公務員のためのハラスメント“ゼロ”の教科書

高嶋直人

【新刊】公務員に特化した『公務員のためのハラスメント“ ゼロ” の教科書』(高嶋直人/著)―その課題の射程と狙い

地方自治

2020.06.16

(株)ぎょうせいは令和2年7月、公務員に特化したパワーハラスメントの専門実務書『公務員のためのハラスメント“ ゼロ” の教科書』(高嶋直人/著)を刊行します。パワーハラスメントの防止を企業に義務付けるパワハラ防止法(労働施策総合推進法)が令和2年6月、施行されたことを受けたものです。ここでは、『公務員のためのハラスメント“ ゼロ” の教科書』の前書き、本書の参考資料などをご紹介します。(編集部)

組織マネジメント上の課題としての公務職場のパワハラ

 この本は、読者を公務員に特化して、ハラスメントの防止を組織マネジメント上の課題と位置づけて書いた本です。
 すでにハラスメントの防止に関する本が多数出版されています。しかし、その多くは全ての職業に共通した内容です。また、それらの本は次の四つに大きく分類することができますが、組織マネジメント上の課題として書かれたものはほとんど存在しません。

・ハラスメントを人権問題として取り上げ、主に個人の権利保護の観点から語る弁護士等の法律の専門家によるもの
・ハラスメントをメンタルヘルス上の課題として取り上げ、主にハラスメントが発生した後の適切な対応について語る臨床心理士等の医学の専門家によるもの
・ハラスメントを社会的問題として取り上げ、主に社会的な病理現象の分析結果について語る社会学者等の研究者によるもの
・その他既存の各分野におけるこれまでの知見をハラスメントと関連づけて紹介する様々なジャンルの専門家によるもの

 これらの本を読み、様々な角度からハラスメントを理解し、自分の知識を増やすことも、もちろんハラスメントの防止に役立ちます。

 しかし、私は「公務員に特化した内容」を「組織マネジメント上の課題」として取り上げた本こそが、公務員個々人が自らハラスメントを起こさない、または、自分の所属する役所からハラスメントを発生させないために一番効果的であり、ぜひとも必要ではないかと考えます。

 その理由は、次の二つです。
・公務員のハラスメントに関するルールが、民間と大きく違っていること。
 (ハラスメントに関する一般の法律上の規定が、国家公務員についてはことごとく適用が除外され、人事院規則で独自のルールが定められています。そして多くの自治体が国家公務員と同じルールを設定していることが主な理由です。)
・公務員個々人に求められるのは、ハラスメントの専門的な知識を持つことではなく、組織内で日々の業務執行とハラスメント防止をいかに両立させるかという具体的な行動であること。
 (「わかっているけどやめられない」では意味がありません。)

役所のハラスメントのルールは一般の法律が定めるルールより厳しい

 「公務員には民間と違うルールが適用されている」こととの関係で注意が必要なのは、「公務員向けのハラスメント研修」という触込みの研修でも、実際には民間向けの研修と同じ内容であることも少なくないということです。多くの場合、自分の所属する役所のハラスメントのルールは一般の法律が定めるルールより厳しいのですが、民間を前提とした研修では、この違いが正しく理解できず、足をすくわれてしまいます。研修で講師がセーフと言っていたことが実は部内規程上はアウトであり、懲戒処分を受けてしまうことさえあり得ます。

 「単なる知識ではなく具体的な行動が求められる」こととの関係で注意が必要なのは、ルールに関する理解だけでは不十分であるということです。ルールを正しく理解することはハラスメント防止の必要条件ですが、十分条件ではありません。単に「してはならない」と理解するだけでは、「してしまう」可能性が相対的に高くなります。野球に例えるならば、「高めの球に手を出さない」と頭で考えるだけでは、実際には手を出してしまいます。「低めの球を打つ」スキルをしっかりと身につけて初めて高めの球に手を出さなくなるのです。

 また、ハラスメントを服務上の問題とだけ捉えると、できるだけ人との関わりを少なくしようと考える人が発生します。人間関係を希薄にして人と人との距離を広げることでリスクを回避しようと発想するのです。しかし、それは大きな間違いと言わざるを得ません。組織で仕事をする以上、組織としての成果を最大化させる責任を全員が負っています。組織の一員としての責任を放棄することは許されません。公務員の場合、もし「悪いことはしないが良いこともしない」とすれば、最終的には住民を犠牲にしてしまいます。「悪いことはしないが良いこともしない」のではなく、「悪いことをしないで良いことをする」ことを目標に設定し、ハラスメントの防止を積極的な課題と位置づけて取り組む姿勢が求められます。

「公務員のための教科書」シリーズ第2作!

 本書は、「公務員のための教科書」シリーズとしては、前書「公務員のための人材マネジメントの教科書」(ぎょうせい)に続く二冊目です。また、私には「公務員のためのハラスメント防止対策」(ぎょうせい)という本があります。その本がタイトルどおり人事担当者向けに対策を中心に書かれているのに対して、本書は職員一人ひとりに向けて書いたものです。また、本書はパワハラ防止が法律で定められた新たな状況を踏まえて、法令で防止措置が定められた三つのハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ(パタハラ))を網羅しつつもコンパクトでわかりやすい「教科書」的な本として、この度全部新たに書き下ろしたものです。

 この本を執筆している現在、新型コロナウイルス感染症の流行によって予定どおりの研修が実施できない状況が残念ながら全国各地で発生しています。しかも、その状況がパワハラの防止に関する法令が施行されるタイミングと重なってしまいました。そこで、本書が自習教材として研修の代替としても利用いただけるように、「紙の上での研修」を念頭に、できる限りわかりやすい記述を心がけました。本書をご活用いただき、ハラスメントの無い公務職場の実現に繋げていただければ幸いです。

 令和2年6月

本書掲載「参考資料」一覧(本書 第6編)

1 懲戒処分の指針について(人事院事務総長通知)(抄)
2 人事院規則一〇 ―一六(パワー・ハラスメントの防止等)
3 労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)(抄)
4 人事院規則一〇 ―一〇(セクシュアル・ハラスメントの防止等)
5 人事院規則一〇 ―一五(妊娠、出産、育児又は介護に関するハラスメントの防止等)
6 パワーハラスメントをはじめとする各種ハラスメントの防止に向けた対応について(総務省自治行政局公務員部長通知)

Profile

高嶋 直人(たかしま なおひと)
人事院公務員研修所客員教授
元・人事院公務員研修所主任教授
 早稲田大学政治経済学部政治学科卒、人事院採用、外務省在ウイーン日本政府代表部一等書記官、人事院主任法令審査官、同研修指導課長、同国際課長、同総務課長、立命館大学大学院教授、人事院公務員研修所主任教授、財務省財務総合政策研究所研修部長などを経て2019年3月退官。同年4月より研修講師に専念。
 財務省、法務省、最高検察庁、国土交通省、農林水産省のほか、自治大学校、市町村アカデミー、JIAM、東北自治研修所、マッセOSAKA、岡山県市町村振興協会、高知人づくり広域連合、佐賀県市町村振興協会、群馬県、彩の国さいたま人づくり広域連合、千葉県自治研修センター、岐阜県、兵庫県、福岡県、佐賀県、高崎市、上尾市、宇都宮市、浦安市、松坂市、京都市、大阪市、豊中市、八尾市、茨木市、泉南市、津山市、美咲町、北九州市等多くの自治体において研修講師、アドバイザーを務める。
 主著に『公務員のための人材マネジメントの教科書』、『公務員のためのハラスメント防止対策』、『読めば差がつく!若手公務員の作法』(ぎょうせい)。月刊ガバナンス(ぎょうせい)に『人財を育てる“働きがい”改革』を連載中。

 

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

高嶋直人

高嶋直人

人事院 公務員研修所客員教授

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。人事院公務員研修所主任教授、財務省財務総合政策研究所研修部長などを経て現職。人事院、財務省、国土交通省、自治大学校、市町村アカデミー、マッセOSAKA、東北自治研修所、全国の自治体などにおいて「マネジメント」「リーダーシップ」「働き方改革」「ハラスメント防止」等の研修講師を務める。月刊『ガバナンス』に「人財を育てる“働きがい”改革」連載中。

閉じる