自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[92]観光危機管理 ~東京都観光経営人材育成講座~
地方自治
2024.07.17
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2023年11月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
大学等と連携した観光経営人材育成講座
東京都は、大学等が実施する、観光産業における経営やマネジメントを担う人材の育成に向けた教育プログラムの開発及び実施運営、事業の効果検証への助成事業を実施している。跡見学園女子大学は2021年度から継続して参加している。
今年度は、ポストコロナの新たな観光経営を見据え、インバウンド観光のセカンドステージに対応できる人材育成を目的とした教育プログラムの開発を目指す。具体的には、現在のグローバル社会に対応するため、観光と災害、自転車、ジェンダー、島嶼社会の取り組み、異文化理解や働き方改革、ムスリム文化やハラールといった重要かつ多彩なテーマを取り上げ、理論的・体系的な理解の促進、さらにはそれらを実践に活かせる人材育成のための講座を開講する。10月3日に、観光危機管理について講義、ディスカッションを行った。
一般に観光客は、観光で楽しむために出かけるのであって、危機についてはほとんど考えていない。したがって、観光客は危機についてきわめて脆弱である。危機に弱い観光客を守る義務があるのは、誰だろうか。観光地の事業者、行政に、果たしてその意識はあるだろうか。
日本海中部地震の教訓
講義では最初に私が、問題提起の講演を行った。
40年前に発生した日本海中部地震では、秋田県北部山間の合川南小学校(合川町。現北秋田市)の児童13人が男鹿半島を襲った津波で犠牲になった。地震後の引き波で魚や貝殻が潮だまりに残っていたので、子どもたちは歓声を上げて海の中に入っていったという。当時、日本海側ではほとんど津波防災教育が行われておらず、子どもたちも教員も引き波というこれ以上ない津波のサインを知らなかった。その直後に襲ってきた津波により13人の児童が亡くなってしまった。生きていれば50歳前後である。どんな人生を過ごせただろうかと、地域の方々は慰霊碑をきれいに清掃して冥福を祈っている。
また、スイスから観光に来ていた38歳の女性がやはり津波で亡くなっている。海のないスイスであるからもちろん津波の知識はなかっただろう。地域の方々は亡くなられた場所に慰霊のマリア像を建立した。
果たして、これらの教訓は現代の観光産業に生かされているだろうか。入込客数と観光消費額、特にインバウンド拡大に血道を上げながら、観光客を危機から守ることにどれだけ注力しているだろうか。
沖縄県の観光危機管理
次に、観光危機管理のコンサルティングを行っている㈱サンダーバード代表取締役の翁長由佳氏が、沖縄県の観光危機管理を中心に講演した。その講演内容が非常にインパクトがあったので、概要を紹介したい。
(1)どうして観光危機管理が必要?
・観光は危機に対して脆弱である。危機が発生するとヒトの交流や物流がストップする。 ・観光危機の影響は旅行のキャンセル等の物理的被害から、災害や事故などに巻き込まれた来訪者の死亡事故に至るまで幅広いので、様々な対応を想定する必要がある。 ・観光客は土地勘がなく、外国人の場合は文化も違い、言葉もわからないため、危機時には要配慮者になる。 ・観光客の1日も早い帰宅支援を行う必要がある。危機に遭遇した観光客は1日も早く帰りたいので、帰宅支援を行える観光地であること。また、ダメージを受けている地域から細やかな対応を必要とする観光客を返すことで、地域の早急な復旧復興に資する。
(2)観光産業は危機に弱い
アメリカ同時多発テロ事件(2001年9月11日)時には、沖縄県への旅行キャンセルが25万人を超え、そのうち修学旅行が約8割の20万人であった。米軍基地があることにより、沖縄も攻撃対象に含まれるとの風評被害により、保護者の不安が募ったためだ。
そこで、2001年11月から「だいじょうぶさぁ~沖縄」キャンペーンを実施した。県だけでなく、国、事業者も一緒になって2003年1月には市場も回復した。沖縄における業界一丸となった観光危機管理体制の基盤になった。
その後も、2003年SARS、2009年リーマンショック、2011年東日本大震災と、県外や海外で発生した事象によって、沖縄観光が大きなマイナスの影響を受けてきた。令和5年台風第6号では、国内線だけで2183便が欠航し、影響人員は33万4703人に上った。帰宅できない観光客はホテルだけでなく地域の避難所にも滞在した。
このことから、さまざまな危機に対し「安全・安心で快適な観光地」であることが、観光産業における雇用を守り、沖縄観光経済の持続的発展に不可欠な要素である。
(3)観光危機管理との出会
翁長氏が観光危機管理と出会ったのは、2011年に沖縄コンベンションセンター勤務していた時である。地震津波が発生した際、約3万人の人々を1.2㎞離れた公園まで避難させないといけない。普段は、地理を熟知しているスタッフだけで避難訓練をしていたが、土地勘のない人々が車の往来の多い道路を渡って避難するにはどうしたらよいか。初めて来場者を対象にした訓練では130人中、無事に避難できたのは10人以下だったという。その後、地震・津波対応のために事務所だけでなく委託事業者のスタッフも含めて全員で勉強会、訓練を重ね、体制強化を図った。
(4)沖縄の観光危機管理
沖縄県は2015年に「観光危機管理基本計画」、2016年に「観光危機管理実行計画」を策定し、2022年3月には上記2計画の改訂版を出している。しかし、県内の41市町村中、計画やマニュアルを作成しているのは未だ18市町村にとどまっている。
その理由として挙げられるのは、やはり予算不足、人不足だ(その中でもちゃんとやっているところは、やっていると思うが……)。
さらに定期的な人事異動で人や地域にノウハウが蓄積されにくく、担当が変わると「ゼロ」や「イチ」からのスタートになる。また、防災は防災・総務が担当し、観光は商工部局が担当するため部署間連携が課題になる(これも、役所におなじみの光景だ)。縦割りを排するには、トップの深い理解が必要ではないかと翁長氏は話した。観光団体・事業者には観光危機管理を意識した組織体制の見直し、たとえばシフトに沿った危機対応体制、地域との連携などが求められる。
翁長氏から最後に、「危機時に互いを助け合うとともに、そこに居合わせた観光客や言葉の通じない外国人も助けることのできる地域は、住民にも優しく、危機後に『安全・安心』で選ばれる場所になります」と地域力の強化の重要性を伝えるメッセージをいただいた。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。