マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会

山口 利恵

第19回 カフェ発 暗号を公開するって? 公開鍵暗号と共通鍵暗号(2)

NEWICT

2019.06.19

第19回 カフェ発マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会

暗号を公開するって?
公開鍵暗号と共通鍵暗号(2)

『自治体ソリューション』2017年10月号

インターネット時代の暗号イメージとは

 ある夏の午前、都内文田区にあるカフェデラクレ(Café de la clé)。今年初めての台風が来るという天気予報がある日で、店では常連の竹見とマスターの加藤の二人だけだった。

* * *

カランカラン♪

「いらっしゃいませ。」

 マスターの加藤が顔を上げ、声をかけた。

「こんにちは。今日はお二人ですか?」

 帝都大学に通う市倉だった。このカフェでアルバイトをしている絵美の同期で、刑事事件への関与を疑われたところを竹見に助けられて以来(注1)、この店によく来るようになった。

「うん、絵美ちゃんには今日は来なくて良いと言ったんだよ。外の風もずいぶん強くなってきただろう。」

「講義について絵美さんに質問したいと思ったんですが、お休みじゃ仕方ないですね。またにします。」

 そう言いつつ、カウンターに向かってきた。

「あ、竹見先生、おいしそうですね。」

 市倉は、竹見の皿を覗きながら言った。皿にはハッシュドビーフが半分残っていた。

「うん、もちろんおいしいよ。」

 竹見がにっこりほほえんだ。

「では、僕もお願いします。」

 加藤はその声を聞くと、先ほど洗ったばかりの小鍋を手に取った。

「最近、ハッシュドビーフを見る度に、暗号の講義を思い出します。」

 市倉は鞄を置きながらカウンターに座った。

「おや、さっきも同じセリフを聞いたな。」

 竹見は加藤と目を合わせた。

「ちょうど暗号の話をしていたところなんだ。」

 加藤は大鍋から小鍋に一人分をわけ、火にかけると、市倉に水の入ったグラスを出した。

「あ、そうなんですか。どういう話ですか?」

 市倉は興味深そうに尋ねた。

「単純にまとめると、暗号の歴史。昔の暗号は割と暗かったが、最近は明るくなったって感じかな。」

「暗号に暗いイメージないですけどね。チューリングの可哀想な話も聞きましたが、生まれた時代が違えばなぁ、という感じですし。」

 市倉は水に口をつけながら言った。

「インターネットを当たり前に使うのであれば、暗号とか必要だと思うんですよ。」

「うん、そうだね。」

 竹見はうなずいた。

公開鍵暗号と共通鍵暗号の使われ方

「ネットショッピングするときに鍵マーク(*)とかないと、クレジットカードの番号とか入れられないですよ。うちの親とか全然気にしてなさそうで怖くて。」

「そのとおりだね。なかなか全世代に理解が及ばないことも多いからね。」

 竹見が言った。加藤が鍋を回しつつ、冷蔵庫からサラダを出し、ドレッシングをかけ、市倉の前に置いた。

「インターネット上は、公開鍵暗号っていう便利なものがものすごく活用されているのに共通鍵暗号の利用、減らないですし。」

 市倉はサラダに手をつけようとしながら言った。

「おや?」

 竹見と加藤が顔を上げた。

「なんか、僕、変なことを言いましたか?」

「今、共通鍵暗号がいらない、と、聞こえたんだが。」

 竹見が尋ねた。

 あ、違うんですか?共通鍵暗号は、レガシーとして利用されているんですよね。」

「それは間違った理解だな。」

 竹見は、ほとんど食べ終わりかけたハッシュドビーフを口にしつつ言った。

「今でも共通鍵暗号は現役で利用されているよ。」

「銀行の専用ネットワークとかでの利用という意味ですか?」

「いや、さっき話をしていたインターネットの暗号化も共通鍵が利用されているよ。」

「え?公開鍵暗号じゃないんですか?RSAが利用されているって講義で聞いた気が。」

「うん、それも正しい。」

「両方利用されているってどういう意味ですか?古いブラウザでは使われているとかじゃなくて?」

「いやいや。公開鍵暗号は、鍵交換に。文章の暗号化は共通鍵暗号。」

「え?」

「その様子だと、SSL(注2)の理解が正しくないな。あのあたりは、ハイブリッドだよ。」

「ハイブリッド、って両方使うっていう意味ですか?」

 加藤は、竹見の言葉に頷きながら、鍋を回していた。

「うん、公開鍵暗号の利点はなんだね?」

「鍵を公開できるということ?」

 市倉は不安そうに答えた。

「そのとおりだ。その結果?」

「不特定多数の人との鍵交換がやりやすくなる。なので、インターネット上では公開鍵暗号が利用されている。」

「お、一応講義は聴いているんだな。その分の欠点はなにかね?」

「計算が遅いとか、鍵が長い、とかですか?」

「そこも正しい。それに対して共通鍵暗号は?」

「計算は速い、鍵は短い。」

「そのとおりだ。両方の利点をあわせると?」

「あ、そうか、共通鍵暗号でつかう鍵を公開鍵暗号で暗号化して送れば、本文の暗号化は共通鍵暗号になるのか。」

「うん。そのとおりだ。」

 竹見はそれを言うと、皿に残った最後の一口を口に入れた。

「正直、もっとちゃんと聞いておけばよかったな、と、また思いました。あんな事件に巻き込まれることもなかったかもしれないし。」

 市倉はうなだれながら言った。

「学生のうちに気づけただけ偉いよ。卒業してしばらくして、やっと気がつく人がほとんどだと思うよ。」

 と、竹見はつぶやいた。

 

(注1) 『自治体ソリューション』平成28年8月号、ぎょうせい。本連載 第5話「トロイの木馬 大学生が犯行予告?」参照

(注2)Secure Socket Layer のこと。インターネット上でデータを暗号化する仕組み(プロトコル)として定められている。

*鍵マーク
 現在利用されている主要なブラウザでは、SSLの暗号化が適切に行われている場合には、鍵のマークが出てきます。正しく暗号化がされているかの目安になるので、クレジットカードの番号など重要な個人情報を入力する場合には注意深く見て下さい。

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山口 利恵

山口 利恵

東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャルICT研究センター特任准教授

2003年津田塾大学理学研究科数学専攻修士課程修了。2006年東京大学大学院情報理工学系研究科博士後期課程修了 博士(情報理工学)、独立行政法人 産業技術総合研究所 研究員。内閣官房情報セキリュティセンター員兼務を経て2013年から現職。主な研究テーマである「ライフスタイル認証・解析」に関する各種講演やセミナーの登壇者として、また、「Society5.0を見据えた個人認証基盤のあり方懇談会」構成員を務めるなど、多方面で活躍中。

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