の暴走は許されません。まして、自分と異なる考え方が、道徳や常識になり、時として法になった時、そのようなソーシャルルールと異なるマイルールを貫徹することはできません。
 第1章でお話ししたとおり、ソーシャルルールにも同意しているわけで、そのルールに私たちは拘束されます。「常識」や「道徳」と呼ばれるものの拘束力は弱く、時にはマイルールを優先してもいいのでは? というお話をしましたが、これは、他人の権利や利益を侵害してもいいということを意味しません。

法律よりも厳しいソーシャルルール

 私たちがお互いの権利や公共の福祉という利益を守るためのソーシャルルールにも、実は問題がないわけではありません。ソーシャルルールは入り乱れる場合があるのです。
 それは、「法の中で許されること」「業界内で許されること」「世間の常識の中で許されること」に、ある程度のズレがあるということです。

 例えば、「パクリ疑惑」。「パクリ」とは、いわゆる盗作と類似する言葉として、私たちの中に定着していますよね。会社が販売する商品、音楽家が制作する楽曲、お笑い芸人が披露するネタ、業績が伸びている会社の社名、アニメのキャラクターなど、いろいろな場面で、同じようなものが登場して、「これって、いわゆるパクリじゃないか?」と、ネット上で話題になったり、時にはトラブルになったりするのです。

これくらいなら、真似しても全然大丈夫でしょ!

 

 先発のものを活用したいと思っている側が売れているものに便乗すれば、自分も売れるのではないかと考えるのも無理のないことです。
 しかし、先発側からすれば、作ったものを片っ端からパクられては、創作・発明意欲が湧かず、費やした費用も回収できない恐れがあります。ですから、著作権法、特許法、商標法、不正競争防止法などの法律(いわゆる、知的財産法)によって、創作者、発明者の権利を守っています。
 ポイントは、「権利者の同意」です。著作物であれば著作者から著作物利用許諾書をもらう必要がありますし、特許であれば特許権者から実施権を取得して利用しなければなりません。同意のない利用は、法律違反として罰せられることになります。

 では、法律に違反しなければ、他人のアイディアを勝手に使ってもいいのでしょうか。例えば、お笑い芸人さんのネタをほかのお笑い芸人さんがパクることはどうでしょう。芸人さんは、いろいろな新しい笑いを生み出し、同時に、他の芸人さんとは区別してもらえるような特徴を出そうと努力されています。でも、芸人さんのブランディングの全てが知的財産法で保護されるわけではありません。
 これに関し、業界内では、ネタの模倣は許されないという暗黙の同意があるようです。また、業界内だけではなく、世間一般の目からも、ネタを模倣するような芸人さんに対しては、厳しい目が向けられる傾向にあります。つまり、ここでは、法律よりも厳しい、業界内の常識や世間の常識が存在します。「炎上する」「叩かれる」「干される」などの状態は、まさに厳しい目が向けられた結果起こったことかもしれません。

著者紹介

遠藤 研一郎 (えんどう けんいちろう)
中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。

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中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。

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