政策課題への一考察
地方財政における人件費の認識(下) ― 単価と給与制度、定員管理、年齢構成、総額に着目して|政策課題への一考察 第110回
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2025.07.09

出典書籍:『月刊 地方財務』2025年6月号
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【政策課題への一考察 第110回】
地方財政における人件費の認識(下) ― 単価と給与制度、定員管理、年齢構成、総額に着目して
株式会社日本政策総研上席主任研究員
竹田 圭助
※2025年5月時点の内容です。
1 はじめに
自治体人事を取り巻く課題は、職員数の増加傾向、人件費単価の上昇傾向、若年層を中心とした離職率増加、採用難、定年延長・役職定年制など様々な要素が絡み合い複雑であるが、人件費総額や経常収支比率における人件費割合の増加等、地方財政への影響が今後より顕在化する可能性が高い。
前回(上)では、地方財政を圧迫しうる人件費の「認識の手法」に着目し、人件費の特性を端的に「(1)コントロールの余地が狭い」、「(2)財政査定との関連性が低い」、「(3)人件費の長期推計が精緻ではない」という3点を指摘した。今回(下)では、人件費単価と給与制度、定員管理の見通しに必要な要素を整理するとともに、今後より一層必要となる視点として年齢構成バランスと総額人件費管理のあり方について論じる。
2 今後の人件費認識にかかる主な論点
(1)人件費単価と給与制度等について
人件費単価の変化要因は、外部要因と内部要因に大別できる。外部要因は景気変動、物価水準等社会経済情勢の影響を受けた民間企業と国の給与比較に基づく人事院勧告(1)であるため、自治体単独でのコントロールは難しい。一方、内部要因は給与制度・人事評価制度が該当し、調整可能であるが、制度改革には多くの関係者の合意形成が必要となることや、前回(上)にて指摘したように必ずしも主たる目的が総人件費のコントロールとは限らない。
〔注〕
(1)人事院「本年の給与勧告のポイントと給与勧告の仕組み」(令和6年8月)によれば、民間給与の状況を反映して約30年ぶりとなる高水準のベースアップとなっているだけでなく、「給与制度のアップデート」(①若年層給与水準の競争力向上、②職務・職責重視の処遇、③能力・実績の適切な反映、④地域の民間給与水準反映、⑤採用・異動をめぐるニーズへの対応、⑥環境変化への対応という6つの観点から、俸給及び地域手当・通勤手当・ボーナス等の諸手当にわたり包括的に給与制度を整備)とある。
人事院「本年の給与勧告のポイントと給与勧告の仕組み」(令和6年8月)によれば、民間給与の状況を反映して約30年ぶりとなる高水準のベースアップとなっているだけでなく、「給与制度のアップデート」として、「①若年層給与水準の競争力向上、②職務・職責重視の処遇、③能力・実績の適切な反映、④地域の民間給与水準反映、⑤採用・異動をめぐるニーズへの対応、⑥環境変化への対応という6つの観点から、俸給及び地域手当・通勤手当・ボーナス等の諸手当にわたり包括的に給与制度を整備」とある。少なくとも①、④は人件費単価の上昇要因となり得るが、②、③をどのように変更するかによっても人件費総額への影響の程度は異なる。
現実には、大阪府和泉市のように若年層給与水準を人事院勧告以上に高めることによって有為な人材を確保する施策は少なくとも「入り口の強化」としては機能するだろうが、昇任と昇給の仕組みをどのように担保するかによっても、中長期的な財政負担の程度は異なるだろう。この意味で官民問わず初任給アップは人材確保の手段であると同時に賃上げ対策の一部とされているところ、同市のように原資が限られる中では事実上、中堅層以上の職員の給与引下げもセットとしなければ、単純に人件費の純増となりうる。
(2)定員管理について
続いて定員管理に目を転ずる。定員管理の手法は、大きく事務量算定方式(ミクロ方式)、他団体比較方式(マクロ方式)に大別できる(2)。ミクロ方式は業務量を測定し積み上げ、職員1人あたりの事務処理能力で除して必要人員を算定し、その積上げを基礎として職員数を求める方法とされている(3)。マクロ方式は、地方公共団体定員研究会により「定員モデル」、「定員回帰指標」、「類似団体別職員数」により参考指標が提供されている。
〔注〕
(2)地方公共団体定員管理研究会「地方公共団体における適正な定員管理の推進について(第10次定員モデル道府県分)」(平成29年3月)。ただし、そこまで厳密に計算している自治体がどれほど存在するかは不明である(管見の限りそれを調査するための全国調査は見当たらないし、個々の自治体における実態も、私のコンサルタントとしての経験の限りでは僅少である)。
(3)同前
人件費単価や給与制度とは異なり、定員管理は比較的コントロール可能な手法といえる。少なくとも過去、人件費総額の増加に対し定員削減が主要なコントロールの手段であった。しかし現在では、以下の理由により限界が生じている。第1に、定員削減施策はすでに一定水準で達成され、むしろ最近では若干の増加傾向にあるためである。これは恐らく行政需要の増加という外部要因等、削減余地がなくなったことに影響されているものと考えられる。第2に、定員管理施策は主に正規職員を対象とされ、増加傾向にある非正規職員がその対象から除外されている場合が多く、実質的な人件費総額の管理を困難にしている。第3に、多くの自治体で採用が退職補充型を基本としていることから、採用数が多い時期と少ない時期にバラツキが発生し、それは職員の年齢構成の偏りを発生させている((3)にて詳述)。
定員管理を人件費認識のための補助線とするならば、先述のマクロ方式による各参考指標について、人口推計(すう勢)の数値を活用して、長期的の推移を把握する手法がある。具体的には、人口推計(すう勢)を上記3指標へ当てはめ(この場合、変数は人口のみとなる)、定員の目安の推移を把握し、これをメルクマールとみなす考え方である。群馬県「みなかみ町定員管理計画」では、同町の「第2期人口ビジョン」における人口の目標値(展望人口)をベースに、「類似団体別職員数の状況」との比較、および「定員回帰指標」との比較を試み、これら2つの数値結果を踏まえて定員の目標を定め、定員管理の方向性を定めている(4)。ただし、これはあくまで職員総数の長期予測という目的であり、参考指標の推移を確認しそれをなぞること自体がコスト・コントロールに繋がるわけではない。
〔注〕
(4)ただし同町「第2期人口ビジョン」を確認する限り、合計特殊出生率の目標が2035年に1.8程度、2045年に2.10程度と試算している中で、定員管理計画では「目標値の推移と実際の住民基本台帳人口を比較し、人口予想を算定」とあるが、どの程度、予想が精緻かは不明である。
(3)年齢構成について
本来、定員管理とセットで観察されるべきは、年齢構成のバランスである。その理由は、自治体の採用が基本的に退職補充型であるために、退職者数に応じて採用数が増減する仕組みだからである。特に過去の大量採用期の職員が退職を迎える時期に、退職補充型で採用しているならば年齢構成の歪みが次世代に引き継がれ、人件費が将来にわたり「引きの波」(人件費の一時的減少)と「押しの波」(人件費の一時的増加)を繰り返し引き起こす要因となる。単純な退職補充型を継続すればこの波形が今後も続くため、人件費の認識を歪ませるファクターとなる。
年齢構成バランスが中長期的に人件費に与える影響は、(上)で言及した地方公共団体金融機構が提供している計算シートにより具体的なシミュレーションが可能となる。人件費が減少基調にある場合はみかけの定員によらず財源に余裕があるようにみえるが、「余裕が生じた財源を恒常的な支出に充てることなく、財政調整基金への積立てや借入金の繰上償還、施設の維持補修の前倒し等、人件費がいずれは増加局面を迎えることになることを踏まえた財政運営を行う必要がある」という指摘もある。単年度でみたときの人件費のみかけの余剰を将来の不足分として計算したうえで、その分は財政調整基金として積み立て、人件費の不足以外には極力、使用しない運用が望ましいと考える。なお、この指摘は年齢構成別職員数の歪みに直接手を加えない場合についての記述であり、筆者は本来的に平準化を中途採用等の多様な手段によって強化すべきと考える(5)。なお、上記の計算シートでは退職手当が計算対象外となっている点や、退職手当組合に加入している団体の場合は変動が大きく退職手当組合に非加入の団体は変動が相殺される点に留意したい。
〔注〕
(5)総務省「定年引上げに伴う地方公共団体の定員管理のあり方に関する研究会」第4回資料(令和4年1月)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000794451.pdf
(4)経営指標としての人件費総額
最後に、以上の内容と(上)で触れた観点も踏まえ、経営指標としての人件費総額を俯瞰してみるために必要な諸要素を整理する。
① 対象となる人件費の定義の精緻化およびそれに基づく中長期的な推計
まずはみるべき人件費の「対象」を改めて整理したい。一部事務組合、公営企業等における人件費は、一般会計では人件費と表現されていない、または別の会計として表現されているが、実質的に人件費とみなされる。そこで補助材料となるデータが総務省「財政状況資料集」の「経常経費分析表」である。同表は「経常収支比率の中で大きな割合を占め、財政硬直化の主要な要因となる人件費及び公債費については、人件費・公債費に準ずる費用も含めたトータルの経費(6)」を記載しており、人口1人あたり決算額により類似団体との比較が可能となっている。
〔注〕
(6)https://www.soumu.go.jp/iken/zaisei/jyoukyou_shiryou/h22/setumei.html
図表 人件費及び人件費に準ずる費用
(出典) 総務省「財政状況資料集経常経費分析表(人件費・公債費・普通建設事業費の分析)」
なお、(上)で触れた推計用シートの対象には会計年度任用職員が含まれていないこと、定年延長が加味されていないこと、上記でいう「人件費に準ずる費用」は含まれていないことなど、いくつかの制約がある。ただし本来的に人件費類似として対象物に含めた推計が望ましく、今後、「経常経費分析表(人件費・公債費・普通建設事業費の分析)」との連動性を高める工夫も期待される。
② 認知ラグ解消のための適切な指標設定―試論としての「総額人件費管理」
最後に、適切な長期推計ができたとして次に課題となりうるのは、その推計を用いて危機的状況をいかに事前に認知し、回避するか、つまり政策ラグ(政策における認知や行動等の遅れ)をいかに低減するかが重要とある。このうち認知ラグを解消するためには、推計と実績の乖離の把握に基づく再推計を少なくとも年度単位で行うことや、あらかじめ設定されたなんらかの基準に達すると近い将来、問題が表面化するおそれがあることを示すといった一種の「アラート」の設定が望ましい。例えば「人口1人あたり決算額(人件費および人件費に準ずる費用)が類似団体平均よりも高い期間がn年以上続いている状態」、「類似団体内順位がn年連続で低下」などである。
そうした認識の補助線としての「総額人件費管理」の可能性について言及したい。総額人件費管理とは、人事戦略研究所(2017)によれば民間企業において「同業/同規模企業の人件費水準を参考にしながら、最終的には自社の考え・方針に基づいて自社にとってのあるべき人件費水準(=適正な人件費水準)を決定」し、「当該水準に人件費実績値を近づける」ことである(7)。少なくとも仮に現時点で自団体がそのような定義を行っていないのであれば、過去の推移や類似団体との比較を踏まえて複数の水準(青信号・黄信号・赤信号等)を定めることが望ましい。
〔注〕
(7)人事戦略研究所「総額人件費適正化の手法(第2版)」(2017)p.1
https://jinji.jp/template_cms/wp-content/themes/orignal_theme/pdf/booklet/laborcost.pdf
なお、以上は自団体レベルでの定義に関する言及だが、本来的には定員管理における各種参考指標のような、人口・面積などの変数も加味した人件費の参考指標(目安値)を国が開発することも一案である。
3 終わりに
本稿では、賃金水準の上昇等により1人あたり給与の増加が見込まれ、組織運営、業務を進めるうえだけでなく、コスト面で長期的に大きな波形推移を防ぐためにも年齢構成のバランスを平準化する必要がある難しい時代にある中で、人口動態を織り込んだ中長期的な定員予測や、「人件費総額」の定義を精緻に持ちつつ、人件費にかかる中長期的な俯瞰の必要性を論じた。
筆者は、一部で散見されるような、財政危機を緊急的な給与減額措置により回避するという手段に危機感を抱いている。比較的、転職が少なかった過去とは異なり、現在は若年層を中心に普通退職が増加傾向にある中、そのような手段は分かりやすい人材流出の原因となりうるからである。(上)で指摘したように、制度上、適切な認識を阻害する要因を改善しながら、これまでコスト・コントロールの主要な手段だった定員管理のみならず、人件費単価、給与制度と人事制度、退職と採用の観点でみた年齢構成別職員数の確保、そして中長期的なコスト認識として人件費の精緻な推計と、適切な指標設定による危機的状況の認知ラグ解消が、人件費の適切なコントロールにおける「難しいが踏み出すべき第一歩」と考える。
*政策コンテンツ交流フォーラムは、株式会社日本政策総研、神戸シティ法律事務所が連携ハブとなり、国・地方自治体・民間企業のメンバーを架橋し、政策的課題を多面的に検討するネットワークです。本コラムを通じて、フォーラムにおける課題認識、政策創造の視点等をご紹介します。
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