「新・地方自治のミライ」 第70回 ミイラ化する公営水道のミライ

NEW地方自治

2024.12.26

本記事は、月刊『ガバナンス』2019年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2018年12月に改正水道法が成立した。厚生労働省の資料に拠れば、人口減少に伴う水需要の減少、水道施設の老朽化、深刻化する人材不足などの水道の直面する課題に対応し、水道の基盤強化を図るための所要の措置ということである。しかし、国会審議で多数の疑念が提示されたままの成立である。それらの問題は、実施段階で自治体に丸投げされる。そこで、今回は、水道事業のミライを考えてみよう。

改正の内容

 主な改正内容は次の通りである。第1に関係者の責務の明確化である。第2に広域連携の推進である。第3に適切な資産管理の推進である。

 第4が官民連携の推進である。自治体が水道事業者等(注1)としての位置づけを維持しつつ、厚生労働大臣等の許可を受けて、水道施設に関する公共施設等運営権を民間事業者に設定できる仕組を導入する。これが、いわゆるコンセッション方式であり、一般には「(公設)民営化」と呼ばれており、PFIの一種である。第5が指定給水装置工事事業者制度の改善である。

注1 水道事業者または水道用水供給事業事業者を指す。

「民営化」を巡る論点

 国会審議では、特に第4の「民営化」の箇所が論点となった。営利目的の民間事業者に運営を委ねれば、水質悪化を招く、維持補修を怠る、水道料金が著しく高騰する、などの懸念が示された。さらには、実際に受託できる民間事業者は外資系水ビジネスであり、日本人の生命の根幹が外資に牛耳られる不安もある。また、諸外国の事例から民営化は破綻し、結局、高い費用を払って再公営化せざるを得ないので、経済的にも割が合わないともいう。

 政府側は、国・自治体による適切な管理がされれば、こうした懸念は生じないとする。それ以上に、現状の公営水道はこのままでは立ちゆかないので、官民連携の推進もひとつの選択肢としている。民間事業者の費用削減の創意工夫によって、経営問題を少しでも解決することが期待されている。

「民営化」のプラセボ効果

 人口減少と維持補修費用と人材払底を考えれば、公営水道のミライは深刻である。民間事業者の創意工夫によって、費用抑制ができて人材が集められれば素晴らしいだろう。

 ところが、21世紀はそのような安逸の世界ではない。コンセッション方式が成り立つのは、現状で相対的に余裕のある水道事業のみである。しかし、本当に優先的に解決しなければならない深刻な水道事業は、創意工夫でどうにかなる問題ではない。そして、相対的に余裕があるならば、公営のままでも運営は可能である。結局、「民営化」は、立ちゆかない水道事業には役に立たず、何とか成り立っている水道事業から、水ビジネスが利潤を獲得する民間開放の機会を与えるだけである。改正法が目指す課題を解決する措置には、基本的には役に立たない。

水道の真の問題

 水道の真の問題は、値上げが不可避なことである。しかも、独立採算原則に基づく市町村営水道事業は、水資源開発コストや需要の相違によって、料金に膨大な市町村間格差が生じている。

 そして、もともと条件が悪く水道料金の高い市町村ほど、さらに引上げが必要になる。とはいえ、市町村としては簡単に上げられない。そのために赤字経営になる。そして、市町村の一般会計が補填しなければならなくなるが、水道の条件が悪いような市町村は、一般会計も苦しいことが普通である。しかし、独立採算の建前から、市町村ごとの赤字補填の繰出の財政需要は、必ずしも財源措置されていない。

 理屈上は、市町村間の水道料金の格差は、都道府県営などの広域化をすれば解消できる。実際、改正法も広域連携を推進している。しかし、まさに格差解消それ自体が、広域連携を阻む。なぜならば、水道料金の高い市町村との広域連携は、いままで相対的に安い市町村から見れば、水道料金引上げに他ならないからである。

 要するに、各市町村間で条件が異なるにもかかわらず、財政調整がないことが根本原因である。そもそも、市町村営を広域化したとしても、広域間の財政調整は必要である。財政調整が不要なのは国営水道だけである。この問題は国民健康保険制度と全く同じである。市町村営にもかかわらず、独立採算原則(公営事業・公営企業)にすれば、財政調整の導入が阻害され、条件の悪い市町村から破綻していく。

「民営化」の真の狙い

 このように見ると、コンセッション方式を導入しても、水道事業の危機は解消されない。財政調整によって国民的に公平な水道事業を持続させることにはならないからである。「無駄」な対策を、なぜ国は導入したのであろうか。

 それは、施設運営権を獲得した民間事業者の「居直り」によって、致命的に高い料金値上げを実現させるためである。公営水道であれば、自治体の首長・議会は、住民に致命的な負担を負わせる水道料金引上げは、政治的・道義的に困難である。それゆえに、一般会計から繰出をせざるをえず、そのため他の公共サービスが圧迫されるので、自治体は国に財政措置を陳情するようになる。しかし、国(財務省・厚生労働省・総務省)は、こうした財政負担をしたくない。そこで、市町村に確実に料金引上げをさせたい。そのときの方便として、民間事業者の「居直り」が活用される。

 民間事業者は営利目的であるから、住民生活などはお構いなしに、自治体に引上げを要求する。長期独占事業であるから、自治体が引上げを認めなければ、破綻するか撤退するかである。独占水道事業に撤退・破綻されたら、住民生活は直ちに干上がる。住民生活を民間事業者に「人質」に取られた市町村は、民間事業者の言いなりに料金引上げを認めるしかない。あるいは、コンセッションを打ち切り、高い「違約金」を払って、営利目的の事業者が維持補修を手抜きした水道施設のままで、再公営化する。

民間事業者・自治体為政者・国のみの利益

 住民を「人質」に取る民間事業者は、ほぼ無リスクで利潤を上げる。一方的に民間側が有利なように見えるが、「血も涙もない悪徳業者」という汚名を一応は負担する。

 自治体側にもメリットはある。それは、将来に値上げが不可避になったときの為政者は、その責任を「血も涙もない悪徳業者」に転嫁し、あるいは、「愚か」なコンセッション方式を導入したかつての「愚昧」な首長・議会に責任を押し付ける。「民営化」したときの自治体為政者は「ピエロ」であるが、導入時には「民間活力を導入した先進自治体」として賞賛されれば、当人は気分良く「ピエロ」を演じるだろう。

 そして、公営水道への財政支援措置を求められない国が、最大の受益者である。国は、コンセッション方式を示すことで、自治体為政者に料金引上げの責任回避の道筋を示す。そして、それが嫌ならば都道府県単位の広域連携という道を示す。上述のように、広域連携とは都道府県内住民間の負担の付け回しであり、国としては好都合である。

おわりに

 改正水道法は、国費負担を抑制し、民間事業者に利益を提供しつつ、住民負担である水道料金引上げを目指す。

 そして、国・自治体を通じる政治責任の欠如を蔓延させる。事業者の「居直り」によって、問答無用の結論ありきの結論になる。また、実体的にも官民連携にせよ広域連携にせよ、相当な水道料金の地域間格差を放任・助長する。それは、水道という不可欠公共サービスにとっては致命的なことである。こうして、日本の地域住民はミイラのように干涸びていく。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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