自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[84]斜里町・知床ウトロ地区の津波避難訓練~進化を続ける地区防災計画~
地方自治
2023.11.08
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2023年3月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
2月4日、世界自然遺産の地、知床にある北海道斜里町ウトロ地区で津波避難訓練が行われた。ウトロ地区は、2018年から地区防災計画に取り組み、コロナ禍の時期を含め毎年、訓練を繰り返して検証、見直しを続けている。ウトロ地区は人口1200人だが、コロナ禍以前は、毎年120万人もの観光客が来ていた。
ウトロ地区の津波被害想定は、13分で第1波到達、浸水深は最大7mである。そうなると、津波警報が発令されてから10分以内に海抜10m以上の場所に避難しなければならない。冬季は強風で氷点下20度を超える日もある。この過酷な状況で、観光客も含めて全員が助かるためには、計画を立て、訓練を繰り返すほかはないと住民たちは決めている。
ガードレールの雪かきボランティア
ウトロ地区は、冬季の流氷が有名だ。海一面が真っ白な流氷に覆われる姿は圧巻だ。今回、訪れたときには幸運なことに、天然記念物のオジロワシが流氷に数羽乗っていたり、同じく天然記念物のオオワシが空高く滑空したりする姿が見られた。(写真を撮り損なってしまい、残念です)
ところが、海岸沿いのガードレールに雪が着くと、車窓から流氷が見えなくなってしまう。そこで、ウトロ地区の人たちが、観光客が楽しめるようにと17年前から自主的にガードレールの雪かきを始めた。次第に、地域の建設業の方やボランティアが全国から集まる大きなイベントとなった。この活動は、全国的な注目を集め、国土交通省が行っている令和4年度手づくり郷土賞【大賞部門】を受賞している。
今年は、2月4日の朝9時に関係者を含めて約200人がウトロ・道の駅に集合した。地元の方や建設会社が用意してくれたスコップを持って指定された区間に移動して雪かきを行った。特に、雪かきの持ち場を決めるわけではなく、適宜、その場で相談しながら早く終わった人が終わっていない場所を手伝うやり方なのが面白い。結果として、みんなで力を合わせるために早く終わる。
ボランティア参加者には、道の駅売店でソフトクリームまたはコーヒーがふるまわれる。さらには、ホテルの大浴場に無料で入れるお風呂券が配られる。心憎いおもてなしだ。
津波避難訓練
その後、11時15分から津波避難訓練が始まった。以前は、大津波警報のサイレンに続いて防災無線で「避難してください」と音声が流れていたが、聞き取りにくい、音声を聞き取ろうと立ち止まる、などの意見があったので、サイレンが吹鳴するだけに改善されている。
しかし、道の駅で待っていると、時間になってもサイレンの音は聞こえない。従業員が「避難してください」と声をかけ、ドアを開けるとサイレンが聞こえた。なるほど、極寒の道の駅なので気密性が高く、外の音が聞こえないわけだ。
私自身は高台にある避難場所にまっすぐに向かったが、海抜10mの場所に着くまでに徒歩で10分かかっていた。ギリギリだった。途中に津波避難路の案内があるのだが、数が少ないので、おそらく観光客はわからないのではないかと痛感した。
これまでも徒歩避難がギリギリになっていたことから、ウトロ地区の住民が相談して、今回、道の駅近くの高層の大型ホテル2か所に一時避難場所をお願いしていた。
今回、そこに合計で40数名が避難してくれた。後で話を聞くと、子どもたちが小走りに避難して、その後を大人が追いかけ、さらには外国人夫婦一組が付いてきたそうである。外国人は、もちろん津波避難訓練があることは知らなかったが、サイレンが鳴ってみんなが逃げるので、何か危険なことがあると思って来たそうだ。まさに同調性バイアス(他人と同じ行動をすることで安心感を得ようとする心理)であり、子どもたちの率先避難が効いている。
避難路の一方通行
知床に来る観光客の多くは車を使う。しかし、山の上に通じる道は3本しかないので、渋滞になる可能性が高い。特に冬季は道路に雪が積もったり、凍ったりして厳しい。
そこで、ウトロ地区のローカルルールとして、海岸から山へ向かう道路を一方通行にして、2車線で避難できるように地区防災計画で定めた。津波警報が出ると、山側には警察や消防団の協力を得て警戒線を張って海側に降りられないようにする。
今回は、避難する車が少なかったため、スムーズに車避難ができた。なお、朝に雪かきボランティアの場所に移動するときは、多くの車で海岸沿いの道路が渋滞していた。その車が一斉に山側に向かうと想像すると、やはり渋滞が発生しそうだ。そこで、来年はボランティア活動の前に、車での津波避難訓練をしてはどうかという意見が出された。
トンネルの上の津波一時避難場所と津波避難灯台
ウトロ地区には、高い建物が近くになく、住民が10分程度では避難できない地域がある。国土交通省北海道開発局網走開発建設部と協議して、その地域の国道のトンネル上部を一時避難場所にしている。そして、地域の建設会社が簡素ではあるが、無償で工事用の避難階段の取り付け、杭打ち、ロープ線を張ってくれている。
今年は、そこに3人が避難した。振り返りの会で、避難階段が急で大変だという話をされた。アドバイスを求められたので、私は「本当に想定津波が来た場合は、階段を登るか、死ぬかです。訓練して登ってください」と伝えた。会場が、一瞬、静まり返った。私は、実はその方に答えたのではなく、役所に聞いてもらいたかったのだ。地域の建設会社が、今すぐに津波が来たら大変なので、とりあえず緊急に簡素な階段を設置したのに、きちんと工事をしないことが残念だったからだ。
さて、夜間の大地震では、停電で真っ暗になるので津波一時避難場所がどこかわからなくなるおそれがある。そこで、暗くなると光る「津波避難灯台」を設置した。これは、昼には太陽光で蓄電し、夜に発光するものだ。雪明かりでも蓄電できる北国仕様の優れものだ。ウトロ地区の米沢自治会長は、毎日、その光を確認していると話されていた。
住民主導の地区防災計画
ウトロ地区の地区防災計画の特長は、住民主導の取組みにある。そこに地域企業、町役場、国の機関、地域外サポーターの応援を得て、着実に前進している。
多くの地域では、自治体のお願いモードで防災活動を行っているが、それでは大きな進展は難しい。住民の自主的な取組みこそが最も重要であり、その自主性をいかに引き出すかが自治体に問われている。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。