政策課題への一考察 第95回 自治体人材育成基本方針のあるべき方向性(2) ― 行政の専門分野としてのデジタル分野とデジタル人材について
地方自治
2024.05.28
目次
※2024年2月時点の内容です。
政策課題への一考察 第95回
自治体人材育成基本方針のあるべき方向性(2)
―行政の専門分野としてのデジタル分野とデジタル人材について
株式会社日本政策総研主任研究員
竹田 圭助
(「地方財務」2024年3月号)
1 前回の要旨:DXと人事政策を取り巻く最新の動向
令和5年12月に総務省「自治体DX推進計画」「自治体DX全体手順書」「人材育成基本方針策定指針」が改訂された。今般の各種文書の改訂は明らかに人事担当部門を対象としたものである。筆者は、今般の改訂を全庁的な取組に繋げるため、DX担当部門と人事担当部門との継ぎ目の役割を果たすべく、国が示す各ドキュメントを再整理した上で留意点を提示しつつ、自治体DXを人事政策からみたときのあるべき方向性を示す。
まず前回(第1回)では、総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」の改訂の趣旨と内容を読み解きつつ、人事政策全般のあり方を見直すための観点を論じた(注)。今回(第2回)は、DXの推進を支えるデジタル人材について、「行政の専門分野としてのデジタル分野とデジタル人材」という観点から「デジタル分野」の専門性を定義するとともに、当該分野で活躍する「高度デジタル人材」の役割を整理する。大枠は図表1のとおりである。
(注)詳細は竹田圭助「自治体人材育成基本方針のあるべき方向性(1)―デジタル人材を含む人事政策全般について」(『地方財務』2024年2月、ぎょうせい)を参照されたい。
2 国が示す各文書における「デジタル人材」の整理
(1)「デジタル人材」「DX推進リーダー」の定義
「専門分野としてのデジタル分野」について論じる前に、まず今般改訂された文書における「デジタル人材」や「DX推進リーダー」の定義のゆらぎを指摘したい。「自治体DX全体手順書【第2.2版】」の36頁「4.4.(2)人材育成手法」で「デジタル人材」を大まかに2分類に定義している。この時点で一旦これを大胆に「攻め」と「守り」と定義する(図表2のとおり)。この文書内では以下分類でいう「攻め」のデジタル人材が求められていると表現されている。
他方、「自治体DX全体手順書【第2.2版】」28頁「4.3デジタル人材の確保・育成に係る方針の策定(1)②DX推進リーダー」では「業務担当部門が保有するシステムの調達・保守・維持管理・運用やシステム更新・発注時における要件定義・手段の選定・仕様書や納入品の点検等」とある。これは図表2の「守り」のデジタル人材の要素に含まれる。ここからいえることは、デジタル人材は「攻め」の領域を求められているのに対して、DX推進リーダーは「攻め」と「守り」両方が求められている点である。次に総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」16~18頁をみると、「デジタル人材」の人材像を3類型(高度専門人材、DX推進リーダー、一般行政職員)に整理している。これに「自治体DX推進計画【第2.2版】」における「攻め」と「守り」の枠組、「DX推進全体手順書【2.2版】」のDX推進リーダーの定義(「攻め」と「守り」双方)を踏まえると、図表3のように整理できる。
(2)整理から導出される枠組:専門分野としてのデジタル分野/汎用能力としてのデジタル活用能力
以上の整理に基づけば「自治体DX全体手順書【第2.2版】」にある「現在、自治体において求められるデジタル人材は、従来の情報政策担当部門が担ってきた庁内の情報システムの構築・維持管理に係る業務や、情報セキュリティに係る業務と異なり」という記述は、関連文書の内容を踏まえると必ずしも妥当ではないといえる。それどころか、筆者はその重要性は増していると考える。その理由は後述のとおり、従来の情報政策担当部門が担ってきた領域・業務でも最新の知見・技術が必要となり、その業務を担う人材が必要不可欠と考えるからである。
その仮説を起点にさらに踏み込むと、1960年代から現在にかけて行政の専門分野の1つに「デジタル/情報分野」があり、その分野を専門とした「守り」の「高度デジタル人材」が存在することが指摘できる。またそれとは別に、程度の差はあれ分野を問わず求められる汎用的能力としての「デジタル技術活用能力」を有する人材としての「攻め」の「汎用的デジタル人材」が今般求められるようになったことも指摘できる。そしてこうした枠組をもとに、中長期的視点で自団体の過去と現在における人的資源を認識した上での人材確保・育成・適正配置・処遇の重要性が浮かび上がる。
本稿ではまず前者、「行政の専門分野の1つとしてのデジタル/情報分野」について整理する。
3 専門分野としてのデジタル分野及びそれを担う「守り」の「高度デジタル人材」とは
行政の専門分野としてのデジタル分野を認識する手がかりとして情報システムの各種領域について整理する。我々が仕事や日常生活で使用する各種アプリケーションはすべてOSや通信システムやインターネットといったシステム領域の上で動作している。またシステム領域と一口にいっても、コンピュータ領域(OS技術、プログラミング言語技術、セキュリティ技術等)、インターネット領域(データリンク技術、ルーティング技術、インターネットサーバー技術、認証技術、暗号通信技術等)、通信インフラ領域(伝送技術、収容技術等)等があり、各領域・技術要素が関連しあって動作しており、理解を難しくしている。
そのような中、現実としてほぼ全ての職員がなんらかの形で情報化・デジタル化の恩恵を受け、今や自治体はコンピュータなしでは業務執行体制が成立しない状況になっている。それは1960~70年代の事務処理合理化のための電算化から、多くの職員にPCが配布されるようになった1990年代以降にかけて次第に浸透した結果といえる。例えば住民基本台帳業務を全て紙ベースで実施することを想像してほしい。今やそうした人手の確保は予算面でも管理面でも現実的ではないだろう。
以上のようなシステム技術領域の特殊性や歴史的経緯を踏まえれば、「自治体DX全体手順書【第2.2版】」にある「従来の情報政策担当部門が担ってきた庁内の情報システムの構築・維持管理に係る業務や、情報セキュリティに係る業務」=「守り」の領域に係る専門性は、内製であれ民間事業者への発注であれ、技術への理解力が求められ、また技術の進展が急激で国の動向も変わりやすい以上、業務継続性の観点から当該分野以外への異動のない専門職として取り扱うのは自然といえる。
さらにいえば、自治体DXの進展により庁内業務でも市民向けサービスでもデジタル技術をさらに活用するようになった昨今、一定以上の専門性が継続して求められるだけでなく「守り」の領域も進化を続けているといえる。具体的には図表4に示すとおりであり、行政の専門性として1つの分野としてみてよいと筆者は考える。
以上を踏まえれば行政の専門分野としてのデジタル分野を担う「守り」の高度デジタル人材は、保健師や土木技師、建築技師等の技術系専門職と類似・同様に当該分野のスペシャリストとして活躍するためにその分野に特化した技術とノウハウを有する人的資源として自治体が保有することは妥当である。例えば東京都、神戸市等の大規模な自治体では情報系の専門職の採用枠が存在する。少なくともこれらの自治体では保健師や建築・土木などの技術系専門職と同列と捉えられているといえる。また実際に総務省研究会における人材確保・人材育成にかかるアンケート結果からは、図表5に示すとおり土木技師、保健師、建築技師に次いで「ICT人材(CIO補佐官以外)」が求められていることが分かる。
4 行政の専門性としてのデジタル分野において必要とされるデジタル人材の類型(例示)
以上のとおり「守り」の領域、人材の重要性について整理した。最後に参考としてデジタル分野で必要とされるデジタル人材の類型のパターンをいくつか示す。
① 技術要素型
大まかに自治体DX担当部門が担うべき領域である情報政策・DX系と、従来の情報システム担当部門と呼ばれる情報管理系に分類し、さらに要素を細分化したものが図表6である。先に述べたようにシステム技術領域は当然だが一人の職員が複数の分類に当てはまることが想定される(例:①-(ア)行政DXかつ②-(ア)情報システム系の類型に該当する職員は一定数存在しうる)。またこれは要素の階層を示していない。例えば①の(ア)(イ)のより上位の階層には「DX戦略立案」の技術が想定される。
② 人材像・役割型
総務省「自治体DX外部人材スキル標準」の類型も参考となるだろう。これは技術要素ではなく人材像と役割を軸とした書きぶりであるため、便宜上、人材像・役割型と呼ぶ。この文書は主に民間人材の任用にあたり参照するものだがプロパー人材にも当てはめが可能である。なお人材像・役割型で整理する場合も結局は技術要素ごとで人材の必要性の程度が異なる。このため技術要素ごとの必要数の整理が前提となる。
5 本稿のまとめ
以上より、筆者は次の3点の理由から、デジタル分野では今後も一定レベルの専門性を有する「守り」のデジタル人材の確保・育成が肝要となると考える。1点目に、内部での育成が困難と割り切って外部人材を労働市場に求めても、公共領域に対する理解と実務経験を有する高度外部人材は稀有であり、DXが流行している以上は「人の取り合い」が現実に発生しうること、2点目に、自治体DXの進展に伴うIT投資の増加と連動して管理対象(情報システムやクラウドサービス等)が増加すること、3点目に、高度な専門性が要求されるシステムやネットワーク等の構築・更改の発注者側として技術への深い理解と実務経験がなければプロジェクトを適切に管理できないおそれがあるからである。
最後に、1点補足しておきたい。本稿執筆の背景は、確かにデジタル系の専門職や事務系で情報システム部門を中心に異動を繰り返してきた職員に対する一定のリスペクトに端を発するものの、だからといって手放しに賛美するものではなく、絶え間ない自己研鑽が求められるという点である。なぜなら、システム技術領域は技術の進展が著しく、また総務省「セキュリティポリシーガイドライン」の度重なる改訂や職員のユーザビリティを勘案した三層分離の見直し等が求められる等、相当程度の柔軟性、最新の技術や国の動向をキャッチアップする姿勢、そしてユーザー目線での検討が前提となるからである。さらに業務への情報システム浸透領域が増加し続けていることもあり、庁内外のコミュニケーション能力も高いものが求められる。
次回(第3回)は、分野を問わず求められる汎用的能力としての「デジタル技術活用能力」を有する人材としての「攻め」のデジタル人材を論じ、最後に、今回(第2回)、次回(第3回)を通じて必要な自治体経営に貢献するデジタル人材を攻守双方、安定的に確保・育成するために必要な観点を示す。その中で、人事担当部門に必要な視点として、タレント・マネジメントの視点から経歴を蓄積し、配置や継続的な人材育成を行ってきたか改めて確認するとともに、将来の需要を予測しながら今後の戦略的な配置や確保・育成の方策を検討するための考え方や手法の一例を示す。
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