新・地方自治のミライ
「新・地方自治のミライ」 第86回 COVID-19と自治のミライ
NEW地方自治
2025.06.02
本記事は、月刊『ガバナンス』2020年5月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに

2019年12月頃より発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界的流行(パンデミック)となり、日本も例外ではない。
在日本米国大使館は、2020年4月3日付で「保健警告」を在日本米国市民にメール送信した。それによれば、「日本はCOVID-19患者数の急増に直面している。……合衆国に帰国を希望する米国市民は、今すぐに帰国の手配をすべきである。……日本政府は広範な検査をしないと決定したことにより、COVID-19の流行率に関する正確な評価は困難である。……東京および大阪・名古屋・福岡・札幌・那覇を含む他の地点における、日本の保健医療システムの能力を注意深く監視し続ける」とある。
米国から日本政府は引導を渡された。こうして、2020年4月7日には、7都府県に対して緊急事態宣言が首相より発せられた。さらに、16日には全国に拡大され、13の特定警戒都道府県も設定された。自治体にとっても難しい局面である。これまで観察された19の為政者の特徴について、まとめてみよう。
演技系の諸特徴
①偽装(やったふり):実際には何の効果もなくても、何らかの対策をしているフリをする。何も対策をしなければ非難されるからである。しかし、ワクチンも特効薬もなければ、医療従事者を即成できるわけでもない。医療施設・機器・防護装備が急に整備されるわけではない。せいぜい多少は役立つマスクの配給や雨合羽の受付くらいである。
②顕示(でたがり):夜間土日も含めた不要不急の三密会合を、多人数で開催し、お付きの者たちをゾロゾロ従え、それを報道・宣伝する。三密で飛沫を跳ばして、記者会見や放送スタジオ出演を行う。テレビコマーシャルに自ら出演する。
③煽動(あおり):目立つためには、過激な言動や映像で他者を煽る。例えば、「国難」「非常事態」「戦争」「闘い」「国家の意思」「緊急」「崖っぷち」「ギリギリ」「都市封鎖」「ロックダウン」などと唱する。自分自身には有効な対策がないから他者を煽る。国は自治体に学校閉鎖を唐突に煽り、自治体は国に緊急事態宣言を出すように煽る。同じ方向で目立つためにはどんどん過激化する。
④耳目(逆ばり):目立つためには逆方向を採ることもある。例えば、全国的課題になっていない段階で、早めに対策を採る。全国的課題になったときには、わざと地域では課題ではないと反対を示す。全国的な移動自粛のときには、来訪を呼び掛ける。しかし、実際に「コロナ疎開」的な移動が起きたときには、移動自粛を求める。為政者が相互に耳目を集めようと逆ばりすれば、行政間の連携と調整はうまくいかない。
⑤無作為(人任せ):為政者は自ら責任は負わない。例えば、専門家の意見と称するものに丸投げする。自治体は国に要望を煽るが、自らの対策を準備・実行しない。緊急事態宣言を出せと国に煽るが、いざ出されたときには、何をすべきか決まっていない。そもそも、大半は要請・指示が中心の緊急事態宣言などは、国に頼まなくても自治体は自ら出せるが、そうしない。
⑥逐次投入(小出し):対策をやっているように見せるには、毎日のように何らかの対策を提示する。それゆえに、小出しに逐次投入する。
我欲系の諸特徴

⑦高揚感(はしゃぎ):民衆の苦難という政策課題が為政者を必要とする。民衆の危機に直面すると、為政者は高揚しがちである。
⑧権力欲(マッチョ):高揚感のなかで、為政者は自らの権力の拡大に利用する。例えば、懸命に奮闘している自らへの批判・疑問・質問を封印したくなる。役に立たない膨大な行政資源を調達する。つまり、法改正(授権法)で権限を拡大する。他者に高圧的になる。民間企業・関係者・報道機関・医療関係者や民衆に対して、様々な指示を出す。さらには、資金と物資の提供を求める。
⑨火事場泥棒(ショック・ドクトリン):危機を利用して、普段できなかったことを、次々に実現しようとする。しばしば、厄災への対策とは無関係である。
⑩統制経済(口出し):ウイルスに対して為政者は無能である。行政が統制できるのは、人間行動(特に経済活動)だけである。業種業態によって、営業自粛/継続と統制経済が進行する。「見える手」の統制経済はしばしば破綻する。
⑪吝嗇(ケチ):自粛要請や緊急事態宣言などと口出しはするが、休業補償・雇用賃金保障などには消極的である。給付が人々に届くようには設計しない。
⑫空転(コケ):為政者の介入は、しばしば虚仮にされる。例えば、イベント自粛は主催者には無視される。為政者の身内さえ花見・会食を続ける。為政者の一員も夜の外出を続け、活動自粛は無理だと嘯く。
愚昧系の諸特徴

⑬自縄自縛(ブーメラン):為政者自らの所業のゆえに、苦しめられる。例えば、保健所・公的医療機関を抑制してきたので、医療崩壊が起きる。緊急事態宣言を国に出せと要望したがゆえに、基本的対処方針による国からの締付けを招く。某国国賓来日を求めていたので、某国からの渡航を制限できない。東京五輪招致したので、IOCが延期を決めるまでは、対策を打てない。
⑭浅智恵(おろか):思い付きを始める。例えば、客室乗務員を縫製に動員しようとする。布マスクを各戸配付する。近所の人から「贈賄」されたマスクをときどき着ける。
⑮拙速(あせり):例えば、国から来た文書を読み間違えて、早とちりで「都道府県境間往来自粛」などを隣県と調整せずに打ち出す。また、具体的な対策を詰めないまま、「協力金を出す」などという。
⑯遅延・朝令暮改(グダグダ):具体的中身を問われれば、「検討中」でしかない。拙速ゆえに遅延する。支給金基準を打ち出しても、大きな非難を浴びて、方針を転換する。
⑰二重基準(ダブル・スタンダード)(思い上がり):為政者は自分と被治者を区別する。例えば、自分たちは自粛しない。為政者は自分だけは感染しないかの自信を持つ。多人数の三密会合・記者会見を続ける。放送局スタジオに出て飛沫を跳ばす。言行不一致は8割の専門家・マスコミ人・芸人も同様である。
⑱不可解(わかりにくい):矛盾する曖昧で意味不明な方針を打ち出し、事業者や民衆は振り回される。例えば、「三密回避」のメッセージを、三密の記者会見場や放送局スタジオから流す。「外出自粛(ステイ・ホーム)」を外出して役所やスタジオから他者には求める。繁華街に「出歩くな」というために、職員を繁華街に出歩かせる。
⑲差別(いじめ):普段から持っている差別意識が浮上し、感染症対策の非常事態を大義名分に差別が正当化される。感染症法前文(過去の差別への反省)は全く活かされていない。例えば、発症者の個人行動履歴を公表して、魔女狩的差別を促進する。アプリで感染者との接触を通知する「コロナ差別」を導く。フリーランス・個人事業主や、風俗など特定業態・業界への劣等処遇を行う。医療従事者やその家族を排斥する。自分以外の国・地域・業種・集団へのヘイトを放置する。疎開者を忌避する。県境で検査する。しかし、為政者や有名芸能人などは許される。
おわりに
COVID-19は、為政者の能力と資質を試す(注1)。現在日本では、上記19の特徴が見られる。さらに、民衆やマスコミや専門家やネットが、そうした特徴を煽情助長する。もちろん、そのような人間ばかりではない。裏返せば、①実行、②公開、③建言、④闊達、⑤提言、⑥応変、⑦責任、⑧能力、⑨果断、⑩指揮、⑪効率、⑫忍耐、⑬自制、⑭挑戦、⑮即決、⑯熟慮、⑰強靱、⑱柔軟、⑲識別、などの特長にもなりうる。そして、特長は、急には育成できない。拙速短慮に対処をして、救民のつもりが窮民に、ミイラ取りがミイラに、ならないように注意するしかない。
注1 もちろん、専門家・学者、報道人・ジャーナリスト・芸人、経済界・経営者・事業者、さらには民衆の資質も問うているが、本論の主課題ではない。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。