マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
第6回 カフェ発 業務プロセス想定の難しさ 適切な情報管理のあり方とは?
ICT
2019.04.08
第6回 カフェ発 マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
カフェデラクレでの出来事
業務プロセス想定の難しさ 適切な情報管理のあり方とは?
個人情報を取り扱う様々なケース
ある日の午前中、都内文田区にあるカフェデラクレ(Café de la clé)。近くの大学では多くの講義が終わる時間帯だ。マスターの加藤がカウンターで一人、カップを洗っていた。
天気がよく、お客が多くなりそうな日である。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ。」
加藤が入り口に目を向けると、知っている顔が現れた。
「加藤さん、来月の町内イベントだけど、ある程度内容が固まったから協力してよ」
町内の商店街を仕切っている的場だった。的場は、商店街の中心にある文房具店を営んでいる。入り口にガチャガチャがあるため、小学生の帰宅時間帯には常に子どもたちが屯している。このご時世でもかなり流行っている店だ。
「いつものことですが、うち、商店街の中心から少し離れているので、あまり効果は期待できないと思いますよ」
「大丈夫だよ。ポスター貼ってもらうぐらいでいいから。ほら、これ」
「ポスターを貼るくらいなら全然問題ないですよ。他には?」
「今年からイベントで抽選会をやって、メールアドレスを集めようと思っているんだ。後から色々なクーポンを送ることで、販売促進に生かそうと思ってね」
ポスターには、“一等 ホームベーカリー 期間中に3000円以上お買い上げのお客様に応募券を進呈”と、目立つように下線付きで印刷されている。
「へえ、どうやってやるんですか?」
的場がカウンターに座ると、その前に加藤が水の入ったグラスを置いた。
「後でみんなに配るけどさ、各店に応募券を配っておいて、うちの店の前に応募ボックスを設置して、お客さんに応募券を入れてもらおうと思っているんだ。この店では、3000円以上は難しいだろうから、応募券は少なめでいいね」
確かにカフェのお客さんは、コーヒーだけの人がほとんどだし、ケーキセットやランチを頼んでも1000円しない。3000円以上かかる客はほとんどいないかもしれなかった。
「メールアドレスは、個人情報でしょ。取り扱いに気をつけなければいけないので、めんどうでは?」
「応募券には、“後で情報を使う”ってちゃんと書くから大丈夫だよ。でも、集めたアドレスのファイルを暗号化するぐらいは、考えないといけないかもしれないね」
的場がパソコンに詳しいということは町内で有名だった。ちょっと前までは、町内のお店から希望があれば、自作パソコンをつくってあげるなど、“便利屋おじさん”として活躍しているのを、加藤もよく知っていた。
「たぶん大丈夫だと思うけど、気をつけた方がいいですよ。今日はまだ来ていませんが、竹見先生に相談してみますか?」
竹見はこのカフェの常連だ。この地域にある帝都大学の元教授で、定年退職した後、毎日のようにカフェに来ている。
「フリーの暗号化ソフトはだいぶ前に触ってみたことあるし、鍵ファイルを別の媒体(*)におくようにしたりすればいいはずだから、竹見先生に頼むほど難しくはないと思う」
この後、的場は、加藤と世間話をしばらくしたあと、お店が混んできたのを機に帰って行った。
* * *
数日後、的場がカフェにやってきた。加藤に応募券を20枚手渡しながら「足りなくなったら取りに来てよ」と言った。
応募券には、“応募ボックスは文具のまとばの前”、“一等はホームベーカリー”といった賞品の名前と、氏名や住所、メールアドレスなどを書いてもらうための欄があった。そして、一番下に“記載された情報を今後のご案内等に利用することがあります”と書かれている。一見した限り、特に問題はなさそうに見えた。
お店の目立つ所に貼ってあるイベントのポスターには、“3000円以上お買い上げのお客様に応募券を進呈”の文字がカラーテープと紙の花を組み合わせた簡単な装飾で強調してある。デラクレでバイトをしている大学生の絵美が一工夫したようだ。
カランカラン♪
「 あ、竹見先生、いらっしゃいませ」
竹見をみかけた絵美が挨拶した。
「お、絵美ちゃん。こんにちは。今日は市倉君もいるのかい」
竹見は、カウンターで市倉の横に座った。
市倉は、絵美の同級生である。ちょっとした事件に巻き込まれ、絵美が図らずも助けた事件以来、すっかりカフェデラクレの常連になり、週に一回は講義が終わった後に顔を出していた。
「竹見先生、こんにちは」
市倉は竹見にゆっくりと頭を下げた。竹見も事件の際に手助けをしており、恩義を感じている市倉は毎回丁寧に挨拶をする。
「今年は、抽選会をするのかぁ。一等はホームベーカリー、最近流行っているからね。応募要件は3000円以上か」
竹見は、ポスターに気づくと、つぶやいた。
「先生、抽選会に応募しますか? この店だと3000円は無理ですが、常連さんなので、ちょっとオマケしますよ」
加藤が声をかけた。確かに竹見は、毎日のようにここでコーヒーを飲んでいるので、期間中の合計額は3000円を超える。しかし、一度の単価は決して高くない。
「まぁいいよ、ルールだしね。寄附金かねて、今日は僕も3000円狙うかな。市倉君、夕飯、ここで食べていかないか? 二人で食事をしてケーキも食べれば、さすがに3000円は超えるだろう」
「 お、もちろんです」
デラクレにしては高価な食事をしたことで、無事会計は3000円を突破し応募券を手に入れた。受け取った応募券を市倉に渡すと、必要事項を記入した市倉は、カフェをあとにしてそのまま文具のまとばへ向かった。
* * *
カラカラカラン♪
イベントから一ヶ月ほどたったある日、的場がカフェデラクレに飛び込んできた。
「竹見先生いる?」
*鍵の管理
暗号化した電子ファイル(平文)の安全性を保つには、平文を暗号化するための 情報を如何に安全に保つかが重要です。鍵さえ安全に管理すれば、たとえ暗号文が漏洩したとしても、元の平文の情報が漏れることはありません。現代暗号では、安全性は数学的に証明をされていますが、鍵を適切に管理していることが仮定された上の話です。この鍵管理に関して、身近な例をあげると、携帯電話で利用されているSIMカードは、この暗号のための鍵をより強固に保存するために利用されています。