自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

本気の住宅耐震化を訴える│自治体の防災マネジメント 第118回

NEW地方自治

2026.08.19

≪ 前の記事 連載一覧へ
時計のアイコン

この記事は3分くらいで読めます。

★「自治体の防災マネジメント」は「月刊 ガバナンス」で連載中です。本誌はこちらからチェック!

月刊ガバナンス 2026年1月号

月刊 ガバナンス 2026年1月号
特集1:祭りと地域/コミュニティ
特集2:引継ぎは一日にして成らず
編著者名:ぎょうせい/編
販売価格:1,320 円(税込み)
詳細はこちら ≫

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2026年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 2025年12月8日23時15分頃に青森県東方沖地震が発生した。地震の規模はM7.5、青森県八戸市で震度6強を観測した。その後、北海道太平洋沿岸、青森県、岩手県に津波警報が発表され、さらに宮城県・福島県などを含む広域に津波注意報が発表された。午前2時、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が初めて発表された。地震発生後1週間程度は相対的にM8クラスの地震の発生確率が高いという注意情報で、過去の世界の地震をみると100回に1回程度の発生率である(*1)

*1 出典:内閣府HP、報道発表資料「北海道・三陸沖後発地震注意情報について」(2025年12月9日午前2時)

 私は政府がこういう準備をきちんと発信していたことに心から敬意を表したい。東日本大震災2日前にM7.3の地震が発生していた教訓を生かしたもので、社会生活への影響といった課題を乗り越え、制度化していた。これにより、国民の関心が高まり、災害への備えが進むことが期待される。

 ただ、100回に1回程度の確率であるから平均して99回は外れる情報である。住民が警報慣れして、避難しなくなることが心配だ。そこで、リスクコミュニケーションが極めて重要になる。メディア情報に加え、防災教育や防災学習、避難訓練などの場を通じ、人々の避難・防災意識を維持することが肝要である。

壊れる家は命を奪う

 津波から命を守るという観点では、避難の話が中心になる。しかし、住宅が倒壊して下敷きになれば避難はできない。

 能登半島地震の発生から2年になる。地震、津波による死者は全体で691人を数え、うち直接死は228人、災害関連死は463人にのぼる(*2)。直接死のほとんどは住宅の倒壊と、津波被害に遭われた方々である。関連死のほとんどは高齢者とみられている。したがって、人命を守る防災の最重要政策は、住宅耐震化、避難支援、高齢者等の避難生活支援である。このうち、住宅の倒壊が最初の被害をもたらし、避難を妨げる要因となる。奥能登4市町の強震動地域の人口はわずか6万人強で、これだけの被害が出たことに大きな驚きがある。

*2 出典:石川県HP(2025年12月4日現在)

 さらに、住宅の損壊は関連死にもつながる。家族との別離、移動困難、不衛生な環境、食事や水分の不足、医療・福祉機関の損壊、コミュニティ崩壊など一連の生活基盤の喪失を招く。耐震化の不十分さが、直接死と関連死の双方を生み出すのだ。

 奥能登地域では旧耐震住宅の割合が極めて高かった。総務省2018年調査では、旧耐震住宅率は全国平均の29%に対し、珠洲市が65%、能登町が61%、輪島市が56%である。

耐震化が進まない最大の理由

 国土交通省の耐震化アンケート(図1)では、耐震化が進まない理由として次の2つが最も多かった。

図1
アンケート結果

・費用負担が大きい
・古い家にお金をかけたくない

 これらは、耐震化を進めたくても経済的に不可能な層の存在を示す。また、もう1つ深刻な問題がある。多くの住民は、そもそも耐震基準の変更の年を知らず、自宅がどの耐震基準で建てられたかを知らない。しかも、実は行政職員もよく知らない。私は、防災担当職員(多くは事務職)研修を数多く行ってきたが、旧耐震と新耐震の基準がいつ変わったかを答えられる人はほとんどいない。

 知らなければ耐震化の決断をできないのは当然だ。耐震性能に関する情報不足こそが、日本の耐震化停滞の構造的要因である。そこで、住宅広告、売買・賃貸契約、税制度、保険、住宅ローンなどあらゆる機会に耐震区分を明示させる情報開示義務化が不可欠である。

耐震基準は命を守る最低基準

 住宅の耐震基準は、地震大国日本において国民の命を守るために国が決めたナショナルミニマムである。大地震のたびに基準は見直され、2000年基準を満たす住宅は、倒壊率が極めて低い。しかし現行制度では、この最低基準に達していない住宅の改修を原則として個人負担で行う仕組みになっている(応益負担)。これは教育・医療・福祉において、低所得者にはナショナルミニマムをほぼ公費で保障していることと対照的である(応能負担)。

 そこで、収入の多寡にかかわらず、一定基準までは全額公費で耐震改修できる制度を提案する。実際、高知県ではこれにより高い成果をあげている(図2)。耐震改修工事の収入は多くが建築士や工務店の手元に残り、地域活性化や税収向上にもつながる。そうした側面を念頭においてもいいだろう。

図2
実績
達人塾ねっと・川端寛文氏提供資料

 なお、多くの自治体は耐震化助成の対象を1981年基準だけに限定しているが、不十分だ。2000年基準では接合金物や基礎仕様など構造の信頼性に直結する要素が大幅に手直しされており、助成対象を2000年基準直前まで拡大することは合理的である。また、この時期の住宅はそれほど劣化が進んでおらず、工事費用も相対的に安くなる。

 耐震診断を受けても、施工まで至る住民は多くない。理由は次のようなものだ。

・どの業者が適切かわからない
・工事費の見通しが立たない
・複数見積の比較が難しい
・工事中の生活が不便だ
・行政や金融機関での手続きが煩雑
・適切な説明が不足している

 つまり住民は、耐震化の入口には立てても、出口まで歩き切れない。これが日本の耐震改修の姿である。必要なのは中立的な立場から住民を支える伴走支援であり、行政・建築士・工務店などによる信頼性の高い、顔の見えるプラットフォームだ。

耐震化は「危機管理投資」──事後ではなく事前に動く社会へ

 耐震改修費は数十~百数十万円で済むことが多い。一方、地震後に支払われる公費は桁違いだ。

 能登半島地震では、仮設住宅の建設に1戸あたり1500~2000万円超がかかると聞く。加えて、倒壊住宅の解体撤去、災害廃棄物処理、仮設住宅の撤去、災害公営住宅の建築、生活再建関連の公費など、膨大な費用がかかる。これが、南海トラフ巨大地震、日本海溝・千島海溝沿い地震、首都直下地震など国難災害級の地震になれば、人命はもとより、いかほどの経費がかかるだろう。

 耐震化は、災害後の巨額支出を事前に回避するための最も効率的な危機管理投資である。住民にとっても、住宅を失うことは命の危険を伴い、建物を失う以上の損失になる。住まいは生活・経済・健康・尊厳の土台である。少しの費用で命・財産・生活を守れるなら、事後ではなく事前に動くべきだというのは、合理性を超えて倫理的な判断である。

本気になれば、救える命がある

 住宅が壊れれば、命が失われる。生活が破壊され、尊厳が奪われる。能登半島地震が示したのは、住宅耐震化こそ最も確実で費用対効果の高い命の政策であるという事実である。

 大地震は必ずくる。しかし、家の倒壊と大量の関連死は必ず防げる。今こそ耐震化を「個人の努力」から「社会全体の責任」へ転換する時である。高知県が示したように、本気になれば実現できる。本気になれば、救える命がある。

 日本は「被害が出てから公費で支援する社会」から「被害を出さない国家」へと進まなければならない。

 

著者プロフィール

跡見学園女子大学教授
鍵屋 一 かぎや・はじめ


1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

★「自治体の防災マネジメント」は「月刊 ガバナンス」で連載中です。本誌はこちらからチェック!

月刊ガバナンス 2026年1月号

月刊 ガバナンス 2026年1月号
特集1:祭りと地域/コミュニティ
特集2:引継ぎは一日にして成らず
編著者名:ぎょうせい/編
販売価格:1,320 円(税込み)
詳細はこちら ≫

 

≪ 前の記事 連載一覧へ

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

鍵屋 一

鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

閉じる