自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[6]建物耐震化を考える──明日の首都を守るために
地方自治
2020.04.15
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[6]建物耐震化を考える──明日の首都を守るために
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2016年9月号)
(*この記事は2016年8月時点の情報に基づいています。)
新しい東京都知事に小池百合子氏が当選した。都議会との関係や、東京オリンピック・パラリンピックの費用の問題がメディアに大きく取り上げられているが、これらにより都民の生命、財産が脅かされることはほとんどない。
これに比して、大地震や大水害が発生すれば、都民だけでなく日本、いや世界中に大きな影響を与える。特に切迫していると言われる首都直下地震への対策は、都政最大の課題ではないだろうか。防災を真ん中に据え、多くの都民を巻き込みながら安全安心で魅力ある東京の都市づくりにリーダーシップを発揮していただきたい。
熊本地震の教訓
熊本地震では、76人の犠牲者(16年7月28日現在。熊本県災害対策本部発表)のうち37人が家屋の倒壊で亡くなったとされる。また、車中泊により多くの方がエコノミークラス症候群を発症したが、その原因も建物の損壊で体を休めることができなかったからだ。
住宅が壊れなければ、直接死、関連死で亡くなる方はいなかっただろうし、その後の過酷な避難生活も送らずにすんだはずだ。
行政も、ご遺体の対応、建物の応急修理、避難所・福祉避難所の運営、医療・福祉対応、応急危険度判定、被害家屋認定調査、罹災証明の発行、仮設住宅用地確保・建設、そして今後の復興計画・事業実施など膨大な災害対応をせずにすんだはずだ。
すなわち熊本地震の最大の教訓は、地震動に弱い建物が地震被害の根本原因ということだ。したがって、地震対策で最も重要なのは住宅など建物の耐震化だ。これは阪神・淡路大震災、中越地震など過去の直下型地震と全く同じ教訓である。これなくして、他の対策をいくら行っても負け戦の被害をいかに少なくするかでしかない。
月刊「ガバナンス」掲載の図版より(2016年5月6日撮影)
首都のアキレス腱
13年12月19日に公表された「中央防災会議首都直下地震対策検討ワーキンググループ最終報告書」では、M7クラスの都心南部直下地震の被害の様相を次のように記述している。「震度6強以上の強い揺れの地域では、特に都心部を囲むように分布している木造住宅密集市街地等において、老朽化が進んでいたり、耐震性の低い木造家屋等が多数倒壊するほか、急傾斜地の崩壊等による家屋等の損壊で、家屋の下敷きによる死傷等、多数の人的被害が発生する」
その被害の概要は次のとおりである。
【揺れによる全壊家屋:約17万5000棟】【建物倒壊による死者:最大約1万1000人】
【地震火災による焼失:最大約41万2000棟、倒壊等と合わせ最大約61万棟】
【火災による死者:最大約1万6000人、建物倒壊等と合わせ最大約2万3000人】
なお、これは基本的に被害の定量的な推計が可能な項目についてとりまとめている。逆に言えば、過去の大震災にはない大都市特有の状況(超高層建物内の居住者・勤務者、大量の帰宅困難者、公共交通利用者、大規模集客施設利用者など)の被害は、推計可能なデータがないためにカウントしていない。災害は、常に想定外の被害をもたらす。データに基づく定量的推計が難しいなら、前提条件を仮定しての推計をするなど、被害の見える化に努める必要がある。
耐震化推進の効果と必然性
阪神・淡路大震災の死者6434人以上、全壊建物が約10万棟であったことを考えると、首都圏の死者が最大約2万3000人、建物約61万棟の全壊被害がいかに大きいものかと慄然とする。
その最大の要因は、報告書にあるように耐震性の低い木造住宅密集市街地だ。過去数十年にわたって首都圏の防災上の最大の課題であり、東京都の防災対策でも常に最上位の優先課題であり続けた。それでも、その解消は、ほんのわずかずつしか進んでいない。
その原因は、明らかに土地・建物利用に関する制度的な課題があるためだ。たとえば、借地借家の権利関係の複雑さ、老朽家屋を残した方が更地よりも固定資産税が安いこと、自治体の権限や公的支援の弱さ、などである。
もし10年以内に確実に大地震が来ることがわかっていたなら、国や自治体はどのような手段を講じるだろうか。それこそ、既存の手段を総動員し、それで足りないものは制度手当を行い、最大限の財源の調達努力をして被害を最小限に食い止めようとするのではないか。
耐震化の推進や木造住宅密集市街地の解消は、長期的には明らかに効果が高い政策だ。報告書では、東京都の耐震化率87%(08年実績)が97%に高まれば、全壊棟数は約17万5000棟から約6万3000棟に、死者は約1万1000人から約3800人に減少する。
木造密集市街地を丸ごと耐震化
ところで、高齢者になると一戸建ての維持管理が大変で、マンションに移る人が増えているという。それならば、特に危険度が高い木造密集市街地では、地域の空き地や公園などに災害が起きる前から復興住宅を建てて、高齢者等を誘導してはどうだろうか。土地、家屋の所有権、借地権を新たな住宅の家賃に充てるなどして、高齢者の負担を従前程度まで軽減すれば、移り住む人は多くなるに違いない。
現在の都市再開発手法では、移りたくない人まで強制的に移動させられることから反対運動が激化しがちになる。この手法は、移動したくない人は移動しなくてよい、移動したい人だけが移動できるようにするものだ。これにより高齢者が慣れ親しんだコミュニティを急に大きく変えずにすむ。
古い住宅を除却して空き地を作れば、残っている住宅の安全度が高まり、環境もよくなる。空き地となった隣戸を購入すれば、敷地が広くなってセットバックが可能になり、接道要件を満たす可能性も高まるだろう。こうして地域全体が災害に強いまちへと進んでいく。
さらに、地域の中小工務店で建築できる小規模の復興住宅にすることで、工務店の仕事おこしにつながり、地域経済にも大きなプラスになる。
住民の高齢化が進む木造密集市街地では、百年河清を俟つような自助努力での耐震補強や建て替えの進展に期待するよりも、このようにまち全体を丸ごと耐震化する本格的な対策をしたほうがよいと考える。
Profile
跡見学園女子大学教授 鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。