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自治体DXナビ DXの「現場」(後編)─愛媛県・市町協働事業「高度デジタル人材シェアリング業務」の現場から

地方自治

2025.11.20

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この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊 J-LIS」2025年7月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

自治体DXナビ
DXの「現場」(後編)
─愛媛県・市町協働事業
「高度デジタル人材シェアリング業務」の現場から

チーム愛媛DX推進支援センターセンター長 渡部 久美子

この記事は前・後編の「後編」です。「前編」の記事はこちらから!
自治体DXナビ DXの「現場」(前編)─福島県磐梯町で見つけた、人とデジタルの交差点

 前編では、福島県磐梯町での“対住民”のDX実践をお伝えしました。後編では、愛媛県における“対職員”の現場、チーム愛媛DX推進支援センター長として、市町職員や専門官との関係づくり、取り組みをどう進めてきたかをご紹介します。

全国初! チーム愛媛の取り組み

 愛媛県では、2022年度から県と県内20市町が連携して「高度デジタル人材シェアリング業務」をスタートしました。この業務は、各自治体が単独で高度なデジタル人材を確保することが難しい現状を踏まえ、外部の専門人材を県と市町で共同活用することで、広域的にデジタル人材の知見やスキルをシェアする全国初の取り組みでした。

 業務の核となる「チーム愛媛DX推進支援センター」では、専門官による現場訪問やワークショップ、オンラインでの相談・助言を通じて、市町職員が最新のデジタルノウハウや実践的な知見を直接学べる環境を整えました。また、サマーキャンプやウィンターキャンプなど、市町を超えた学びの場を設けることで、職員同士のネットワーク構築や課題解決のスピードアップを実現しました。この仕組みにより、各市町は人材確保コストや負担を大幅に軽減しつつ、全庁的なDX推進や職員のスキルアップ、自治体間の協働による新たな施策創出など、自治体にとって大きな価値を生み出しました。

プロジェクトの要は丁寧な対話と信頼構築

 「高度デジタル人材シェアリング業務」は、県と20市町が連携し、専門性の高い人材を複数の自治体でシェアしながら、市町のDXを底上げすることを目的とした、全国初の取り組みでした。前例がないからこそ、挑戦と失敗の連続。私はこの2年間で、生みの苦しみと、その裏側にある面白さややりがいを数え切れないほど経験しました。「この取り組みは、いつか日本全国のスタンダードになる」。そう確信していたからこそ、仲間とともに幾度となく試行錯誤を繰り返してきました。

 この業務を推進する核となる組織として「チーム愛媛DX推進支援センター」を立ち上げました。センター立ち上げ当初、私が何よりも重視したのは、市町との信頼関係の構築でした。20の市町はそれぞれに歴史や文化、業務のスタイルも異なり、DXへの関わり方にも温度差がありました。だからこそ、私はまずすべての市町とオンラインで向き合い、職員の皆さん一人ひとりの声を直接聞くことからスタートしました。制度や機能の導入以前に、「職員の声に耳を傾ける組織であること」。この姿勢を共有することが、後の横のつながりを支える土壌になると信じていました。私はこのプロジェクトにおいて、自分自身を「全体の盛り上げ隊長」と位置付け、空気を作ることに徹しました。

 各分野に配置された専門官は、それぞれの得意領域を活かして市町を訪問し、実務を支援しました。私は、彼らと市町との“間”に立ち、相互理解と信頼構築の橋渡しを担ってきました。専門官が動きやすいように調整するだけでなく、市町側の温度や不安に寄り添いながら、支援設計を柔軟にチューニングしました。市町によっては、導入よりもまず意識の醸成が必要だったり、職員が参画することに一工夫が必要だったりする場面も多くありました。そういった時は、私自身が現場に入り、対話を繰り返し、ともに汗をかくことで、少しずつ信頼の芽を育てていきました。

 例えば、ある市で職員が「何から始めたらいいかわからない」と戸惑っている様子があった際には、専門官とともに丁寧なヒアリングを重ね、一緒に業務の棚卸しの方法や課題の可視化、方向性の整理等の支援を行いました。そのプロセスの中で、「これなら自分たちでもできそう」と前向きな声が出てきた瞬間、伴走支援の意味を実感しました。対話と信頼があって初めて、デジタルは人の手に馴染むのだと、改めて感じています。

組織の枠を超えた学びの場をつくる

 組織や自治体の枠を超えて「学びを共有する」ことも、センターの大切なミッションでした。私たちは、市町への個別研修、市町合同のワーキング、定期的な情報交換会など、複数の“学びの場”を設計しました。

 サマーキャンプも開催して、市町を超えて職員同士が混ざり合い、実際の業務課題をテーマにディスカッションを重ねました。役職や年齢を超えて本音で意見が交わされるこの空間には、互いを認め合う空気が自然に生まれていました。

 また、KPT(Keep・Problem・Try)法を活用した振り返りも、成功や失敗を持ち寄って“みんなでよくする”姿勢を育てる重要な仕組みでした。この場を通じて、市町職員が「自分だけが悩んでいるのではない」と安心し、前に進む力に変えてくれていたことが何より嬉しかったです。

 研修の運営も、回を重ねるにつれて進化させました。はじめは、受託者だけで考え、徐々に事務局と一緒に設計するようになり、2023年度のサマーキャンプでは、市町職員の立候補者による企画運営メンバーを構築しました。何度もお互いの想いを共有し、みんなで知恵を絞りました。夏なので、お祭りのような活気のある会にしよう! と考え、企画運営メンバーで手拭いを用意して身に着けました。

自治体DXナビ15 サマーキャンプの様子
全力で1日を終え、お祭り後のような達成感に包まれた企画運営メンバー

デジタルの中に流れた“人のあたたかさ”

 私自身がセンター長を担当した2年間、このプロジェクトを通じて「チームとは何か?」「チーム愛媛とは何か?」という問いをずっと考えてきました。ですが、その答えを定義したり言葉で示したりすることには、あえて踏み込みませんでした。誰かが決めた“定義”ではなく、関わった一人ひとりが、感じて、育てて、体感するプロセスこそが大事だと思ったからです。だからこそ私は、“答えをつくること”より、“感じ合える場を育てること”を意識してきました。

 任期最後に開催した合同研修は、最もデジタルツールを活用した会でした。参加者全員がPCやタブレットを持参し、MiroやZoomを使ったワークショップを実施。誰もが自然にツールを使いこなし、まさに「デジタルを自分の言葉で語れる」職員の姿がそこにありました。けれど、私が最も印象に残っているのは、ツールの中に流れていた“人のあたたかさ”です。久しぶりに会った職員同士が笑顔で挨拶し、手を取り合い、新しい仲間を紹介し合っている。オンラインツールが溢れている中でも、そこには確かに“信頼”と“つながり”がありました。デジタルを使っているのに、どこかアナログなやさしさに包まれていた空間でした。

自治体DXナビ15 合同研修の様子
合同研修の様子

“人の変化”がDXへの第一歩

 私が担当した2年間は、機運醸成と体制整備のフェーズでした。ゼロからイチをつくるために、数え切れない試行錯誤と挑戦を繰り返し、市町間の職員同士が“人と人としてつながる”ための土壌づくりに全力を注ぎました。

 今や、人材シェアリングの枠組みは愛媛県にとどまらず、全国各地の自治体でも展開され、年々広がりを見せています。それと同じように、デジタル技術も絶えず進化し、デジタル人材の活用方法や自治体が抱える課題も日々変化しています。

 大切なのは、制度や仕組みを導入すること自体を目的とするのではなく、その先にある「誰の、どんな変化や成長を支えるのか」という視点を持ち続けることだと思っています。現場で今、何が起きているのか、その現実を自分自身の目と耳、五感すべてを使って確認し、対話を重ねながら、今後の事業の推進に活かしていきたいと考えています。

 DXという言葉は時に、大きな変革や革新を連想させます。けれど私が現場で見てきたのは、もっと小さくて、もっと確かな“人の変化”でした。誰かが前向きな一歩を踏み出す、その瞬間を支えること。その一歩が、やがて町の、組織の、そして社会のDXにつながっていくと私は信じています。これからも私は、日常のそばで、誰かの変化に寄り添いながら、DXを根付かせていく現場に立ち続けたいと思います。

Profile

渡部 久美子 わたなべ・くみこ
ソフトバンク株式会社にて業務改善プロジェクト等のマネジメントに従事。出産後に退社し、個人事業主を経て法人代表に就任。福島県磐梯町地域プロジェクトマネージャーに着任し、家族で移住。行政業務と並行し、愛媛県チーム愛媛DX推進支援センター長、真庭市共生DX技術責任者などを務める複業人材として活動。2024年よりニュージーランドへ拠点を移し、自治体関連業務をフルリモートで継続中。

 

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