自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[13]災害時要配慮者の避難支援
地方自治
2020.06.03
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[13]災害時要配慮者の避難支援
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2017年4月号)
災害時要配慮者担当者の嘆き
市町村の防災や福祉担当職員からは、災害時要配慮者への避難支援の実効性が上がらない話をよく聞く。市町村が手挙げ方式、逆手挙げ方式などで苦労して要配慮者台帳を整備しても、町会自治会が負担感が重いことを理由に台帳の受け取りを拒否するという。これでは、個別避難支援計画はとてもできないという。
避難勧告等ガイドラインの改訂内容
前号でも紹介したが、本年1月31日に内閣府が「避難勧告等に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」という) を改訂し公表した。その中で、在宅の要配慮者については、次のように述べられている。なお、傍線は筆者による。
要配慮者の避難の実効性を高める方法について
在宅の要配慮者の避難
・在宅の避難行動要支援者については、(中略)地域全体で実現性のある支援体制を構築すべきである。具体的には、災害時には自治会や自主防災組織、消防団、福祉関係者等が避難行動要支援者の避難支援、地域全体での訓練実施、地域での災害計画策定、地区防災計画の策定等を進めるべきである。
・要配慮者利用施設への通所者については、家族とともに避難するのが良いのか、または施設で避難するのが良いのか、どちらがより適切かについては、本人・家族・施設の状況、自宅と施設の危険度の違い、避難のしやすさ等に応じて決まってくる。これらを勘案して、災害計画において基本的な対応を事前に決めておくことが望ましい。
在宅の要配慮者支援については、様々な意見があったが、結局は地域住民を中心として避難支援計画を作成し、訓練するなど現状の対策をよりしっかり行うことになった。
弱くなった近隣関係
ところが、自治会など近隣の力が弱まっている。古いデータであるが、町会自治会への参加頻度は図のように、著しく下がっている。
冒頭に述べたように、町会自治会単位を中心とする自主防災組織が要配慮者台帳を受け取らない背景には、このような町会自治会への住民の参加意欲が弱いことが挙げられる。そして、この傾向は地域振興課で町会自治会を担当した筆者の感覚ではますます強まっている。高齢者数が地域の中で増えていく「高齢者標準社会」において、近隣のつながりが弱まっていくことは、そのまま日常も災害時も生き延びるのが難しくなることを示しているといってよい。
福祉関係者への期待
かといって、町会自治会を以前のように活発化することも、多くの場合、現実的ではない。そこで、地域の様々な関係者が力を合わせて、連携の力でつながりを強化することが重要だと考えている。その有力な候補が福祉事業者である。
東日本大震災の高齢者、障がい者へのアンケート調査では家族と並んで、近所や福祉関係者からの避難の呼びかけや避難行動支援により助かったという結果がある。
「要配慮者に誰が逃げろと伝えたか?」
・第1位/101人/家族・同居者
・第2位/97人/近所、友人
・第3位/74人/福祉関係者
・第4位/30人/警察・消防(消防団含む)
「要配慮者が逃げるのを誰が手伝ったか?」
・第1位/85人/家族・同居者
・第2位/60人/近所、友人
・第3位/53人/福祉関係者
・第4位/11人/消防消防団
(内閣府「避難に関する総合的対策の推進に関する実態調査結果報告書」(東日本大震災時、315人、複数回答あり、2013年)
要配慮者は、日常のつながりがあり、状況をよく知っている支援者が災害時も支援することが効果的である。その意味で、ガイドラインに「自治会や自主防災組織、消防団、福祉関係者等」と記載されたことは高く評価したい(傍線は筆者)。
ガイドラインでは地区防災計画に触れている。在宅も含めた地域全体の要配慮者の安全を考えるためには、施設と地域住民が一緒になって、地区防災計画制度を活用して話し合いの場を作ることから始めてはどうだろうか。計画を作成し、訓練することで、相互に助けあう仕組みづくりが期待できる。
なお、特に都市部では、町会自治会の負担感を軽減するために、一人ひとりの要配慮者に対し、複数の支援者を特定して担当させるのは困難である。一定の地域内の要配慮者をその場にいた町会自治会支援者が避難の声かけ、安否確認をするのが現実的と思われる。身体を使っての避難支援まではしなくてよいので、安否確認と支援者への通報まででよいことにすれば負担感はずいぶんと減るのではないか。
求められる災害時の地域包括支援システム
厚生労働省は高齢者標準の社会を見据えて、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を目指している。地域包括ケアシステムは、おおむね30分以内に必要なサービスが提供される日常生活圏域(具体的には中学校区)を単位として想定される。しかし、この検討項目になぜか災害時の対応が入っていない。
熊本地震では、死者202人(17年2月10日、熊本県発表)に上ってしまったが、直接死は50人であり、関連死のほうがはるかに多い。関連死のほとんどは高齢者とみられており、過酷な避難生活で、それこそ地域包括ケアシステムのめざす「住まい・医療・介護・予防・生活支援」の一体的な提供がなかったためである。
高齢者標準社会の防災対策は、直接死を防ぐとともに、関連死を防ぐことが最重要である。今後の市町村の応急対策の中核は災害関連死の防止である。そのためには、平常時以上に災害時の地域包括システムの構築が不可欠だ。
熊本地震の現地に入って避難所や福祉避難所の支援をしたときに、認知症患者や知的・精神障がい者の姿を避難所や町で見ることはなかった。避難所にいられないために、壊れかけた住宅にいたり、ビニールハウスにいたり、車中泊をしたり、なじみのない遠方の親族に預けられていたことを後で知った。不慣れな場所で、不便な生活を余儀なくされ、どんなに辛かったことだろう。
訪問介護計画等への災害時対応の記載
筆者らは内閣府の検討会において、現状でもすぐにできることとして、高齢者の訪問介護計画や障がい者の個別支援計画に災害時の対応を記載することを提案した。要配慮当事者と支援者が災害対応を考えることにより、避難誘導や安否確認の実効性を高めるからである。報告書には記載されなかったが、今後も粘り強く主張していきたい。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。