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自治体におけるナッジ活用─動向と問題点|政策トレンドをよむ 第33回

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2026.01.09

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    【政策トレンドをよむ 第33回】
    自治体におけるナッジ活用─動向と問題点

    EY新日本有限責任監査法人FAAS事業部
    コンサルタント
    山二 滉大

    ※2025年11月時点の内容です。

     2017年にリチャード・セイラーがノーベル経済学賞を受賞して以来、「ナッジ(Nudge)」は広く知られるようになった。ナッジは、セイラーとキャス・サンスティーンが提唱した政策デザインで、行動経済学の知見に基づいている。従来の経済学が合理的経済人を前提としたのに対し、行動経済学は、人間が情報を十分に検討せず、外部環境に影響されやすいこと、さらに判断の誤りに体系的な傾向があることを示した。

     セイラーらはナッジを「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」と定義する。典型例は、社員食堂のビュッフェである。企業が社員の健康増進のために、健康的なメニューを目線の高さに置き、野菜を中央に配置し、デザートは目立たない場所に置く(Googleのニューヨークオフィスはそのような配置になっているとされる。)。このような介入により、人々はより目につきやすい野菜などを多く選び、反対にデザート類を選びにくくなる。重要なのは、デザートを排除したり、健康的でない食品の値段を著しく高額にしたりしない点である。ナッジは、選択肢を狭めず、経済的インセンティブを変えず、意思決定のバイアスを利用して、人の行動を望ましい方向に誘導する。

     ナッジは、社会生活に浸透しつつある。政策面では、2017年に環境省が低炭素型の行動変容を目的として「日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team)」を、2019年に経済産業省が「METI ナッジ・ユニット」をそれぞれ発足している。また、各種自治体の取り組みにもナッジは数多く活用されており、「自治体ナッジ・ユニット」が設けられている自治体もある。例えば、地方自治体で最初のナッジ・ユニットである「横浜市行動デザインチーム」(YBiT)では、横浜市職員有志を中心に優良事例の紹介や事例の創出が行われている。こういった自治体ナッジ・ユニットは全国に26チーム存在し(2024年時点)、増加傾向にあることから、ナッジの普及・実践の活発さがうかがえる。

     このような背景には、ナッジが有する利点が大きく関係している。第一に、法令による行動の強制が困難な分野においても介入ができる点である。国内でのナッジの活用は、医療・健康分野で先行して事例形成が進んでいる。それは、インフォームド・コンセントや患者の自律尊重といったセンシティブな倫理原則が互いに拮抗し合う領域においても、ナッジが法規制に代わる手段として活用されているためである。第二に、低コストで効果が得られる点である。上述したように、ナッジは経済的インセンティブを変更しない。ビュッフェの例でも、健康的なメニューを選ぶと食事代を割り引く等の対策を行うことはない。政策に置き換えると、補助金等の財政的手法を用いて人々の行動変容を促すことはない。そのため、わずかな工夫で(人件費や委託費を新たに確保することもなく)望ましい政策効果を得られる。

     ナッジに関するナレッジ共有も普及を後押ししている。環境省の「おもてなし」やOECDの「BASIC」は、政策目的の設定から検証までがフレームワークを提供している。特に後者は、ナッジ設計に特化したものとなっており、実務者がナッジ設計を実施していく上での入口として機能している。また、「自治体ナッジシェア」というオンライン事例集も充実しており、分野別での事例を詳細に確認することができる。

     ナッジを用いて望ましい政策効果を得ている自治体もある一方で、ナッジは2つの倫理的問題を含意している。第一に、選択肢を操作するナッジは、自由を不当に侵害する可能性がある。第二に人の行動を「望ましい方向」に誘導する際、その方向が本人の考える望ましい方向と一致しない場合、同様に自由の不当な侵害となり得る。特に後者に関しては、ナッジされる人々自身の目的とは別の目的を推進し、それによって彼ら自身の目的の実現を逆に阻害するものとして、ナッジと区別して「スラッジ」(Sludge)と呼ぶ。前者の問題は、実務的な観点からは離れた抽象的な議論となるため、ここでは扱わない。一方で後者の問題は、実務的な観点からも見逃せない問題である。事実、日本版ナッジ・ユニット(BEST)が設置する倫理委員会では、実務者が倫理上の配慮ができているかどうかをチェックできるようにするため、「ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる倫理チェックリスト」を公表している。そこでは、ナッジの知見を社会実装する際の目的の妥当性が確認すべき事項として強調されている。また、ナッジの設計過程において、市民参画を推進することも対応策の1つである。市民が熟議することで、望ましい方向を直接的に反映でき、スラッジにならないための監視役として機能するだろう。ナッジが今後ますます普及していく一方で、その問題点と対策について腰を据えて検討していく必要がある。

     

    #1:責任ある研究活動支援 ~大学・研究機関のガバナンスの強化に向けて
    https://www.ey.com/ja_jp//industries/government-public-sector/responsible-conduct-of-research

    #2:研究データマネジメント支援 ~大学・研究機関における研究成果の幅広い活用のために
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    #3:イノベーション・科学技術政策策定・事業運営支援
    https://www.ey.com/ja_jp/industries/government-public-sector/science-technology-and-innovation-policies

     

     

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