議会局「軍師」論のススメ
議会局「軍師」論のススメ 第4回 議会運営の「先例」は「麻薬」なのか?
地方自治
2020.04.23
議会局「軍師」論のススメ
第4回 議会運営の「先例」は「麻薬」なのか? 清水 克士
(月刊「ガバナンス」2016年7月号)
*議会の中央に座るのは、大津市のキャラクター「おおつ光ルくん (おおつひかるくん )」。
先例主義の弊害
今号では局職員に定着している「先例主義」の弊害について述べたい。
議会における先例は、例規の隙間を埋めるものとして、円滑な議会運営のための指針とされ重用されている。だが、同時にいくつかの看過できない問題も内包している。
その1点目は、先例の本来の意味は過去事例にすぎないにもかかわらず、内部規範として作用し、時として超法規的な議会運営の拠りどころとされてしまうことである。
具体例として、参議院のホームページでは先例について、「例えば、憲法第条第1項において、内閣総理大臣の指名は他のすべての案件に先立って行うよう定められていますが、実際の議事運営においては、議員の議席指定や正副議長の選挙などの議院の構成のように、内閣総理大臣の指名に先立って進めるべきものもあります。このように、法規の内容では足りないところを補充しながら円滑な議事運営を図るためよりどころとなるのが先例です」と解説されている。
だが、その運用は「法規の内容では足りないところを補充している」のではなく、「法規どおりに執行しない拠りどころにしている」ということではないだろうか。
たとえ、それが住民にとって直接不利益にならないことであっても、執行機関で前例どおりであることを理由として、法の規定を超越したような実務を行おうものなら、たちまち議会で問題とされるであろう。ところが、議事機関の内部においては、先例が憲法の上位規範のごとき運用が公然とされていることに、私は違和感を覚える。これは、決して国会だけの問題ではなく、地方議会においても同様である。
時代に即した判断を
そして、2点目の弊害は、時代錯誤な判断が継承されがちとなることである。もちろん先例に拠ることは、過去の事例に倣うことで不測の事態を防止し、円滑な事務執行に資する一面もあり、そのこと自体が全否定されるものではない。だが、一般的に過去の状況において先人が最適解として判断したものが、現在の状況に照らしてもそうであるかは、多くの場合、別問題である。つまり、現在の最適解であることを検証したうえで、先例どおりの対応をすることには何の問題もないが、時として「伝統」を守るという大義名分のもとで、時代にそぐわない判断の拠りどころとされてしまうのである。
特に議会における先例は、執行部における前例踏襲主義とは趣が異なり、事実上の慣習法として作用する。
それは、先例が探索されるときの多くは時間的にも切迫した状況であり、よほど客観的な異論を即座に唱えられない限り、そのまま前例踏襲されるからである。つまり、局職員にとっても「それが先例です」と言うだけで議員からの異論を退け、迅速な議事進行を実現する魅力的なツールとなっている。そしていつしか、先例に該当する事態が生じると、条件反射的にそれに倣い、対応の適否について改めて考えようとしない「思考停止症候群」とでも呼ぶべき状態に陥ることになる。
先例は、安定かつ効率的な議事運営に資するものであることは間違いないが、それに囚われると進歩からは無縁となる。いわば「先例」は、適正な使用管理をすれが効果抜群の薬であるが、漫然と常用すると死を招く「麻薬」に似ているとも感じるのだが、いかがだろうか。
*文中、意見にわたる部分は私見である。
Profile
清水 克士(大津市議会局長)
しみず・かつし 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)