「新・地方自治のミライ」 第60回 全国知事会の改憲草案のミライ(下)

地方自治

2024.08.22

本記事は、月刊『ガバナンス』2018年3月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 前々回から、全国知事会(以下、「知事会」)の総合戦略・政権評価特別委員会「憲法における地方自治のあり方検討WT」が2017年11月にとりまとめた『憲法における地方自治のあり方検討WT報告書』(以下、『報告書』)を検討している。すでに述べたように、『報告書』の重要な契機は、参議院選挙区の合区問題である。今回は、合区問題に焦点を当てて、『報告書』を論じてみたい。

全国知事会の問題意識

 『報告書』によれば、16年7月には、憲政史上初の合区選挙が実施され、「投票率の低下」や「自らの県を代表する議員が選出されない」という国民の参政権にも影響を及ぼしかねない状況が発生したという。そこで、知事会は、「参議院選挙における合区の解消に関する決議」(16年7月29日)を行い、各政党への要請活動、国会からの意見聴取など、あらゆる機会を通じて取り組みを進めている。こうした努力もあり、地方六団体の全てで、「合区解消」などに向けた決議が為されて、「地方の総意」を作ってきた。

 そもそも、合区導入は、最高裁判決によって示された、一票格差是正のための緊急避難措置であるという。改正公職選挙法附則にも、19年の参議院選挙までに抜本的見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとする、と規定されているという。

 『報告書』をとりまとめたWTでは、「都道府県ごとに集約される民意を生かす機能は、地方自治の充実に必要不可欠である」としている。この点から、草案の提案が為されている。

両院選挙制度

 現行憲法では、両院選挙制度は法律に「丸投げ」である(憲法47条)。このような「丸投げ」だからこそ、一票格差・定数不均衡も放置されてきたし、合区も一方的に可能になったともいえる。しかし、憲法の「丸投げ」規定を抜本的に是正することは、合意形成に手間取るし、そもそも、集団的自治体としても言いにくいことがあろうから、草案でも手を付けていない(草案47条①)。そこで、ともかく喫緊の「合区解消」のために、「参議院選挙の選挙において、選挙区を設置する場合は、広域的な地方公共団体ごとの区域を単位とする選挙区を含まなければならない」(草案47条②)とした。こうすれば、憲法上、参議院選挙区は都道府県単位となり、「合区解消」に繋がるというわけである。

 しかし、『報告書』の条項案は、以下の二つの点で、誠に「お人好し」と言うほかない。知事会がこのような「善人」であるならば、魑魅魍魎が跋扈する国政では、ほとんど相手にされないだろう。知事会が、「善人」のフリをしているだけであることを祈るばかりである。

 第1に、参議院選挙において選挙区を設置しない場合には、実質的には「全国区」に強制合区されることになる。全国単一選挙区であれば、当然ながら、都道府県ごとに民意は集約されない。そして、「全国区」では人口比例であるから、人口の大きな大都市圏の声が、そのまま、国民の民意として示されることになる。その意味では、参議院選挙において、都道府県別の選挙区を設置することを規定しない限り、知事会の目的は達成されない。

 第2に、「広域的な地方公共団体」(草案92条③)ごとの区域でしかない。現行憲法では都道府県が明示されていないから、そもそも、合区の是非など、憲法論議になり得ないのである。そこで、草案のような書きぶりになったのであろうが、ここでも都道府県が明示されていない。つまり、広域自治体の区域が大きくなれば、合区は解消される。端的に言えば、鳥取県と島根県を合併して「鳥根」県にし、徳島県と高知県を合併して「徳知」県にすれば、「合区解消」になる、といっているだけである。このような意味での「合区解消」は、憲法改正などしなくても、可能である。しかし、それが知事会の望むことではないことは明らかである。とするならば、改正草案は全く無力である。

都道府県代表と地方自治保障

 このように効果の乏しい草案になっているのは、「都道府県ごとに集約される民意を生かす機能は、地方自治の充実に必要不可欠である」という意義を、充分に立論し切れていないからである。国政において、なぜ、都道府県ごとに民意が集約されることが、地方自治の充実に不可欠なのかが、説明されていない。

 第1に、国会議員は「全国民を代表」(憲法43条①)するのであるならば、仮に選挙区ごとに選出されたとしても、選挙区代表ではない。地域代表でも地域住民・都道府県民代表でもあり得ない。ならば、都道府県ごとの選挙区があったとしても、それは単に国民代表を選出するための技術的区画に過ぎない。衆議院小選挙区・比例区の議員が、当該区域の民意の集約でもなければ、当該区域の何らかの自治体を充実させることとは関係がないのである。こうした原理的考察なしに、単に「合区解消」に向けて技術論を展開しても、何の迫力もない。

 第2に、かりに地方自治の充実を目指すならば、端的に自治体の国政参加を目指すしかない。それは、単純な国民代表の参議院の延長線上では有り得ず、ヨーロッパ大陸型の上院を検討せざるを得ないだろう。実際、知事会もかつては参議院を「地方の府」とするアイデアを示していた(「憲法と地方自治研究会」16年11月)。つまり、両議院を全国民代表とする(憲法43条①)ものから、「参議院は、全国民を代表する選挙された議員で組織する。但し、第92条の趣旨の実現のため、法律の定めるところにより、広域的な地方公共団体の区域に属する住民を代表する選挙された議員を加えることができる」(憲法43条を改正)というような具合である。しかし、『報告書』の草案では、こうした内容さえも盛り込まれていない。

 第3に、そもそも、国政が多数決原理であるときに、「都道府県ごとに集約される民意」があっても、当該少数都道府県の地方自治を保障することには繋がらない。一票の格差を是正しつつ、都道府県という選挙区を維持しようと思えば、参議院選挙区総定数を、200程度(完全半数改選制とすると400程度)に、増やせばいい。鳥取県の人口は55万人強であるから、日本全体の0.5%弱だからである。「合区解消」だけでは、所詮は「多数派の横暴」には抵抗できない。こうなれば、勢い、国政における地方自治保障とは、国政における投票価値平等・一票格差是正と、正面から調整を切り結ばないとならないのである。その点を曖昧にしても、結局は地方自治の充実には繋がらない。

おわりに

 「合区解消」を国政(参議院)における地方自治保障に位置付けるのであれば、本来は、47都道府県の「一県一票」的な代表原理を求めるしかない。アメリカ上院が、州人口の多寡にかかわらず、1州2人の上院議員を選出するようなものである。アメリカ上院議員は、ドイツ連邦参議院とは違って、州政府の代表ではないが、各州平等という意味で、連邦制の保障には寄与しているだろう。そして、それは、日本の地方自治保障を限りなく連邦制に近づける、あるいは、「廃県置藩」的な制度にすることを意味する。当然、国民の投票価値平等とは両立しないが、それに匹敵する権力分立・地方自治保障という憲法価値があるならば、不可能ではないだろう。

 しかし、『報告書』は、そのような大胆な議論の提案が、現実的な合意形成には繋がるとは思っておらず、大風呂敷は避けたのであろう。そこで、理念の深い検討はともかく、現実的に、当面の「合区解消」さえ達成できれば良い、と考えているのかもしれない。とはいえ、そうした小手先の技術論は、ミイラ取りがミイラになるように、地方自治の充実どころが、逆効果になりかねないのである。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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