自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[55]高齢者、障がい者等の避難制度を考える──内閣府サブワーキンググループの検討から⑵
地方自治
2021.07.21
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[55]高齢者、障がい者等の避難制度を考える──内閣府サブワーキンググループの検討から⑵
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2020年10月号)
台風10号における事前対策
9月7日に九州・沖縄地方を襲った台風10号に関しては、気象庁・国交省が頻繁に記者会見を行って状況を説明するほか、防災担当大臣が事前に2回の呼びかけを行い、総理大臣も関係閣僚会議で国民に命を守る行動を、と呼びかけた。メディアも積極的に取り上げて警戒を呼びかけた。海水温が前の台風の影響で下がったことなどにより、大被害には至らなかったが、9月10日現在、2人が死亡し、4人が行方不明となっている。停電も最大65万戸に達した。
その中で、国民、国や自治体、企業も含めて事前にできる限りの対策を取ったことは特筆されるべき点だ。
国交省は台風の接近を受け、九州や四国などの計73ダムで、貯水量を前もって減少させる事前放流を実施した。自衛隊や海上保安庁などは船舶や航空機による広域避難を支援した。
また、熊本市が7日の閉庁をいち早く決めて災害対策に専念する旨を公表したほか、多くの民間企業もBCPを発動して7日の出勤停止を決めるなどの対策をとった。会社に出勤しなくてよいことが事前にわかれば、ある程度遠くてもホテル等への避難がしやすくなるので、有効な避難支援策といえよう。
避難状況
避難については、九州全域で180万人に避難指示が出され、約20万人が避難所に身を寄せている。さらにホテル・旅館がほぼ満室になったという報道もなされている。親族・知人宅に避難した縁故避難、車中泊を含めれば、膨大な人々が事前避難したと想定される。
一方で、自治体が新型コロナ対策で「3密」を避けるために、避難所の収容人数を減らしたことで、特に都市部で満員の避難所が続出した。もちろん、自治体は避難所を増設したり、別の避難所をあっせんしたりしているが、諦めて自宅に戻った人もいるという。
新型コロナ対策を考慮することにより、今後、自治体は、避難者の見積もりによる収容人数の拡大やリアルタイムでの避難所収容者数の公表が求められるだろう。
一方で、住民にも縁故避難、ホテル・旅館避難など多様な避難を考えてもらうことが重要になる。すべての国民が、いつ、どこに、どうやって避難するかという避難計画を作成し、自治体がその状況を把握してミスマッチを減らすことが求められる時代になったと実感する。
サブワーキンググループ中間とりまとめ骨子案
さて、内閣府「高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ」は8月31日に第4回会合を開き、中間とりまとめ骨子案と、残されている論点について議論した。ここでは、方向性が概ね固まってきた骨子案について重要な点を抜粋して紹介したい。私が特に重要と考える部分は傍線で示し、コメントを〈〉で示す。
1 制度検討の全体像
○次のように個人の避難能力に応じた対応が考えられる。
・声掛けをして同行避難をするなど、地区住民等が実施可能な支援により避難できる方に対しては、地区防災計画などで地域住民が支援内容を決めることを推奨する。
・自ら避難することが困難であり、ハザードマップ上危険区域に居住する方をはじめとした避難行動要支援者については、市町村が必要に応じて福祉専門職等の協力を得つつ、地域の避難支援等関係者や当事者本人とともに個別計画を策定する。
○避難行動要支援者の避難先として福祉避難所があるが、個別計画の策定と併せて、福祉避難所への即座に直接の避難を可能とする仕組みを受入体制等の整備も含めて検討していく必要がある。
〈個別計画の作成が進まない現状を踏まえて、日常の支援者である福祉専門職の協力を得ることが重要という認識を示した。また、福祉避難所が二次避難所としてだけでなく、一般の避難所を経由せずに直接避難が可能であることを明記した点がポイントである。〉
⑴避難行動要支援者名簿に関する検討
【対応の方向性】
○名簿は避難支援、安否確認、発災後の生活支援等の用途があり、そうした用途も踏まえ優先度を意識した活用が重要である。
〈避難行動要支援者の定義は法律上、「避難行動に支援を要するもの」となっている。しかし、名簿は避難行動だけでなく発災後の生活支援の優先度を決めることにも活用できるとの考え方もある。名簿の範囲をどこまでにするかは、自治体の判断に委ねてよいように思われる。ただ、範囲を広げ過ぎることで避難支援の実効性が弱くなるのは本末転倒である。〉
⑵個別計画に関する検討
【対応の方向性】
○個別計画の策定について、更に促進されるようにするために、制度的な位置付けの明確化が必要である。
○個別計画は、当事者本人の心身の状況や生活実態等を把握している福祉専門職、民生委員、当事者本人が暮らす地域の防災の実情を把握している自主防災組織、地域の医療・看護・介護などに関する職種団体等の協力を得て、当事者本人との協働により、市町村が中心となって策定される必要がある。
○市町村が必要に応じて策定の優先度を判断する基準としては、地域におけるハザードの状況(想定浸水深、土砂災害警戒区域等)、当事者本人の身体機能、情報取得・判断能力、独居等の居住実態、社会的孤立の状況などが考えられる。個別計画の策定にあたり、ハザードマップ上、危険な場所に居住する者については、特に優先的に策定すべきである。
〈個別計画は、現状はガイドライン事項だが、制度上、明確に位置付けることで個別計画作成の推進エンジンにする意欲が示された。また、福祉専門職が支援関係者、当事者と一緒になって個別計画作成に取り組むべきことが書かれている。さらに、ハザードマップ上の危険個所に居住する方を優先すべきことが示された。〉
⑶福祉避難所等に関する検討
【対応の方向性】
○福祉避難所の利用対象者である要配慮者やその家族には、避難先の希望など様々な事情があることから、多様な避難先の確保が求められる。
○直接避難について、こうした熊本市の事例を参考に、個別計画の策定プロセス等を通じて、事前に避難先である福祉避難所、福祉避難所でない特別支援学校や社会福祉施設等と調整を行い、避難が必要となった際に、当該福祉避難所等への即座に直接の避難を可能とする仕組みを受入体制等の整備も含めて検討していく必要がある。
○福祉避難所でない指定避難所にも、要配慮者や地域コミュニティへの配慮、感染症対策のため、福祉避難スペース等を設ける必要がある。
〈障害者権利条約は「私たちのことを私たち抜きで決めないで(Nothing About us without us)」を合言葉にしている。多様な避難先を確保することは、障がい当事者の選択肢を増やし、自己決定を尊重することにつながる。その意味で、福祉避難所にすべての要配慮者を避難させればよい、と考えるのは乱暴だ。原則として、日常のデイサービスやショートステイなどで使っている福祉施設に避難できるようにするのが望ましい。それも、災害前の緊急避難の段階からだ。施設も、日常支援している方々ゆえに受け入れしやすい。一方で、要支援者であっても日常生活をコミュニティに支えられている場合、近所の人と一緒に一般の避難所に避難する方がよいかもしれない。そのためには、一般の避難所に福祉避難スペースを設けることが必要になる。〉
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。