自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[54]高齢者、障がい者等の避難制度を考える──内閣府サブワーキンググループの検討から⑴

地方自治

2021.07.14

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[54]高齢者、障がい者等の避難制度を考える──内閣府サブワーキンググループの検討から⑴

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2020年9

豪雨災害における高齢者、障がい者の被害状況

 近年、頻発する豪雨災害において高齢者に被害が集中している。たとえば、平成30年西日本豪雨災害では、倉敷市真備町で51人が亡くなり、その8割が70代以上であった。

 また、昨年の台風19号等における障害当事者アンケートからは、一人暮らしをしている知的障害のある方が「避難するタイミングや避難場所が分からなかった」と話していた。

 制度的には、市区町村が作成する避難行動要支援者名簿にしたがって、要支援者一人ひとりの個別計画を作成することが推奨されている。実際には、ほとんどすべての自治体で名簿は作成しているが、網羅的、効果的な個別計画を作成するまでには至っていない。

内閣府における検討組織の設置

 6月、内閣府において「令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ」(以下、「サブワーキンググループ」という)が設置された。これは、激甚化・頻発化する水害・土砂災害に対し、高齢者、障がい者等の避難等を検討することを目的としている。

 主な論点は次のとおりである。

①避難行動要支援者名簿に関する検討
② 個別計画に関する検討
③ 福祉避難所等に関する検討
④ 地区防災計画に関する検討

 このたび、サブワーキンググループの座長として指名されたので、この検討内容について紹介したい。

制度的論点

 サブワーキンググループへは、これまでの検討会等の成果を踏まえ、制度改革に踏み込むための論点が提示された。

⑴避難行動要支援者名簿

 内閣府の市区町村へのアンケートによれば、5割強の市区町村が「『真に避難支援を要する者』を正確に把握できていない」と回答している。たとえば65歳以上の高齢者などと幅広く名簿に掲載すれば、その数は膨大になり、支援者の確保などが困難になる。一方で、絞り込みをすればするほど対象となった要支援者への支援の実効性は高まるが、対象外となった者の逃げ遅れが懸念される。

 また、名簿情報の収集・提供・活用を進めるには自治体の個人情報保護制度との関係が整理されなければ難しい。そこで、以下の課題が提示された。

①名簿の範囲の整理
 真に自ら避難することが困難な者に対して実効的な対策を行うためには、改めて避難行動要支援者の範囲について整理し、支援対象を明確にすることについて検討する必要があるのではないか。

②運用の在り方に関するそのほかの論点
【課題①】
 平時における名簿の提供を促進するためには何が必要か。
【課題②】
・避難先における要配慮者へのケアのあり方はどのようなものであるべきか。
・医療・保健・福祉等のチームに対する名簿情報の提供のあり方はどのようなものであるべきか。

⑵個別計画

 一人ひとりの要支援者の避難を計画化する個別計画は、法的に位置付けられてはいない。避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針(2013年8月)において、「市町村が個別に避難行動要支援者と具体的な打合せを行いながら、個別計画を策定することが望まれる」とされていて、制度的位置づけが弱い。

 このためか、避難行動要支援者名簿作成済の1687市区町村のうち、名簿掲載者全員の個別計画を作成しているのは208、12・8%にとどまる(2019年6月1日現在、消防庁調べ)。その一方で、福祉専門職の関与を通じた個別計画作成を進める大分県別府市や兵庫県のような先進事例があり、いかに良い事例を水平展開するかが課題となる。

①制度の在り方
 個別計画の制度的な位置付けや福祉専門職に期待する具体的な役割、協力を得るための仕組み等、要支援者が確実に避難できるための仕組みを検討する必要があるのではないか。

⑶福祉避難所等

 多くの市区町村では、要配慮者もいったんは一般の指定避難所に避難してもらい、その後に福祉避難所に移ったほうがよい人を福祉避難所に移送する取扱いとなっている。

 しかし、現実には指定避難所での滞在が困難な高齢者、障がい者、乳幼児は車中泊を選ばざるを得ない、一般の指定避難所では体調を崩しやすい要配慮者もいる、要配慮者の移送には多大な調整作業が必要となる、等の課題がある。

①避難先の在り方
【課題①】
 避難行動要支援者を含む要配慮者にとっての避難先のあり方について、検討する必要があるのではないか。
【課題②】(再掲)
 名簿情報は災害発生時において、地元の医療機関や現地に参集して避難先や在宅避難の要配慮者に対応する医療・保健・福祉チーム等にとっても有用であることから、個人情報保護の観点等にも留意しつつ、災害時における名簿情報の有効活用策について検討する必要があるのではないか。

⑷地区防災計画

 地区防災計画の普及における課題について、内閣府が市区町村に行った調査では、地域の自主性に委ねられている、防災リーダーの不在、市区町村職員の計画作成ノウハウの不足といった点が課題となっている。

①地区防災計画の在り方
【課題①】
 避難行動要支援者名簿、個別計画、地区防災計画それぞれの連携のあり方について整理するべきではないか。
【課題②】
 地区防災計画の策定促進に向けて、計画の作成主体である地区住民等を人材やノウハウ面で支援する仕組みについて検討する必要があるのではないか。

一燈照隅から萬燈照国へ

 全身全霊を傾けて取り組もうと伝えるため、次の挨拶をさせていただいた。

「高齢者等の避難支援に関する内閣府の初めての委員会は平成16年10月7日でした。廣井脩座長は、『平成3年の奥尻島津波災害、平成7年の阪神・淡路大震災、平成16年の五十嵐川、刈谷田川の氾濫で高齢者が数多く亡くなった辛い教訓に学び、災害時要援護者の方々に対する対策を本格的に、かつ具体的に考えていかなければならない。そのためのマニュアルとかガイドラインをつくる、これは検討会の大きな仕事でございます』と述べられました。

 そのガイドラインが作成されたにもかかわらず、平成23年の東日本大震災で犠牲になられた方のうち、高齢者が6割を超え、障がい者の死亡率は障がいをもたない人の2倍となりました。平成28年熊本地震では災害関連死が直接死の4倍を超え、その8割が高齢者、平成30年西日本豪雨災害、令和元年東日本台風でも、また多くの高齢者が亡くなられました。今こそ、これまでの検討会での提言、実務上の課題を総点検して具体的で実効性が高く、どの自治体にも取り組める制度設計が求められています。

 幸い、別府市、兵庫県をはじめ各地で一燈照隅の先進的取り組みが行われています。これに学び、全国津々浦々に地域性を活かしつつ水平展開して、萬燈照国の日本にしていくことが本サブワーキンググループの使命と考えております。

『災害は弱い者いじめ』という社会に訣別し、『災害時にも誰一人取り残さない』社会をつくるため、委員、そして内閣府はじめ関係省庁、全国自治体のご協力をお願いいたします」

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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