「新・地方自治のミライ」 第28回 東京圏高齢化のミライ
時事ニュース
2023.06.12
本記事は、月刊『ガバナンス』2015年7月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
2014年5月8日に『ストップ少子化・地方元気戦略』(以下、第1次レポート)で「地方消滅」というショック・ドクトリンを打ち出した日本創成会議・人口減少問題検討分科会は、国に「地方創生」という政策課題を設定することを促し、14年度下半期には「まち・ひと・しごと創生」(以下「まひし」と略記する)となった。このため、提唱者やシンクタンクをはじめとして、地方業界関係者の「しごと創生」には繋がった。また、市町村の担当者は、国から集権的に、交付金の申請作業や「地方人口ビジョン」「地方版総合戦略」の策定業務という「しごと創生」をしてもらった。
もっとも、こうした「しごと創生」が、「まち・ひと」に繋がるかどうかは不明である。ともあれ、国の「まひし」が開始された14年には、早速、合計特殊出生率は1.42に低下した(15年6月5日厚生労働省発表)(注1)。合計特殊出生率がKPI(重要業績評価指標)であったならば、たちまち「まひし」は麻痺死する。しかし、KPIは国が自治体に要求するものであって、国が自分自身に課すようなことは、統治術に長けた為政者はしない。
注1 日本創成会議・人口減少問題検討分科会のメンバーである白波瀬佐和子・東大教授は、「産んでほしいという思いが透けて見えるような政策で、若い世代が引いてしまう面もある」と指摘している(朝日新聞2015年6月6日付朝刊)。もっとも、新聞コメントは、本人が確認したものかどうかは不明であるので、注意は必要である。
そのなかでは、数値目標と実績の乖離により問題点が指摘されてボロが出る前に、第二段に話を逸らすことが重要である。そこで、15年6月4日には、日本創成会議・首都圏問題検討分科会が、『東京圏高齢化危機回避戦略 一都三県連携し、高齢化問題に対応せよ』(以下、第2次レポート)を公表した。こうして、自治体は、今年もさらに振り回されることとなろう。そこで、今回は同レポートを予め検討しよう。
「やっているフリ」
昨年の第1次レポートは、日本社会の少子化・人口減少への充満する危機感に起爆した。しかし、途中から論点は、地方圏の自治体消滅の問題にすり替わるという、不思議な政策構想であった。結局、「まひし」創生とは、地方圏の高齢化・過疎化・人口減少に悩む市町村が、その生き残りをかけて、他の市町村との人口の取り合いというゼロサム的な競争をすることに転轍(てんてつ)された。他地域から移住を促すだけである。日本全体での少子化・人口減少対策に繋がる内容は消えていた。
日本創成会議も含めて各種分析が共通して指摘することは、東京圏などの大都市圏で特に出生率が低く、子どもを産み育てることが困難であることである。仮に日本全体の人口減少問題に真に取り組みたいのであれば、大都市圏での少子化対策をするしかない。したがって、「地方創生」というよりは、「大都市圏創生」でなければならなかったはずである。地方圏の出生率が大都市圏より高いという所与の事実を前提に、大都市圏から地方圏に人口を移動させれば、日本全体での出生率が高まるというのは、量的に現実性がない。いわば、日本創成会議も政権も、大都市圏での少子化問題という正面の課題に取り組まず、単に「やっているフリ」だけをした。
今度は東京圏?
このように1年間を空費したなかで、ようやく問題に気付いたという期待を抱かせたのが、第2次レポートである。第1次レポートで目を背けていた首都圏・東京圏などの大都市圏を課題に据えたことは、非常に評価できる。ところが、残念ながら、第2次レポートの分析は表題にもあるように、東京圏の高齢化問題に先祖返りしてしまった。
端的に言えば、今後、東京圏で大量に高齢者が増加するために、東京圏では医療・介護に手が回らなくなる、という至極単純な話である。現状では、東京区部の高齢者が一都三県の周辺に流出して収容されているが、近い将来には周辺三県でも急速に高齢化し、結局、一都三県では対応しきれない。理論的には、医療介護の供給力を増やせばよいのであるが、施設整備もままならないうえに、そもそも、人材制約があって対処困難である。また、仮に介護労働人材を一都三県に吸引すれば、地方圏から東京圏に益々人口が移動し、地方消滅を促進する。地方圏は高齢化が問題と言われていたが、逆に言えば、高齢化が医療介護労働需要を生み出し、一定の労働需要と人口引き留めを果たしていた。その機能がなくなれば、地方消滅が進むというわけである。
そこで、対策として、医療介護サービスの人材依存度を下げること、集住化、一都三県の広域対応が提言されているが、結局、耳目を集めたのは「東京圏の高齢者が希望に沿って地方へ移住できるようにする」という、地方移住であった。「日本版CCRC構想」など、高齢者のコミュニティを地方に作ることも検討されている。結局、移住に頼る第1次レポートの処方箋と同じである。
またも「やっているフリ」
このように、いつの間にか、少子化・人口減少問題は、高齢化問題に先祖返りした。東京圏の高齢化が地方消滅を促進するため、その対策として、老人を大都市圏から地方圏に移住させる「姥捨て山」の話にすり替わっていった。挙句の果てに、「補論」では、「医療介護体制が整っている地方はどこか」などと、「県外移転」の受入能力のある地方を探し、不幸にして大分県別府市が標的として名指しされてしまった。誠に、災難と言うほかない。
そもそも、高齢化問題は、1980年代末から注目されてきた。大都市圏だけでなく日本全体の高齢化問題も、団塊の世代が後期高齢者に入る2025年ごろを目処として、すでに地域包括ケアや介護予防・日常生活支援総合事業として、検討はされてきた。東京圏の高齢化が、数量的に膨大であることは、すでに常識の範囲内である(注2)。
注2 例えば、東京の自治のあり方研究会『最終報告』(2015年3月)。同会は、東京都区市町村という東京の自治体関係者と有識者からなる任意の研究会である。もともとは、2000年都区制度改革後の都区協議の膠着状態から派生したものであるが、途中から高齢化問題に着目した将来推計と研究をするようになった。
第2次レポートが新しいとすれば、大都市圏の高齢者を地方圏が受け入れることは、地方消滅を回避する秘策として、地方圏の生き残りにとってプラスである、という説得を地方圏にしていることである。従来、忌避されかねない高齢者を、いわば、地方創生の「資源」として、大都市圏から地方圏に輸出する。この方向は、住み慣れた地域で最期を迎えるという地域包括ケア路線とは大きく異なるのであり、この点の論議は非常に重要であろう。
東京圏の少子化対策はどこに
しかし、本来の課題は、少子化・人口減少対策にあったはずである。第1次レポートのように地方消滅を煽って地方圏での人口の取り合い競争をしても、第2次レポートのように東京圏の高齢化と医療介護難民を煽って、地方圏への老人輸出を促しても、少子化・人口減少対策には、全くならない。
このままでは、自治体は忙しい作業に追われ、国は政策を行ったフリをするだけで、2年目も空費する。こうして、着実に少子化と人口減少は続くであろう。結局、日本全体で最も喫緊の課題から目を背け、国も自治体も一所懸命に仕事をしている演技(フリ)をするだけなのである。
日本創成会議や国が、真の課題に取り組むのは、第3年目であろうか。しかし、これまでの成り行きから見るに、1年目は地方圏、2年目は東京圏、となれば、3年目は他の大都市や地方中核都市、4年目は郊外、5年目は離島などと、続いたとしても、新たに注目する地域を開拓していくだけに終わろう。およそ、「選択と集中」を兼ね備えた政策課題の設定ではなく、単なる、視点と関心のバラマキに過ぎない。
有識者や国がこの程度の政策構想しか打ち出せず、かつ、自治体がそのようなアジェンダ設定に振り回される限り、地方早逝も日本社会全体のミイラ化も避けられないであろう。老人を地方に輸出しても、東京の少子化は是正されない。
合計特殊出生率が1970年代に2を割って以来、半世紀近くも無策を続けてきたこの国では、政策形成のあり方を改善することは難しいのであろう。高齢化は「生きている」という形で目に見える。しかし、少子化は「生まれない」という形で目に見えない、からである。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。