徴収の智慧
徴収の智慧 第41話 滞納整理とマナー
地方税・財政
2019.10.17
徴収の智慧
第41話 滞納整理とマナー
元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二
マナーというもの
マナーと言えばすぐにテーブルマナーという言葉が思い浮かぶ。日本語に訳せば、食事の際の行儀作法ということになろうか。ほかにもビジネスマナーとか劇場での鑑賞マナーなどともいう。いずれの場合も、その言葉の背景には、「あるべきマナー(行儀)の姿」というものが想定されていて使われている。テーブルマナーで言えば、スープを飲む際に音を立ててすすらないとか、ナイフとフォークは、出てくる料理ごとに取り換えるなどであろうし、劇場での鑑賞マナーであれば、映画や音楽等の鑑賞を妨げるような振る舞いをしないということになるだろう。
転じて仕事の場面でもマナーというものは存在する。いわゆるビジネスマナーと言われるものである。細かな所作で言えば、お辞儀の仕方であるとか、名刺の渡し方などというものもあるが、ビジネスマナーの本質は、何といっても仕事を行う上で、相手を不愉快にさせないためのビジネスマンの心得とか配慮とでも言うべきものであろう。
そもそもマナーというものが生まれた背景には、コミュニケーションを円滑にし、人間関係を良好に保つことが、社会の中での共同生活のしやすさにつながるのだということに、多くの人々が共感している状況があるのではないか。それがいつしか共通の価値観にまで昇華し、生活の諸場面で「マナー」という「守るべき(規律よりやや弱い)習慣」として定着したのではないかと思う。
社会規範の中のマナー
さまざまな社会規範(ルール)の中で、法律は最も基本的なものであるし、最強の規範であるが、みんなが安寧に暮らし、そして気持ちよく仕事をしていくためには、それだけ遵守していればいいというものではなく、道徳やマナーのほか常識やエチケットなど法律の周辺にある諸々の「規範もどき」を活かしていくことが必要であるとの認識は、おそらく社会一般に共有されていることと思われる。
滞納整理とマナー
翻って滞納整理について見た場合はどうだろうか。果たして滞納整理のような権力作用を伴う行政事務についてもマナーのようなものはあるのだろうか。例えば文書による財産調査を想定してみてほしい。金融機関への預金照会や生命保険会社への保険の照会、あるいは滞納者の勤務先への給与照会などがごく一般的であろう。そして、これらの財産調査は、地方税だけでなく、国税についても行われるし、昨今では多くの自治体が公債権(強制徴収公債権)の滞納整理に力を入れていることも併せて考えると、その数は膨大なものになると想像される。滞納整理で行われる財産調査は、もとより無暗に行うべきではなく、いわゆる普遍的・一般的な調査はすべきではないものではあるが、「質問・検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右の質問・検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある徴収職員の合理的な選択に委ねられているものと解される」(昭和48年7月10日最高裁)から、照会の対象を、滞納者と債権債務の関係にある者に絞ったとしても、かなりの分量になることは避けられない。
しかし、だからといって各徴税機関等による照会が集中すれば、それに対して(法的)応答義務のある金融機関や生命保険会社等は、それへの対応に追われ、場合によったら、正常な業務に影響を及ぼしかねないのではないだろうか。例えば、金融機関で言えば、月末から月初にかけては取引先の決済や決算に伴う事務が集中する時期であり、そのような時期に徴税機関等からの照会が集中したりすれば、「何の影響もない」というところはあまりないのではないか。とりわけ経営規模がそれほど大きくないような中小の金融機関等では、経営体力的にも場合によったら厳しいものがあるように思う。
財産調査は、滞納整理を進めるうえで必要があって行っているのであるから、過度な自主規制はすべきではないが、必要性や緊急性、一度に行う分量、時期などを慎重に吟味検討して、真に必要なものについてのみ、時機を失することなく適切に行うことが、同時に(調査の)相手方に対するマナーでもあると思う。