「新・地方自治のミライ」 第8回 教育集権のミイラ復活

時事ニュース

2022.12.07

本記事は、月刊『ガバナンス』2013年11月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

国政の集権指向と自治体

 国政政権は、政権が政局的に安定している限り、個別の事件に対しては集権的な行動をする傾向があることは、すでに本連載第1回で述べたところである。国政政権の安定は、円滑な政策遂行という観点からは自治体にとって望ましいということもできるが、しかし、それは、国策の意向に従順な自治体の話である。自治体の政策指向性は、国とは同じとは限らない。そのときには安定した国政政権は、集権的な介入を試みる。その意味で、独自の政策を持つ自治体らしい自治体は、第2次安倍政権のもとでは苦境に立つであろう。

 さて、そのような事態が、早くも初等中等教育行政において出てきた。いわゆる「八重山教科書問題」における文部科学省による権力的関与問題である。もともと、文部行政は、閉鎖的な縦割り集権が強い領域とされてきた。教育業界は当面はミイラ化していたものの、政局の変化を受けて、本来の集権指向のミイラが現し始めたと言えよう。

 しかし、こうした現象は、文部行政に留まらず、今後、全ての政策分野で予測されることである。そこで、今回は集権の鏑矢(かぶらや)(「第1の矢」)として、教育集権の動向を考察してみたい。

「八重山教科書問題」の経緯

 ことの経緯は、単純にまとめると以下のようになる。11年8月に、石垣市・与那国町・竹富町で構成する「八重山採択地区協議会」なる組織が、A社の教科書の選定の答申を行った。これを受けて、石垣市教育委員会・与那国町教育委員会は答申通りにA社の教科書の採択を行った。しかし、竹富町教育委員会は、これとは異なるB社の教科書の採択を行った。

 いわゆる教科書無償法では、同一採択地区では同一の教科書を選定することを前提に、国が教科書会社と契約して教科書を購入し、市区町村教育委員会を通じて各学校に教科書を無償提供することになっている。したがって、文科省はA社の教科書を無償提供することになるので、沖縄県教育委員会を通じて竹富町教育委員会に、A社を採択するように再三の指導を行った。しかし、竹富町教育委員会はこれを拒否したので、文科省は竹富町を無償措置の対象から外したのである。そこで、竹富町は12年4月から、町民からの寄贈措置という苦肉の策で、B社の教科書を調達している。

民主党政権の自治尊重

 「地域主権」を掲げた民主党政権は、仮に分権指向を持っていたとしても、地域主権改革を実現するだけの政局的条件を持っていなかった。しかし、それゆえに、結果的に「地域主権」的状態を生み出すことに成功した。いわば、竹富町の政策的な自治性を、消極的にではあれ、保障してきたのである。竹富町の意思に反して、国や石垣市や与那国町の意思を強要しない、ということだからである(注1)。隣接市町村の意思によって、自己の団体の意思が歪められるのであれば、それは対等な市町村とは呼べないであろう。

注1  この問題は、自治業界的にも深刻な問題である。市町村合併が、合併後の意思決定において、中心市の意向を周辺部旧町村に及ぼすことになることは、よく知られている。一部事務組合でも定住自立圏でも、論理的には有り得る。逆に言えば、自治の観点からは、構成市町村間で政策指向性が異なり得る事務は、一部事務組合や定住自立圏に委ねてはいけないのである。

 少なくとも、竹富町が自助努力で教科書を調達するのであれば、それを国は容認したのである。いわゆる地方教育行政法では、教科書の採択などにかかる事務は、各市区町村教育委員会の事務とされているからである。義務教育無償制とは、児童生徒や保護者に金銭負担を要求しないという意味であり、租税その他で広く国民・住民が負担を分かち合うというものである。その限りで、自治と義務教育無償制の双方の理念を両立させてきたと言えよう。

 もちろん、消極的と表現したのは、石垣市・与那国町には国から教科書が無償提供されるが、竹富町にはそれがないということである。いわば、金銭面での差別的取り扱いがなされている。こうした「兵糧攻め」に遭えば、財政困窮に喘ぐ自治体は、多くの場合には「大人の対応」を迫られるものである。積極的に自治を尊重するのであれば、竹富町の採択する意思に従って、教科書を無償提供する仕組みに改革することであろう。現行法制でいえば、教科書無償法における「教科書採択地区」を廃止することである。そして、それは、本則である地方教育行政法を貫徹することである(注2)

注2  その意味で教科書無償法における「採択地区」という規定は、分権改革で漏れた項目だったわけである。

第2次安倍政権の集権指向

 第2次安倍政権が、特定の政策傾向性を有していることは、政治的には当然である。仮に、八重山採択地区が全体としてB社を答申したにもかかわらず、竹富町がA社を採用したならば、竹富町に関与するかどうかは、仮定の問題としては有り得る。国政為政者の集権的な介入は、常に選択的である。どんなに集権指向の国政であっても、すべての自治体のすべての意思決定に介入はしない。なぜならば、自治に委ねていても、国策と方向性が違わない決定をしてくれるのであれば、それに介入する必要はない。国政為政者が介入するのは、国策と異なる自治体に対してのみである。

 もちろん、政策的な「不当」性を理由に自治体に介入することは、通常は起きない。選択的に政策的に(国から見て)「不当」な自治体に対してのみ、「法治主義」などの粉飾をまとって、集権的に介入する。こうして、13年10月18日に、文科相から沖縄県教育委員会に対して、是正要求の指示が出された。

法律論争と政治紛争

 すでに、竹富町側は、13年3月段階で、違法ではないという回答を行っている。文科省からの沖縄県を通じた権力的関与に対して、従わない可能性もあろう。その場合に、沖縄県を挟んで、係争処理制度を竹富町から使えるのか、また、使うのか、という選択がある。そして、仮に、竹富町が係争処理の申出を行わない場合には、文科省側から、沖縄県を挟んで、自治体に対する違法確認訴訟を使うのか、という選択がある。いずれにせよ、表面的には法律論争が、実体的には政治紛争が、展開される。

 すでに述べたように、自治の観点から妥当な解決策は、「採択地区」などという自治侵害的な教科書無償法の規定を削除することである。個別教育委員会は、公選制ではないゆえに直接の住民自治からの正統性はないものの、各市区町村単位では直接公選される首長・議会からの任命・同意によって、間接的に正統性を担保されている。少なくとも、団体自治の主体としては正統性を持っている。しかし、「採択地区」は、そもそも団体自治の主体ではないうえに、住民自治からの正統性も限りなく薄く、協議会での意思決定にほとんど何の正統性もない。

 仮に、事務処理の効率性や簡便性のために「採択地区」という制度を存続させるにせよ、団体自治を尊重する運用に改めなければならないだろう。第1に、「採択地区」では、構成市町村は「協議」して決めるという教科書無償法を正しく運用すべきである(同法第13条④)。「協議」とは意思の合致を意味する。

 そして、第2に、採択地区を設定するのは都道府県教育委員会の責任であるから、構成市区町村間で誠実な協議を経てもなお意見対立が残る場合には、速やかに採択地区を分割し、各市区町村単位または意見を同じくする市区町村間に設定を変更すべきである(同法第12条①)(注3)。この場合には、教科書無償法の規定により、関係市区町村教育委員会の意見を聞けばよい(同法第12条②)。地区同一教科書という教科書無償法の仕組みからすれば、教科書無償制度のもとでは、地区で意思決定できない状態を放置してはいけないのである(注4)

注3  なお、採択地区は郡市単位であるので、郡内の1町村を単位には設定できない。したがって、1郡1町村に変更することも同時に必要である。都道府県知事が議会の議決を経て行う(地方自治法第259条①)。竹富町は八重山郡であるが、他に郡内には与那国町があるので、1郡1町ではない。こうしてみると、仮に現状が「違法」であるならば、沖縄県(知事・議会・教育委員会の三者)が「違法」状態を放置していたと言えよう。

注4  教科書無償法では、採択地区で意思統一できなければ、文科省は無償提供の責任を果たせない。現在では、文科省は竹富町に教科書を無償提供しておらず、いわば、憲法違反的である。とはいえ、教科書無償法に反して、地区で異なる教科書を無償提供することも、文科省としてはできない。

 とはいえ、政治紛争化した問題は、係争処理委員会や裁判所での、純粋な法律論議で左右されるというよりは、基本的には政治的に許容される着地点を目指して進行するだろう。そして、集権体制のもとでは、国政為政者側の意向を忖度(そんたく)した着地に向かうことになる。その意味で、久しく分権改革論議で現(うつつ)を抜かしていた自治体は、教育集権というミイラの復活とともに、厳しい政局の状態を味わうことになろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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