【特別企画】鼎談 子育てが楽しい社会へのヒント《後編》――妊産婦・子育てママのウェルビーイングの向上を目指す
地方自治
2024.11.28
(『月刊ガバナンス』2024年12月号)
【特別企画】
鼎談 子育てが楽しい社会へのヒント《後編》
――妊産婦・子育てママのウェルビーイングの向上を目指す
出席者
久野譜也
(筑波大学教授・内閣府SIP「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」プログラムディレクター)
藤田明美(新潟県加茂市長)
川田翔子(京都府八幡市長)
進行/月刊「ガバナンス」編集局
【 前編はこちら 】
妊産婦と子育てママ対象の「マムアップパーク(by健幸スマイルスタジオ)」をはじめとしたプロジェクトの推進をテーマにした鼎談の第2弾。《前編》のプロジェクトのねらいや取組状況、手応えに続き、《後編》では取り組みの必要性と広げていく上での課題について議論。当事者の子育てママだけでなくパートナーへの働きかけや中小企業経営者の理解促進がプロジェクト浸透のカギであることや、「PR」の考え方で進める効果などが語られた。
住民全体を対象にしたアプローチが肝要
―――マムアップパーク(健幸スマイルスタジオ)を広めていく上での課題は何でしょうか。
久野 母子保健における担当職員や保健師の意識は変わってきているものの、ハイリスク対策に偏っているように感じます。一方で、ポピュレーション(住民全体)に働きかけて全体の健康リスクを減らすアプローチも必要です。健康意識の低い人もいるので、施策を打って行動を変えてもらわなければなりません。
昨年、乳幼児健診の中でマムアップパークの情報を伝えてもらうことを各自治体の保健師にお願いしました。的確に伝えて子育てママの気持ちを動かした保健師がいる一方、健診に追われて説明できなかった保健師もいました。それではプロジェクトは進まず、現状は変えられません。
藤田 新しい課題への対応の必要性は認識しているものの、目の前の問題への対応で手一杯だと感じる職員も少なくありません。
川田 トップの考えや施策を現場に浸透させていくことには、どの首長も腐心されていると思います。私はSWC首長研究会に参画していますが、職員も保健師も研究会に積極的に参画しており、現場から意見をもらうこともあります。
久野 八幡市職員はつくばウエルネスリサーチの「ウエルネスマネージメント研修会」(コラム❶参照)を以前から受講しており、プロジェクトに対する理解度も高いと感じています。また、別の自治体では「久野塾」という名称で現地で1か月に1回、半年間行いましたので、その効果はこれ以外の施策でも見られています。
藤田 加茂市でもぜひ研修を行っていただきたいです。外部の専門家から教えてもらうことで職員は客観的な視点が持てます。そこで、加茂市の中だけのスタンダードではいけないと思い、総務省の地域プロジェクトマネージャー制度も活用して、民間から市の最高戦略責任者を登用しました。
スマートウエルネスシティ(健幸都市)の社会変革の担い手として、部門間連携による総合政策の視点で、課題認識・課題解決・評価ができる能力を身につける養成プログラム。縦割りから脱却し、イノベーションに結びつけられる人材を育成する。
研修会は全10日間、2期に分けて実施。具体的には、課題発見力、事業創造力、PDCAマネジメント能力、ヘルスリテラシー能力、インフルエンサー能力などを高め、健幸都市プロジェクトの即戦力として活躍できる能力を習得する。
各自治体では、全庁的に健幸都市を推進する原動力として研修修了者が活躍中。特に複数名の修了者がいる自治体(最も多い自治体では18人受講)からは、部局間連携がスムーズという声が多く聞かれている。現在70自治体222人が修了。
パートナーも変えていく仕掛けが必要
―――マムアップパークの必要性をどのように伝えればいいでしょうか。
久野 妊娠中に体力が下がるのは運動を行っていないからで、運動すべきなのですが、そのことを知らない人は8割近いという調査結果があります(図1参照)。そのため、自治体や企業などに運動の必要性を伝えてもらうように働きかけていますが、なかなか本人に届きません。7割が運動不足というデータもあります。また、人口40万人のある自治体では、約8000人の子育てママを対象に運動教室を行っていて好評だというのですが、参加定員は40人でした。約8000人に対して40人でいいのかと思いました。
スポーツ庁のデータでも、20代〜30代の女性の運動能力が低いことが示されています。結婚前からヘルスリテラシーが低い上、結婚、妊娠、子育て、職場復帰という流れの中で健康づくりの時間は限られおり、運動しない理由の1位は「忙しくて時間がない」です。しかし、本当に時間がないのでしょうか。私たちのプロジェクトでは、1週間に1時間でいいので運動しようという考え方を取っています。運動するためにスタジオへ通うにはパートナーの理解と後押しも不可欠なので、当事者のママだけでなく、パートナーや家族も変えていく仕掛けが必要です。
そのため、子育てに追われて運動に関心がないママとそのパートナーに対する情報提供方法の開発も進めています。昨年からは、「ママもまんなか」支援プロジェクト公式アンバサダーのロバート秋山さんに、YouTube 番組で子育てに関する新作ネタのコントなどを発信してもらっています(コラム❷参照)。再生数は70万回を超えていますが、行動変容につなげるために繰り返し幅広く働きかける必要があります。
内閣府SIPの研究開発テーマのひとつである「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」の「地域住民の包摂性向上と妊婦・子育て女性のWell-being最大化に向けた社会技術の開発」=通称「『ママもまんなか』子育て支援プロジェクト」の公式YouTubeチャンネル。チャンネル内では、公式アンバサダーの関根勤さん、関根麻里さん、小林よしひささん他、豪華キャストが妊産婦向けトレーニングメニューや育児経験者のリアルな声を届けている。ロバート秋山さんによる子育てママのための新作ネタなどの動画が見られる。
HPはこちら↓
中小企業経営者の理解促進もカギ
―――行動変容につなげるため、どのような働きかけを行っていますか。
久野 まず現状ですが、本プロジェクトの一環で、企業の健康経営の観点から約2000人の経営者等を対象に調査したところ、「女性の月経時の生産性は低下する」と半分くらいの人が回答していました。しかし、男性は生理がどれくらい辛いのかを理解しているでしょうか。「生理による欠勤が多いと感じている」という回答もあります。
川田 生理による欠勤を「怠けている」と感じているわけですね。
久野 企業での理解を深める上では、企業全体に占める割合が高い中小企業の経営者に理解してもらうことがカギです。中小企業経営者約100人への調査では、8割が月経随伴症状に伴う労働損失が生じていることを知らないと回答。また、85%が更年期障害による離職の実態を知らず、90%がプレコンセプションケアを知らないと回答していました(図2参照)。知らないわけですから、ケアできるはずがありません。中小企業経営者への働きかけは重要であり、女性の健康問題に関する理解不足を改善する機会になると考えています。
そこで、埼玉県で地方銀行の武蔵野銀行と啓発活動を進めることになりました。融資先の中小企業にアプローチできるので、銀行を通じて経営者の理解を深める仕掛けを展開します。今後、加茂市や八幡市でも取り組めないかと思っています。
もっとも、女性の健康問題の理解促進は女性経営者にも行う必要があります。生理や更年期障害による体調不良を「甘え」と考える女性経営者もいるからです。
川田 同じ女性に生理の辛さを理解してもらえないと、味方がいなくなってしまいます。
久野 「妊娠しているから給料は半分でいいですね」と心ない言葉をかけられることもあるようで、これはほぼパワハラです。そういった意識はまだまだあるので、手を打たないとなかなか変わりません。企業経営者の意識を変えることで、地域の意識も変えていくことができるのではないでしょうか。
藤田 銀行を通じた企業への働きかけで市民の意識を高めるのは良い方法だと思います。一方で、市役所の職員にも女性の健康問題に対するリテラシーの低さが存在します。男性職員だけでなく、女性職員間でも理解度は異なるので、市役所内での理解の浸透も必要だと感じました。例えば、生理休暇を取りづらいという声を聞きますので、そこは取りやすい職場環境に変えたいと思います。
川田 八幡市も中小企業が数多く立地しており、女性の健康問題への関心を高めるための取り組みが課題となっています。銀行や商工会などを通じて問題意識を共有するところから始めたいと思っていますが、まずは市役所が率先して取り組む必要があります。市役所には様々な部署があり、男性だけの職場、女性だけの職場があって雰囲気も違うので、フラットに話せる環境づくりにも努めたいと考えています。
久野 取り組みに関して提案したいことが2点あります。
1点目は、武蔵野銀行の役員と意見交換しているときに、これはいいなと思ったメンター教育の仕組みです。地方銀行ではいくつかの銀行がグループを形成し、社員育成の一環としてメンター教育を連携して進めているそうです。キャリアアップや対人関係の相談なども含め、先輩が後輩を支援する取り組みですが、同じ職場だと困り事を相談しづらい面があります。そこで、A銀行の管理職候補の女性にはB銀行の女性役員がメンターとなって支援するなど、相談しやすい仕組みにしています。SWC首長研究会加盟自治体でもそういうネットワークをつくり、例えば、加茂市と八幡市のメンターが相手の職員を支援する形にしてみてはいかがでしょうか。ウェブで簡単につながれるので、連携の仕組みはつくりやすいと思います。
2点目は、中小企業が加入し、県単位にある全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)を巻き込んでいくことです。2023年に健保組合に新たな保健事業として女性特有の健康課題への支援とロコモティブシンドローム対策などが追加されました。協会けんぽもその対策を考え始めているはずなので、連携しやすいタイミングだと思います。国は多様な世代の保健事業を進めようとしているので、この流れに乗ることが大事だと思います。
「広報」から「PR」へのシフトを
―――市政を進めるに当たって、市長の視点から考えていることや感じていることをお聞かせください。
藤田 市長に就任して強く感じたのは日々の暮らしに関する施策が多いことです。そこでは女性の目線が非常に大事で、例えば、ゴミの収集方法を少し変えただけでも女性を中心にかなりの反応があります。健康の施策にも同じことが言えます。
加茂市にはものづくりの中小企業が集積し、SDGsに関連した取り組みに力を入れて表彰される女性経営者もいます。どの企業も女性が働きやすい環境を整えたいという意識はあるはずなので、久野先生などの専門家から指導いただきながら取り組めば、高い効果が得られるはずです。様々な機関と連携して取り組み、暮らしやすい地域づくり、女性が働きやすい職場環境を実現したいと考えています。
川田 八幡市では子育てや健康の分野の取り組みに力を入れていますが、一番の課題は広報です。担当職員は頑張っているものの、市民にいかに伝えていくのかという戦略的な視点が確立していません。どうしても無難な守りの姿勢の広報になっています。それでは興味を持ってもらえず、市民や子育て世代の女性に情報が届かないのです。マムアップパークの広報にも注力しているのに、なかなか広がっていきません。
久野 情報発信では、インスタグラムで子育て世代のマイクロインフルエンサーが注目されていることが私たちのリサーチで分かりました。
川田 口コミの効果は高いので、マイクロインフルエンサーでアプローチしていく手法は有効だと思います。子育てママはインスタグラムのユーザーが多いようです。
久野 今後の情報伝達では、一方的に伝える「広報」という形から、「パブリックリレーションズ(PR)」という考え方に移行すべきではないかと思います。PRには、組織とそれを取り巻く人間との望ましい関係をつくり出すための考え方や行動のあり方があるからです。
川田 マムアップパークの周知は広報紙やホームページに載せる一方的な方法で進めてきましたが、PRをはじめ双方向やアウトリーチなど様々な手法を駆使する必要があるということですね。
久野 他自治体と連携してもいいのではないでしょうか。
川田 連携して推進すれば、効率的で高い効果が期待できます。
藤田 子育てママに直接伝えることも大事で、子育てママと話せる場づくりにも努めたいと思います。
久野 これからもマムアップパークのPRに注力しますので、お二人には引き続き、参加促進を図っていただくことをお願いします。
【了】
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