自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[98]自治体職員のみなさん、役所を飛び出し、まちに出よう~5ゲン主義で前に進もう~

NEW地方自治

2025.01.15

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2024年5月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

個別避難計画作成モデル事業

 2021年度に始まった個別避難計画作成モデル事業は、2年間、市区町村を対象に実施し多様な活動事例が生まれた。2023年度の個別避難計画作成モデル事業は、都道府県による市区町村支援の加速化がテーマになった。

 都道府県は、難病患者について保健所が計画作成するのを除けば、自分たちが直接、計画作成をすることはない。市区町村が積極的に取り組むためにどうすればよいかを考える必要がある。

 よく陥りがちなのは、市区町村から上がってきたデータやアンケートを見て評価したり、問題を特定したりすることである。たとえば、個別避難計画の作成率が低い理由を、職員数が少ない、財源に余裕がない、地域住民が高齢化している、コミュニティが希薄だ、福祉関係者の理解が得られない等々としがちである。もちろん、その側面はあるが、同じような環境でも、なぜかうまく進めているところも少数ながらある。

 私は、この点に着目して2024年3月12日に開催された個別避難計画作成モデル事業成果発表会を聞いていた。

5ゲン主義

 トヨタをはじめ、日本の名だたる大企業が標榜しているのが5ゲン主義である。これは、「現場」で「現物」を手に取り「現実」を知ることで、問題の解決を進めようとする態度である(個別避難計画では、現物は現人となるだろうか)。そして、解決をするうえで、「原理」から外れていることはないか、「原則」と異なることが発生していないかを考える。

 個別避難計画の原理を考えてみると、要支援者が地域住民、福祉関係者と力を合わせて災害から守られることである。その先には、助ける人、助けられる人と分断するのではなく、災害時にも平時にも自然に支え合える地域社会の姿が見えてくる。

 原則とは、単に計画を作るのではなく、実際に助かる確率を上げる効果的な計画にすることだ。だから、作成数を競うより前に、本当に効果的かどうかを判断する必要がある。

 5ゲン主義を実践するには、都道府県職員が市区町村や自治会、福祉等の現場に足を運び、関係する職員同士が顔を突き合わせて、一緒に考えることが重要だと思う。たしかにオンライン会議もできる時代に、時間をかけて現場に行く価値があるのかという考えもあるだろう。しかし、現場に行けば人は変わるのだ。

 今回のモデル事業においても、多くの都道府県職員が市区町村に、地域に足を運び、対面で聞き取りをしながら悩みごとを共有し、一緒に考えてくださった。

 たとえば、福島県からは、「支援者から『ありがとう』『不安だった』と言われた。住民に会いに行ってその言葉が聞けたのが良かった」という話があった。北海道からは、市町村の職員が自ら避難誘導をする取り組みを、道の職員が撮影して動画にして紹介する事例を紹介いただいた。たしかに、都道府県職員は住民と一緒に避難訓練をしていない。それなのに、訓練をしてくださいと声掛けするのは実感が伴わない。

 現場に行くことで、滋賀県の「現場のパートナーになろうと決意した」、あるいは大阪府四條畷保健所の「保健所は支援ではなく、ともに取り組む存在である」という高い志が生まれる。

強みを活かす

 小さな市町村からは、特に職員のマンパワーが足りない、地域が高齢化で計画を作りにくいという声を聞く。一方、大きな市区町村は対象者が多い、コミュニティが弱くて作りにくい、という。

 逆に、強みを活かす方向で考えてはどうだろうか。自治体が課題を抱えながらそれなりに施策を実施できるのは、地域の強みがあるからだ。たとえば、小規模な市町村は住民と行政の距離が近く、住民同士のつながりも強い。行政からの頼みごとに「しょうがいないなあ」と言いながら協力してくれる。

 今回、モデル地区となった長野県松川村は、年度当初はゼロであった個別避難計画が、年度末には全17地区のうち15地区から上がってきている。しっかりと膝を突き合わせて、個別避難計画の重要性を区長に、「いつ、どこで、誰と、どこへ逃げるか、こうした計画をちゃんと作っておけば、あとで共有や更新がしやすくなる」と伝えたという。このように、地域の方々と膝詰めで話をすれば、地域が自走する可能性は大いにある。

 都道府県や、大きな市区町村は福祉の組織がしっかりしていて、常日頃から組織的に活動している。組織の理解を得ることで、現場の福祉職員の意欲を高め協力を引き出せる可能性が高まる。たとえば、災害時に福祉事業者がリスクを負って支援するよりも、地域住民とつながって個別避難計画を作成することで、避難の確率が高まり、福祉関係者の安全を守れることを理解してもらう。

 自分たちだけで解決策を考えるのが難しいなら、同じ自治体職員のピアサポーターや内閣府など相談相手がいる。現場の「ここが難しかったなあ」と言うことを上手に聞き取ることが大事だ。

訓練ファースト

 宮城県七ヶ浜町では、東日本大震災前に津波避難訓練に参加経験が「ある者」では「ない者」に比べて、避難したオッズ比が 1.99倍高く、津波浸水域内にいた場合はさらにオッズ比が3.46倍高かった(中谷直樹「津波避難訓練が避難行動に与える効果」埼玉県立大学地域産学連携訓練ファーストセンター2019年度WEB講座)。

 訓練の効果はかくも高い。その点で、新潟県の取り組みは大いに参考になる。総合防災訓練時に、その中心となる施設に、地元の方たちが避難訓練をする。その時、自治会、自主防災組織と一緒に避難をし、その結果を個別避難計画にまとめる取組みをしている。通常の訓練と同時に、個別避難計画までできるのだから、効果的なことこのうえない。

 さらに、社会福祉協議会のサロン活動と組み合わせて、避難した場所で、美味しい和菓子付きのお茶会をやってはどうだろう。要支援当事者・家族と地域住民、福祉関係者がつながることで、災害時とともに平時も安全安心な地域社会づくりに進むのではないか。個別避難計画を活用した地域共生社会づくりである。

個別避難計画担当者へのお願い

 個別避難計画の担当に「運良く」なってしまった方は、「令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難の在り方について (中間とりまとめ)」及び「令和元年台風第19号等を踏まえた 高齢者等の避難のあり方について (最終とりまとめ)」を読んでいただきたい。現場で支援活動や研究を重ねた委員の思いや議論が事務局の内閣府によって上手にまとめられている。また、3年間のモデル事業の報告書も読み込んでほしい。現場の優れた事例がたくさん、掲載されている。

 答えは常に現場にある。自治体職員のみなさん、役所を飛び出し、まちに出よう。

台湾地震

 4月3日午前8時58分頃、台湾東部の沖合でマグニチュード7.2、最大震度6強の大地震が発生し、建物倒壊等により大きな被害がもたらされた。被災されたみなさまに心からのお見舞いを申し上げる。台湾は、日本が自然災害で被災するたびに大きな支援をしてくださっている。私たちもできる限りの支援を行いたいと考えている。

 また、先島諸島、沖縄県には津波警報が発令された。観光客は土地勘もなく、準備もないので災害に極めて脆弱である。沖縄県は観光危機管理に最も熱心に取り組んでいる県なので、個別避難計画を含め、今回の対応を検証し、全国に発信頂きたいと思う。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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