感染症リスクと労務対応

弁護士法人淀屋橋・山上合同

【労務】感染症リスクと労務対応 第25回 在宅勤務に際しての費用の負担

キャリア

2020.06.09

新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)

在宅勤務に際しての費用の負担はどこまで?

(弁護士 下川拓朗)

【Q25】

 ウイルス等感染症対策のため、在宅勤務を命じた従業員から、「在宅勤務する場所がないので会議室を借りたいが、会社に費用を負担してもらえるか」といわれています。負担義務があるのでしょうか。

【A】

 さまざまな場合がありますが、在宅勤務の頻度や会議室利用の必要性や金額等を踏まえたうえで、労使で協議して決定するよりほかありません。以下、在宅勤務の定義について整理した上で、費用負担の考え方を解説し、さらに各種の助成金について紹介します。

在宅勤務

 在宅勤務とは、インターネットなどの情報通信機器を活用した就労形態であるテレワークの一形態のことです。在宅勤務は、通勤を要しないことから、事業場での勤務の場合に通勤に要する時間を有効に活用できます。また、たとえば、育児休業明けの労働者が短時間勤務等と組み合わせて勤務することが可能となること、保育所の近くで働くことが可能になること等から、仕事と家庭生活との両立に資する働き方といわれています。
もっとも、在宅勤務を含むテレワークについては、一般に、企業調査では、労働時間の管理が難しいことや進捗状況などの管理が難しいことなどの課題が指摘され、労働者側からも、仕事と仕事以外の切り分けが難しいこと、長時間労働になりやすいことなどの課題が指摘されているところです(厚生労働省「テレワークを活用する企業・労働者の皆さまへ テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」5頁参照)。
したがって、上記のような課題があることにも留意しつつ、在宅勤務をはじめとするテレワーク制度を適切に導入するにあたっては、労使で認識に齟齬のないように、費用負担に限らず、あらかじめ、導入の目的、対象となる業務、労働者の範囲、テレワークの方法等について、労使委員会等の場で十分に納得のいくまで協議し、文書にして保存する等の手続をすることが望ましいです。
他方で、本来的には、労働契約上、従業員は労務の提供義務があるにとどまり、業務に必要不可欠な費用(光熱費、通信費、場所代等)は、当然に事業者側が負担すべきものであると解されています。在宅勤務の場合にはどのように考えるのか、以下、本問についてみていきます。

費用負担

 この点、テレワークに要する通信費、情報通信機器等の費用負担、サテライトオフィスの利用に要する費用、もっぱらテレワークを行い事業場への出勤を要しないとされている労働者が事業場へ出勤する際の交通費等、テレワークを行うことによって生じる費用については、通常の勤務と異なり、テレワークを行う労働者がその負担を負うことがあり得るため、労使のどちらが負担するか、また、使用者が負担する場合における限度額、労働者が請求する場合の請求方法等については、あらかじめ労使で十分に話し合い、就業規則等において定めておくことが望ましいとされています(厚生労働省「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」12頁参照)。
 労働基準法上も、「労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項を就業規則に定めなければならない」と規定されています(同法89条1項5号)。
 以上のとおり、ガイドライン上も法律上も、必ずしも業務に要する費用を労働者に負担してもらうことが、一律に禁じられているわけではありません。他方で、業務に関連する費用は原則会社負担であり、従業員に負担させることは例外的取扱いであるため、在宅勤務をはじめとするテレワーク導入にあたって、労働者に費用負担させるためには、あらかじめその旨就業規則等で定めておく必要があります。
 以上より、会議室のレンタル費用を労働者負担とする就業規則等の定めがない限り、原則どおり会社が負担する義務があります。

会議室のレンタル費用

 一般的に、テレワークを導入している会社は、就業規則あるいは別規程によって、在宅勤務によって発生する費用は自己負担とする旨の規定を定めていることが多いと思われます(その分、別途手当を支給することも考えられるところです)。ただ、現状では、自宅における光熱費や通信費は、家庭生活のそれと区別がしがたいことから、従業員負担とせざるを得ない場合が多いと思われます。
 本件のように、「在宅勤務する場所がないので会議室を借りたい」という申出も同様に扱うべきか、悩ましいところです。というのは、いずれの負担にする場合でも高額になることや従業員間で不公平感が生じることが想定されるからです。
 この点、テレワークのうち、いわゆるモバイルワークやサテライトワークを想定している会社は、当初のテレワーク導入の際に、執務場所の費用についても想定して規程が策定されていることが多いと思われます。その場合、自己負担と明記されているのであれば、会議室のレンタル費用は労働者自らが負担すべき、という考え方で問題がないと考えます。
 他方で、自宅執務のみを念頭において制度構築している場合、家庭の事情によって、自宅に「在宅勤務する場所がない」ということはあり得ます。この場合に、規程に基づいて会議室費用を自己負担させつつ、テレワークを命じることはそもそも想定外でしょうし、現実的ではありません。また、規程がないからといって当然に会社負担で無制限に会議室利用を許容するのも不公平感が拭えません。
 結局、在宅勤務の頻度や会議室利用の必要性や金額等を踏まえたうえで、労使で協議して決定するよりほかありません。場合によっては、在宅勤務命令の縮小や撤回も検討しなければならないように思われます。

助成金その他

 なお、その他テレワーク導入に伴って発生する通信費等の取扱いについても、上記と同様ですが、一般的な取扱いについては、厚生労働省の「テレワーク導入のための労務管理等Q&A集」でも言及されているところですので、テレワーク導入の際には参考にしてみてください。
 テレワーク導入の際には、①働き方改革推進支援助成金(テレワークコース)や、②新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコースなどの助成金制度もあるところです。前者は、時間外労働の制限その他の労働時間等の設定の改善および仕事と生活の調和の推進のため、在宅またはサテライトオフィスにおいて就業するテレワークに取り組む中小企業事業主に対して、その実施に要した費用の一部を助成するものです(詳しくは、厚生労働省のウェブサイトを参照してください)。
 また、「働き方改革推進支援助成金」に新型コロナウイルス感染症対策を目的とした取組みを行う事業主を支援する特例コースも時限的に設けられています(上記②。詳しくは厚生労働省のウェブサイトを参照してください)。
 以上のように、テレワーク導入に関する助成金制度も設けられていますので、テレワーク導入の際には、参照してみてください。

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弁護士法人淀屋橋・山上合同は、あらゆる分野の法律問題について、迅速・良質・親切な法的サービスを提供している法律事務所。2020年3月現在64名の弁護士が所属。連載を担当したメンバーは、主に企業側に立って、雇用や労働紛争に係る相談対応、法的助言から裁判手続、労働委員会における各種手続の代理人活動等を行っている。

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