徴収の智慧
徴収の智慧 第37話 ガラパゴス化
地方自治
2019.09.30
徴収の智慧
第37話 ガラパゴス化
元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二
独自の進化
ガラパゴス化とは、他の世界から隔絶されたある特定の地域・地方において、外界との交流がないため独自の進化を遂げた技術のことを意味するが、広く認知された言葉としては、わが国の携帯電話が「ガラケー(=ガラパゴス化した携帯電話)」と称されていることが挙げられよう。わが国の携帯電話が、なにゆえガラケーと称されるのかと言えば、着メロ・お財布ケータイ・ワンセグなど他国の携帯電話には見られない独自の機能を備えているからだそうである。
ガラパゴス化という用語のいわれは、言わずと知れた東太平洋のガラパゴス諸島に生息する生物の多くが、外界から隔絶した環境の中で独自の進化を遂げていることになぞらえて比喩的に用いられたことからきている。通信や交通機関の発達により、政治や経済のグローバル化が進展しつつあると言われる今日の世界においては、産業技術の世界もその例外ではなく、あらゆる技術が国境を越えて世界標準として整いつつある。そして、ある新技術が、この世界標準としての地位を獲得するや、その技術を取り入れた製品は、あっという間に世界市場を席巻してしまうので、各国は、自国の新技術が、この世界標準となるべく、その開発と普及にしのぎを削っているのが現状である。すなわち、世界標準の獲得こそが、その新技術を使った製品の市場占有率を決定づけるのである。
独自の手法
やや前置きが長くなったが、地方税の滞納整理でもこのガラパゴス化が進んでいるのではないかと思われる。その先鞭をつけたのが、インターネット公売である。このインターネット公売は、元を辿れば東京都が十数年前に初めて実施したものであり、当初は、ほとんどの地方団体が様子見状態で、ごく一部の団体に限られていたのだが、今では国税も含めて、ほぼ全国レベルで展開されるまでに普及している。このように今では東京都のみならず、全国展開されるまでになっているから、もはやガラパゴス化とは言えず、世界標準ならぬ日本標準となっている。
ところで、国税の場合は、国税庁長官の下、国税局、税務署において全国一律の事務運営が図られているが、地方税の場合は、もとより地方税法、国税徴収法という適用される法律は一律ながら、その滞納整理の手法となると、国税のように必ずしも一律とは言えず、それぞれ独自の進化(?)と言うよりも、独自の手法を編み出している実態が見受けられる。二、三例を挙げれば、一定の条件の下に滞納処分の前に滞納者の氏名を公表する条例を制定したり、催告書の用紙の色をカラフルにしてみたり、税務以外の部署の管理職も動員して、全庁を挙げて滞納者宅の臨戸折衝(集金)を実施してみたり、生活が困窮している滞納者をファイナンシャルプランナーにつなげる事業を試みたりといった具合である。
これらの取組みを肯定的に捉えるとするならば、さまざまに創意工夫を凝らして積極的に滞納整理を推し進めていると見ることもできるだろう。一方、懐疑的な目で見る向きからすれば、これらの手法の中には、法的に整理しきれておらず、問題を抱えているものもあるのではないかとの指摘もあるだろうし、何よりも費用対効果という観点から見た場合、評価できるだけの成果(実績)を上げているのかという疑問もある。
租税公平主義
滞納者の氏名公表については、条例制定後かなりの年数が経過しているにもかかわらず、実際に公表した実績をついぞ耳にしないし、カラフルな催告書については、「こけおどし」に過ぎず、じきに滞納者が慣れてしまって、一過性のものに終わるのがせいぜいだとの声もある。全庁を挙げた臨戸折衝(集金)に至っては、パフォーマンスに過ぎないし、そもそも租税債務は取立て債務ではないのに、集金に赴くこと自体が税法に対する無理解に立脚しているとの批判もある。
地方自治の観点からは、それぞれの地方団体が創意工夫を凝らして独自の手法を編み出すことは、むしろ奨励されてしかるべきであろう。ただ、税務行政には、「租税公平主義」(日本国憲法14条)という大原則もあるから、この「独自の工夫」と「公平であること」とのバランスをいかにとるのか常に留意しながら取り組むことを忘れてはなるまい。こうした点を踏まえても、インターネット公売は、いい意味でのガラパゴス化の嚆矢であったと言えるのではないか。