「新・地方自治のミライ」 第55回 Jアラートのミライ

地方自治

2024.05.27

本記事は、月刊『ガバナンス』2017年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 北朝鮮が2017年8月29日5時58分ごろに弾道ミサイルを発射させ、日本の上空を通過して太平洋上に落下したという。このときに、国は「予定通り」に全国瞬時警報システム(以下、「Jアラート」)を起動させ、12道県計617市町村に発射情報などを送信した。しかし、消防庁によると、北海道・東北など9道県の計24市町村で、機器が作動しなかった。機器の設定ミスや機械の故障などが原因だったという(注1)

注1 共同通信2017年9月1日21:42配信。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170901-00050117-yom-soci
なお、校正中の2017年9月15日6時57分ごろにもミサイルが発射された。

Jアラートの概要

 Jアラートとは、弾道ミサイル情報、津波警報、緊急地震速報など、対処に時間的余裕がない事態に関する情報を国(内閣官房・気象庁から消防庁送信システムを経由)から送信し、市町村防災行政無線(同報系)などを自動起動させ、国から住民まで緊急情報を瞬時に伝達するシステムであるという(注2)

注2 総務省消防庁HP。http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList2_1.html

 Jアラートは時間的猶予のない事態の発生を国民に伝え、迅速な避難行動を促すことを目的とする。その特色は瞬時性と耐災害性という。瞬時性とは、市町村防災行政無線などを自動的に起動させるので、自治体職員の手を介さずに、国から住民に直接に情報を伝達できる。耐災害性とは、衛星回線と地上回線の2系統による情報受配信ができることなど、災害に強いという。07年から市町村への整備が進められ、Jアラート受信機は14年までに、Jアラート自動起動装置は16年までに、それぞれ全市町村に整備された。

 Jアラートでは、①弾道ミサイル情報②航空攻撃情報③ゲリラ・特殊部隊攻撃情報④大規模テロ情報⑤その他の国民保護情報⑥緊急地震速報⑦大津波警報⑧津波情報⑨噴火情報(居住地域)⑩噴火速報⑪気象等の特別警報⑫東海地震予知情報⑬東海地震注意情報⑭震度速報⑮津波注意報⑯噴火警報(火口周辺)⑰気象等の警報⑱土砂災害警報情報⑲竜巻注意情報⑳記録的短時間大雨情報㉑指定河川洪水情報㉒東海地震に関連する調査情報㉓震源・震度に関する情報㉔噴火予報㉕気象等の注意報、の25情報が配信される。このうち、①から⑪の11情報は、原則として市町村防災行政無線などを自動起動させることになっている。

国と「丸裸」の諸個人の直結

 近代国家は、国と諸個人から構成され、中間団体を排除する原理を有する。中間団体・自治団体による防御もない諸個人は「丸裸」として、国と直接に連結する。もちろん、現実に国が諸個人と連結するには、国の出先機関を諸個人の近傍にまで張り巡らさないとならない。こうして整備されたのが地方制度である。この出先機関が、国の中枢管理から一定の裁量を持つとき、国からは一定の自治を行う中間団体となる。これが、中央集権の近代国家から見た地方団体=自治体である。

 近代日本でも、国の出先機関を津々浦々まで整備し尽くすことはできない。それゆえ、従来からあるムラ(中間団体)に便乗しつつ、市町村を国の出先機関として使えるように整備してきた。例えば、市区町村は戸籍業務という、国の事務としか思えない事務を行っている。

 Jアラートは、いわば、国が「丸裸」の諸個人と直結しようとする仕掛けである。もちろん、Jアラートは、市町村によって受信されて、そこから防災無線(屋外スピーカー・個別受信機)、ケーブルテレビ、登録制メールなどを通じて住民に伝達されるので、市町村を通過する。とはいえ、上記11情報に関しては自動起動されるのであり、国と諸個人の直結という「近代国家の為政者の夢」の実現でもある。

「近代国家の為政者の夢」

 もっとも、こうした「近代国家の為政者の夢」は、すでにラジオ・テレビによっても、達成されていたとも言える。とはいえ、政府宣伝を無批判に放送することは、自由な近代(西側)国家では忌避されてきた。せいぜい、「公共放送」が限度であった。情報を採り上げるべきかどうかは、メディアの判断による。国が瞬時に伝達されるべきと考えて発信する情報が、本当に瞬時に伝達されるべき情報かは、本当は分からないからである。その意味では、「近代国家の為政者の夢」は道半ばであった。

 ICTの進展は、「近代国家の為政者の夢」をより現実的なものとしてきた。ホームページは、国がメディアを介さずに直接に情報提供できる。携帯端末を通じて、諸個人に情報をプッシュ(押付)できる。もちろん、携帯電話会社という媒体は存在するが、携帯電話会社が中身を取捨選択するのではない。実際、Jアラートでも、内閣官房からの武力攻撃情報などは、消防庁送信システムから携帯電話会社に流れて、そこから諸個人にメールで伝達できる。こうなると、国と諸個人の媒介としての地方自治制度も、必要性は下がってくる。もちろん、全ての諸個人が携帯端末を持っていないので、悉皆的な直結ではない。逆に言えば、「近代国家の為政者の夢」は、諸個人に携帯受信端末を埋め込み(または携帯を義務づけ)、強制的に受信起動させることまで及ぶのである。

二重の意味の「丸裸」の諸個人

 国の発信する重要な情報は、諸個人に迅速かつ正確に伝達されることが期待される。もっとも、国が必要かつ充分な情報を適時的確に発信するとは限らない。ある程度、時間的余裕があれば、メディアや言論・議会などで国の発信する情報について精査できよう。しかし、ことの性格上、瞬時・速報が重要であるとなると、検討の時間的余裕はない。

 Jアラートで、日本の領土・領海に落下する可能性があると判断した場合、①「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい。」②「直ちに避難。直ちに避難。直ちに頑丈な建物や地下に避難して下さい。ミサイルが落下する可能性があります。直ちに避難してください。」③「ミサイル落下。ミサイル落下。ミサイルが●●地方に落下した可能性があります。続報を伝達しますので、引き続き屋内に避難してください。」と伝達されるそうである(注3)

注3 内閣官房HP。http://www.kokuminhogo.go.jp/shiryou/nkjalert.html
なお、「頑丈な建物や地下」ではなく、「建物の中、または地下」の表現に、2017年9月14日に変更された。

 しかし、ミサイルは僅か数分で着弾すると想定され、そもそも、弾頭に何が装着されているか分からないなかで、どうしようもないというのが「丸裸」の国民の率直な感想である。つまり、このような情報を瞬時に伝達されることは、核シェルターでも持って、いつもその近くにいるのでもない限りほとんど無意味であろう。もちろん、ミサイル発射・落下を確認したら、国が直ちに公表することは重要である。しかし、瞬時を争って諸個人に直結すべき情報かといえば、疑いもあろう。つまり、ミサイルに関しても諸個人は「丸裸」にもかかわらず、あたかも役立つかのように宣伝して(注4)、国の為政者に対して情報直結という諸個人の「丸裸」を求めている。

注4 もっとも、いわば原子力災害版Jアラートである「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」は、フクシマ事故では機能しなかった。それもあって、2016年10月8日付原子力規制委員会「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の運用について」によれば、「緊急時における避難や一時移転等の防護措置の判断にあたって、SPEEDIによる計算結果は使用しない。(改行)これは、福島第一原子力発電所事故の教訓として、原子力災害発生時に、いつどの程度の放出があるか等を把握すること及び気象予測の持つ不確かさを排除することはいずれも不可能であることから、SPEEDIによる計算結果に基づいて防護措置の判断を行うことは被ばくのリスクを高めかねないとの判断によるものである」という。

「不沈空母」のうえの自治体

 もっとも、振り返ってみれば、米ソ冷戦時代から、仮想敵国からミサイルや爆弾が飛んでくるかもしれないと言うのは、当然の事態であった。「丸裸(丸腰)」は、B29爆撃機などによる空襲が1944年に開始されて以来、70年以上の戦中戦後日本の日常である。それが「不沈空母」(中曽根首相)に載る「非武装中立」(社会党)(注5)である諸個人および自治体・住民の宿命である。

注5 自治体・住民は、自衛権(武装権)も外交権(同盟権)もないので、必然的に「非武装中立」になる。

 自治体としては、ミサイルが飛んでくれば、フクシマ事故での全町村民避難に見られたように、それなりに対応を努力するだろう。しかし、それは悲惨な事態である。Jアラートでも、悲惨な事態を防ぐことは、期待できない。可能性があるとすれば、米ソ冷戦時のように、外交・防衛という国の本務によって、平和共存または抑止を達成するだけである。外交による事態収拾は自治体の仕事ではない。ミサイル発射にJアラートを使うのは、いわば、国の外交・防衛の失敗を、自治体の伝達ミスや住民の避難行動の失敗に転嫁するだけに終わるだろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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