新・地方自治のミライ

金井利之

「新・地方自治のミライ」 第73回 児童虐待対策のミライ

NEW地方自治

2025.01.29

本記事は、月刊『ガバナンス』2019年4月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 児童虐待事件が繰り返し起きている。2018年3月2日に東京都目黒区内での痛ましい虐待死事件が起き、香川県内と東京都内での児童相談所間の連携不備や、警察が何度も関わる機会があったなど、行政の失態が問われた(注1)。さらに、2019年1月24日に千葉県野田市内で再び虐待死事件が起きた(注2)

注1 朝日新聞デジタル版2018年6月16日配信。

注2 読売新聞デジタル版2019年2月10日配信。

 今回でも一連の報道により、様々な行政側の失態が表面化している。より詳細は今後の検証に委ねなければならないので、拙速に論じることは適切ではない(注3)

注3 2019年1月30日付で野田市長の、同年2月6日付で野田市教育長の、それぞれ「小学女子児童虐待事件についてのお詫び」が発出されているが、具体的な経緯の説明がないので、今後の検証が求められている。
http://www.city.noda.chiba.jp/kurashi/oshirase/1006559/1021872.html
なお、刑事事件になってしまうと、情報が警察・検察に死蔵され、充分な情報が開示されず、行政的に必要な検証ができない恐れもある。
その後、野田市は「野田市児童虐待死亡事例検証報告書(公開版)」(2020年1月)をとりまとめた。https://www.city.noda.chiba.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/025/003/houkokusyo.pdf

 とはいえ、すでに現時点で、①沖縄県糸満市内から野田市内への移転に伴う行政側の連携不足、②子どもが書いた「いじめアンケート」を父親の執拗な圧力によって野田市教育委員会が見せてしまった、③児童相談所が一時保護しながら、父親が書かせたらしい子どもの文書をもとに、帰宅を決定した、④父親の母親に対するDVも並行して起きていた、などが指摘されている。今回はこの問題について検討してみよう。

国の対策

 政府は、2019年2月8日に首相官邸で児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議を開催した。安倍首相は「子供たちを守る砦となるべき、学校、教育委員会、児童相談所や周りの大人たちが、……幼い命を守れなかったことは本当に悔やんでも悔やみきれない」として、「新たな対策」をまとめた。

 具体的には、①現在把握している全ての虐待ケースの1か月以内の緊急安全確認、②子どもの安全を第一に、通告元は一切明かさない、資料は一切見せないという新たなルールの設定、③威圧的な保護者に対する複数機関での共同対処ルールの設定、④児童福祉司の来(2019)年度1000人増員などの体制の抜本的強化、などを打ち出した(注4)

注4 首相官邸ホームページ。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201902/08jido_gyakutai.html

国の対策の限界

 「ケース」の確認は、現実には「緊急」でも1か月が掛かることが想定されている。しかも、膨大な業務を負担して目が行き届きかねている現場では、1か月でも終わらない(注5)。逆に言えば、緊急安全確認にエネルギーを注力すれば、他の業務が滞る。そうなれば、緊急安全対策は、「緊急対策を取った」という政局的なポーズに留まり、本当の安全確保には逆効果になり得る。とするならば、緊急安全確認の対象をトリアージして絞らざるを得ず、対象からこぼれた児童の安全は確認されない。

注5 例えば、2018年3月の目黒事件を受けた緊急安全確認調査について、2018年11月30日時点での安否未確認が2936人であったことが、2019年2月28日に厚生労働省より明らかにされた。東京新聞デジタル版2019年3月1日配信。

 絶対秘密を守るべきアンケートなどの資料や、通告元を明かさないのは、そもそも公務員の守秘義務であり当然のことであり、また、威圧的な行政対象暴力等に組織的に対応するのも、常識ではある。しかし、当然のことを当然にすることが難しいゆえに、こうした痛ましい事件が起きる。威勢のよい空念仏による机上のルール設定ではなく、ルールを現実世界において実行できるように、現場職員を後ろから支える助勢の具体策が求められている。

 こうなると結局、人員体制の確保という問題に行き着く。国の対策でも児童福祉司の増員が計画されているが、児童相談所の体制を強化するには中期的な時間が掛かる。その間の人員不足の問題は全く解消できない。さらに、児童相談所だけではなく、学校現場教職員、教育委員会事務局職員、市役所児童福祉職員、警察職員など、いずれも人員不足に悩んでいる。

 一面では、1990年代以来の財政危機と構造改革などによる人員削減が、文字通り構造的に影響しているのであり、橋本=小泉=竹中路線の犠牲が子どもに及んでいるとも言えよう。他面では、児童虐待自体が増えているのかもしれないし、あるいは、これまでは家庭内・地域内で闇に葬られていた虐待案件が表面化するようになったのかもしれない。とすれば、行政需要が急増しているので、構造改革路線だけの問題とも言えない。

児童相談の根本矛盾

 現実の児童相談では、人員的にも(注6)、規範的にも、親を「改悛」させて、親子関係を改善・再建・構築させ、児童を自宅の親の元に返すのが、原則となっている。そのためには、現場では親は「敵」とは看做しきれず、当然、「太陽作戦」も必要になってくる。

注6 親に代わって児童を監護できる人員が充分にはいないからである。後述の出口戦略の不在のことである。

 同じ児童相談所あるいは市役所児童福祉所管課の職員は、一面では改善を期待し、他面では改善を諦めるという難しい業務を担っている。上記柏児童相談所も、一時保護したものの、親族先に預け、さらに父親の元に帰宅させるのは、関係改善を期待する原則から言っても当然である。しかし、児童にとっての「敵」となり、親の改善を諦めて、親が改善していないにもかかわらず、児童を親元に戻すことにもなりかねない。

 この根本矛盾の背後にあるのは、「親が子どもの面倒をみるべき」という家族主義であろう。この原則または幻想がある限り、児童相談所は根本矛盾から逃れることはできず、「友敵区分」の間合いを間違えた場合には、悲劇は繰り返されかねない。しかも、上記の通り、潜在的に児童相談の過程そのものが、親を「敵」と位置づけるかもしれないもので、不信を増長する構造にもある。

見せかけだけの対決戦略

 世間で流布しているのは、児童相談所・警察をはじめとして、児童虐待する親には毅然と介入するべきという論調である(注7)。上記の行政側の人員体制増もその一環であろう。児童虐待するような親に対しては、児童相談所は積極的に介入して、児童の保護措置をする。また、虐待・威圧する親を警察の実力によって押さえ込む。生命安全のためには、行政は必要な実力を行使するべきである。現実には人員不足でできないならば、中長期的には人員体制を強化するしかない。いわば、親を「敵」と看做す「北風作戦」であり、行政が児童を保護する積極主義・パターナリズムである。

注7 その前提として、児童虐待防止法等の改正によって、保護者が体罰をすることを禁止することを、政府与党は検討している。毎日新聞デジタル版2019年2月27日配信。その後、2019年6月に改正された。
https://www.cfa.go.jp/policies/jidougyakutai/taibatsu

 これは家族主義と矛盾しない。「敵」となった人間は、いわば「親でなし」という烙印を与えられる(注8)。児童剥奪・親権停止や場合によっては刑事処分である。親の意向に反して「親でなし」という決定を行政が強行するには、実力行使できる人員体制が必要である。

注8 『週刊文春』2019年2月21日号では、「鬼父」と表現されている。

 しかし、問題はその先である。積極的に児童を保護措置したとして、その先の出口戦略が存在しない。調子よく虚勢を張って、子どもの命を守る「強く正しい大人」を演出することはできるが、国政為政者は最終的に子どもの養育をするわけではない。国の対策は、こうした見せかけだけの対決戦略の典型である。

おわりに

 親から児童を剥奪して、誰が養育するのかという出口戦略が問われる。上記の通り、現行原則は元の親に戻すことであるが、それは危険も多い。そうなると、児童養護施設、里親、養子縁組などが確保できなければならない。しかし、児童養護施設にも質量の問題は指摘されているし、里親・特別養子縁組の限界もある(注9)。施設・里親・養親とうまくいく保証もなく(注10)、継続的に権力的介入が必要になる。

注9  2019年2月14日に法制審議会は、特別養子縁組制度の対象年齢を原則6歳未満から15歳未満に広げる答申を出した。法務省は今国会に民法改正案を提出するという。日本経済新聞デジタル版2019年2月14日配信。その後、2019年6月に民法が改正された。
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00248.html

注10  2019年2月25日に、渋谷の児童養護施設長が元入所者によって刺殺されて現行犯逮捕された事件があった。東京新聞デジタル版2019年2月25日配信。

 国の対策は、二重の意味で場当たり的かつ見せかけである。第1に、リソースを与えず緊急安全対策のポーズを取る。第2に、出口戦略なき対決戦略でマンパワー増員だけは着手する。しかし、本質的には家族主義のバイアスのもとで問題は繰り返されかねない。自治体現場は、こうした見せかけを超えて、国に構造的な対策を取らせるように、現場の実態を伝える必要がある。

 とはいえ、現実に日々に事件に接触する行政職員は、しばしば家族主義の幻想を共有し、または住民・自治体為政者から強要されている。親への規範的義憤と業務上の過大な負荷により、「親でなし」へのストレスと憎悪を溜め、益々、出口戦略なき構造を再強化し得る。児童虐待対策への尽力が児童虐待の構造を生むという、ミイラ取りがミイラになる危険をはらんでいる。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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