マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
第15回 カフェ発 続・ランサムウェア再び 世界中で被害が甚大
ICT
2019.05.17
第15回 カフェ発マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
続・ランサムウェア再び
世界中で被害が甚大
業種によってはアップデートが難しい場合も
ある日の午後、都内文田区にあるカフェデラクレ(Café de la clé)。普段は多くの客がいる時間帯だが、雨が降っていることもあり、ちらほらと見えているだけだった。
* * *
常連の竹見がカフェのカウンターでコーヒーを飲みながら、マスターの加藤、アルバイトの絵美と話をしていた。
「最近ランサムウェアの被害が多いですね。」
加藤が竹見に言った。竹見は近くの帝都大学を定年退職し、悠々自適な生活をしている。もともとは情報セキュリティの研究にも携わっており、先日もECサイトを運営している株式会社トランホーンで起きたランサムウェア事案の相談を受けたばかりだった(*)。
「そうだね。しかも大規模になるとはね。」
竹見がつぶやいた。
「病院とかで被害があったとか。」
絵美はカップを並べながら会話に加わった。
「そういうところは古いWindows が使われている事が多いからね。」
「何でですかね。自宅のパソコンでもよくアップデートして下さい、って出てきますよ。マスターや竹見先生とよく話をしているので、アップデートをした方が良いと思ってマメにしているつもりです。作業としては、そんなに難しくないですよね。レポート書くほうがずっと大変だし。」
絵美は、並べ終わったカップを整えながら口をとがらせた。
「病院などで導入されている専用のシステムは、OSをアップデートしたり、再起動したとたんに動かなくなるなんてこともあるね。」
「再起動できないんですか?」
絵美は手をとめた。
「うん。再起動時に、特定のサービスが動かなくなることはあるんだ。」
「システムを動かすのは大変なんですか?」
「再起動のたびに専門の作業員を雇わなければならないようなケースもあるよ。」
「ずいぶんお金がかかりそうですね。」
再びカップを揃えながら言った。
「そうなんだよ。もちろんコストのこともあるが、それ以上に、手間だよね。例えば、病院システムの場合は、病院の診察以外の時間にその手の処理をしなければならない。入院患者がいるような病院にとっては、カルテが見られないときの患者をどうするかなんていう問題も起こるしね。」
竹見がコーヒーに口をつけ、空になったカップをおいた。
利便性とセキュリティ対策の合間で、
安全性の確保は思いのほか難しい
カランカラン♪
「あ、豊原先生、いらっしゃいませ。」
入り口に豊原が現れた。豊原は、絵美が教養科目としてとった情報を担当していた。
「緑川さん、こんにちは。竹見先生、ここに来ればお目にかかれるかと思ったんですよ。」
傘を傘立てに立てながら、竹見のほうを向いた。
「ここのところ、大活躍だね。」
竹見がにこにこしながら言った。
「ニュースを見ました。アップデートしましょう、と、コメントなさっていてかっこよかったです。」
「私も! 素敵なスーツ姿でしたよ。普段と違って!」
加藤や絵美もかぶせた。豊原は、ここ最近のランサムウェア被害に対して専門家としてよくインタビューに答えていた。
「いやいや、なかなか恥ずかしいので言わないでほしいな。」
豊原が照れながらカウンターに座るとすぐに、絵美が水のグラスをおいた。
「コーヒーを。あと、ケーキももらおうかな。」
「はい、かしこまりました。」
加藤は答えると、ドロップポットに手をかけた。
「しかし今大変そうなのに、こんなところでお茶をしていていいのかい。」
「先生、こんなところなんてひどい! お忙しい豊原先生にも休憩は必要です。」
絵美は裏からケーキを持ってきたところだった。
「それは失礼。」
竹見は軽く首をすくめた。
「先日のトランホーンの会見に同席したのでこんなにインタビューがきたんだと思うんです。竹見先生のせいですよ。で、ちょっと文句を言いたくなりまして。」
「おやおや。それは拝聴しないとだね。」
二人は深刻そうでもなく、軽口をたたいた。横で加藤が丁寧にコーヒーを淹れていた。
「でも、今回のようなことが自分の周りでおこると大変なので、それなりに対策をやっておかないといけないですよね。」
加藤はコーヒーをおきながら二人に向けて言った。
「うん。利便性だけを重視して対策を何もしないでいいわけではない。ここは定期的にやっておかないといけないよね。」
竹見が難しい顔をした。
「病院とかでも、アップデートするためのシナリオができ始めていると思っていたのですが、そこまではいっていないことがよくわかりました。」
豊原が言った。
「今回のようなランサムウェアなんて、とても古い手口で、前からあったしね。」
「そうですよね。特に新しいとは思えないですね。」
「そうなんだよ。」
「利便性の話をするとセキュリティ対策が疎かになって、セキュリティを重視すると利便性が低下して、変な手段をとって安全性が下がると。あと、インタビューではどうしても発言が切り取られてしまって、気持ちが伝わらなくて。」
豊原は出されたコーヒーに口をつけながら、ニュース番組での収録の苦労を話した。
「気持ちはわかるが、同じ事を根気よく何度も伝えていくしかないんだと思うよ。」
竹見が豊原の愚痴を聞きながら何度も励ました。
*ランサムウェアの事案
平成29年4月号 第13回「ランサムウェア再び 対策遅延で被害が甚大(前編)」参照。