自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[25]大災害対応の学校 防災マネジメント(下)
地方自治
2020.08.26
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[25]大災害対応の学校 防災マネジメント(下)
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2018年4月号)
人材育成研修
災害は時に被害想定を超える。類焼火災、落雷や竜巻、地震後の洪水など被害想定にない災害を受ける可能性もある。従って、すべての災害、すべての災害スケールを対象にしたマニュアルは作成し得ない。
その時、教職員の臨機の災害対応で補うことが重要となる。いや、それどころか大災害時には、マニュアルを超えた判断で危機を乗り切ることさえ必要になる。大災害時にマニュアルが役に立たないと言われるのは、このためである。一方、マニュアルで対応できることがやれなかったとしたら、それは災害のせいではなく、マニュアルの理解や訓練が不足しているに過ぎない。
人が大災害を体験することは極めてまれにしかない。このため、適切な研修により災害イメージを涵養し、訓練などを通じて疑似的に経験知を高めることが必要になる。
(1)ワールドカフェ研修
筆者は、東日本大震災後の障がい者福祉施設の事業継続計画(BCP)作成のための研修プログラムの開発を3年間研究した。その結果、「集合知」を引き出す話し合い手法の一つであるワールドカフェを採用した。これは「カフェにいるときのようなリラックスした雰囲気の中で、会議のような真剣な討議を可能にする」ように設計されており、参加者一人ひとりの知識や力を引き出し、そこからグループ全体の意見へとつなげていく点に特徴がある。
学校教職員も災害イメージを高め、疑似体験をしたうえで、さらにワールドカフェにより「集合知」を紡ぎ、マニュアル作成につなげることが有効と考えている。
(2)研修プログラム内容
筆者が実際に学校やPTAで行っている研修プログラムは次のとおりである。
a)ガイダンス(50分)
講師が過去の災害状況を動画、写真を活用して説明する。同時に、今後の災害リスクを概説する。その際、生徒・職員の被害を少なくするため、学校が実効性のある防災マニュアルを作成する必要性について述べる。
b)災害イメージづくり(20分)
研修生が被災した学校の記録を読み、重要なポイントをポストイットに記入する。
(休憩 10分)
c)ワールドカフェ(65分)
研修生が「お茶、お菓子を楽しみながら」4人で雑談風に話し合う。これはリラックスした雰囲気の中で、自然に気づきやアイデアを生み出す手法である。20分×3セットで行う。2セット目はメンバーを変え、3セット目は1セット目と同じメンバーで行う。なお、3セット目は話し合いを続けながら、具体的なアイデア3~5項目を成果として書き出す。
d)共有(10分)
全員が赤丸シールを持って、他班の良いアイデアに貼って共有していく。赤丸シールを貼るのは、主体的に他者のアイデアを見るのとゲーム性をもたせるためである。また、班発表に比べて時間を節約できるため、大人数でも実施しやすい。
e)まとめ(25分)
講師が良いアイデアとその理由を説明しながら、さらに理解を深めていく。今後の防災マニュアル作成について、このアイデアを生かして見直すよう示唆する。最後に、教職員がミッションを果たすために、自助、共助を充実する重要性について述べる。
多様な関係者との連携
文部科学省「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き」では、「学校防災マニュアルの作成(見直し・改善)段階から家庭、地域、自治体等の関係機関と共同で作業に当たることが望まれます。その際、研究機関(大学等)や防災の専門家等の意見を取り入れることも重要です」と述べられている。
前号でも紹介した「防災セルフチェック」(注)では、次の項目などが挙げられている。
注 千葉県教育庁「防災セルフチェック」(2012年8月)
(1)保護者と連携・協力をするために
○引き渡し等
・引き渡しや一時預かりを行う判断の目安(ルール)について、全職員が共通理解しているとともに、保護者にも周知している。
・本人・保護者確認のためのツール(引き渡し用カード等)や、手続きのツール(引き渡し控え/記録帳)等を用意し、職員は使い方を知っている。
○児童生徒の所持品
・保護者が迎えに来るまでの生活上の注意点(食事、服薬、機能維持のための行為等)について、保護者と確認している。
・保護者と確認した上記の内容について、緊急時には担任以外でも把握できるツールを用意している。
・防災ずきん、常備薬、紙おむつ、愛用品等、児童生徒が避難中に必要とするものについて確認し、予備を学校に用意してある。
・医療的ケアを必要とする児童生徒については、主治医との確認を含め、学校に備えておくもの(預かり品を含む)について確認している(人工呼吸器のバッテリー等)。
○連絡・周知
・緊急時の複数の連絡・通信手段について、保護者と共通理解している。
・災害発生時の学校の対応について、保護者に充分周知している。
先のワールドカフェ研修を行った東京都内特別支援学校で4件法でアンケートをとったところ、保護者と一緒に研修することの有効性を感じた教員は93%に上っている。
(2)地域と連携・協力をするために
○学校の特性の周知
・学校が教育対象としている障害種の特性について、具体的に地域住民に理解してもらうための広報活動をしている。
・学校が行っている防災活動の内容や特徴を、地域住民に理解してもらったり、関心をもってもらったりするための取組をしている。
・学校の防災計画や緊急時の対応方針・方法について、必要に応じて地域住民に説明している。
○災害発生時の対応の確認
・地域と学校が、それぞれの防災の取組について理解し合う機会を設けている。
・避難所等の指定はされていないが、地域の住民が避難しなければならない状況を想定して、地元自治体と確認している。
・災害発生時に学校が対応できること、対応できないことについて、地元自治体や地域住民と確認している。
○病院や関係機関との確認
・医療的ケアや配慮の必要な疾患のある児童生徒への支援協力について、関係機関や近隣の病院と確認している。
・地域の防災機能、防災資源について把握し、相互に利用し合うことについて関係者と確認している。
おわりに
大災害は、すべての学校にとって現実のリスクだ。被災した学校からは、多くの悲痛なメッセージが発せられている。
しかし、それぞれの学校には、これまでの積み重ねの上に、防災に対する組織風土、教職員意識、予算、計画があり、一朝一夕に最先端の防災計画を取り入れても形骸化する可能性が高い。むしろ、マニュアル作成、人材育成、多様な連携を中核として教職員間の対話、訓練、評価・改良を重ねる学校防災マネジメントを確立し、着実に前進することが重要である。教職員がリスクに向き合い、学校防災マネジメントに取り組むことを強く期待する。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。