いかに伝えるか―ジョブズに学ぶプレゼンスキル
キャリア
2019.04.19
第5回 首長査定 財政課案をどう伝えるか
今月の本『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』カーマイン・ガロ著
どんなにいいアイデアを持っていても、誰かに話さなければ宝の持ち腐れです。どんなにいいことを話していても、人にきちんと伝わらなければ意味がありません。
12月から1月にかけて、首長査定が行われる自治体が多いのではないでしょうか。その場では、財政課が調整した内容を首長に伝え、最終的な意思決定をしていただくことになります。
財政課査定案の内容及びその理由をしっかり理解していただき、首長に正しい判断をしてもらうためには、「いかに伝えるか」ということが大切になってきます。うまく伝えないと、コツコツ積み上げてきた査定案が水の泡になってしまいますし、予算要求課の真意も受け取ってもらえません。
では、どのようにして伝えたらいいのでしょうか。「一所懸命に話せばわかってもらえるはず」と思いたくなりますが、貴重な首長の時間をいただく以上、「なんとかなる」では物足りません。
こうした状況で問われるのが、うまく伝える技術です。小手先のテクニックに走ることは避けるべきですが、伝え方の根幹にある秘訣といったようなものは押さえておきたいところです。
そこで、今回お勧めする本は、カーマイン・ガロ著の『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』です。
故スティーブ・ジョブズ氏は、言わずと知れた米企業アップルの創業者。技術者、経営者、というより、ある種のカリスマとして急成長させました。そして、アップル製品の人気を高めるのに一役買っていたのが、ジョブズ氏によるプレゼンテーション。単なる製品発表会という枠組みをはるかに超え、世界を魅了するエンターテインメントとして熱狂的に受け入れられていました。
本書では、プレゼンテーションやコミュニケーションのスキルをコーチするプロである著者が、ジョブズ氏のプレゼンを分析し、多くの人に使えるように噛み砕いて解説しています。著者は、「ジョブズの準備の仕方やプレゼンテーションのやり方を正確に学びさえすれば、誰でも、あのすごい力を使えるようになる」と書いています。
学びポイントその1‥首長査定とプレゼンテーションの共通点
目的も進め方も全く違いますが、首長査定の場も「意思決定を引き出すために何かを効果的に伝える」という点はプレゼンテーションと共通しています。ですから、プレゼンについて学ぶことで参考になる点が多々あります。
例えば著者は、ジョブズ氏のプレゼンは、「体験を生み出す」ことを目指していたと分析しています。確かに、一度聞いただけでは覚えられないかもしれませんが、体験すればぐっと理解が深まりそうです。
予算案を説明する際に、体験まで首長にしてもらうのは難しいでしょう。しかし、口頭や文字による説明だけではなく、その事業を表す映像や写真を見てもらったり、場合によっては実物を用意したりすれば、実感として理解していただけるでしょう。
また、ジョブズ氏は禅に傾倒していたそうです。禅から導き出されたプレゼンのスタイルは、「シンプルさ」を追求することでした。いろいろな言葉を弄するのではなく、ものの本質を突き詰め、それを一言で表すことにこだわったといいます。その姿勢が、iPodを表す「1000曲をポケットに」といった優れたキャッチフレーズを生みました。
首長も、知りたいのは長々とした能書きではないと思います。「要は何なのか?」ということを簡潔に説明してもらいたいと考えておられるはずです。アップルは、「簡潔」「具体的」「利用者にとってのメリットがわかる」といったことを念頭においてキャッチフレーズを考えているとのことで、こちらも大いに参考になりそうです。
さらにジョブズ氏のプレゼンは、「人を説得するステップ」を踏んでいたと言います。シンプルさを突き詰めてはいますが、商品の良さを独りよがりにまくしたてるわけでも、性急に購買をあおっているわけでもありません。きちんと段階を追って話を進めているのです。
首長査定においても、財政課案を何とか通したいという気持ちはあっても、それにこだわってしまうとおそらくうまく伝わりません。
学びポイントその2‥制約の乗り越え方
ここまで書いたように、プレゼンの技術を応用できる点はいくつもありますが、一方で首長査定独特の制約があるのも事実です。それは例えば、以下のような内容です。
〇制約1‥時間が短い
首長のスケジュールを縫って、小間切れの短い時間で対応する必要があります。
〇制約2‥扱う情報が多い
行政の扱う広い範囲について説明することが求められます。
〇制約3‥専門ではない人間が伝えなければならない
事業を行っている所管ではなく、携わっていない財政課が伝えなければなりません。
このように、数多くの事業を限られた時間で次々に説明していかなければならない首長査定は、いろいろな仕掛けを施しながら山あり谷ありの展開で楽しませるプレゼンとは、異なる点があるのも事実です。それでも、ジョブズ氏のプレゼン技術のエッセンスは、制約を乗り越えるうえでも有効です。
「時間が短い」という制約は、伝え方に工夫が求められるということです。ジョブズ氏の講演では数字をただの数字としてではなく、「ドレスアップ」して伝えていたと言います。例えば、「iPodの記憶容量が30ギガバイトに増えた」ではなく、「音楽なら7500曲、写真なら2万5000枚、動画なら75時間分を持って歩ける」と話すのです。装飾することによって数字の意味が具体性を持って伝わります。
「扱う情報が多い」という制約は、一定のテーマに絞れるプレゼンとの違いですが、「シンプルに」「実質的に」「受け手に寄り添って」伝えるという基本は同じでしょう。首長が知りたいと考えていることについて、丁寧に整理しておく必要があります。
「専門家ではない」という点は財政課にとって大きなハンデですが、ジョブズ氏もすべての技術に精通していたわけではありません。いろいろな人の協力を得ながら、時間をかけた十分な準備をすることで対応していたと言います。稀代のカリスマであるジョブズ氏でさえそこまで備えていたのですから、我々はそれ以上に事前準備に努めるべきでしょう。
首長にとって、自治体にとって、予算は非常に重要なものです。よりよい予算を作るためには、正しい判断を積み重ねていく必要があります。正しい判断をするためには、正確で有意義な情報を、簡潔にわかりやすく首長に伝えなければなりません。
そのために、故スティーブ・ジョブズ氏のプレゼンの技法から、きっと盗めるものがあるはずです。
【今月の本】
『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』カーマイン・ガロ 著、井口耕二 訳
(日経BP社、2010年、定価:1,800円+税)