政策課題への一考察 行政におけるテクノロジー活用を失敗に終わらせないために(上)

NEW地方自治

2020.04.03

政策課題への一考察 行政におけるテクノロジー活用を失敗に終わらせないために(上)
石井 大地(株式会社グラファー代表取締役CEO)

月刊『地方財務』2019年12月

1 流行に翻弄されずに、本質的な効果を追求する

 過去10年の間に、スマートフォンが爆発的に普及し、大多数の人々がインターネット・サービスを利用するようになった。仕事や生活のあらゆる場面にテクノロジーが浸透し、人々の行動様式を急速かつ大胆に塗り変えてしまった。もはやこの大変化から逃れることのできる産業領域は1つも存在しないといって良いだろう。メディアやEC、ゲームといった領域から発展したデジタルテクノロジーは、今や製造業、建設業、農業、医療、法律、不動産、金融などの領域へも確実に浸透しつつある。

 当然のことながら、従来は紙の書類や対面での窓口サービスが中心であった行政の世界においても、デジタルテクノロジーを通じた革新的な取り組みが始まっている。「Govtech(*1)」と呼ばれる、行政におけるテクノロジー活用のムーヴメントは、今や確かなトレンドとなり、中央省庁や地方自治体をはじめとする公共セクターの強い関心を惹いている。これからの行政機関は、電子申請や窓口業務のデジタル化などを通じ、住民サービスの高度化と行政機関の業務効率化を果たしていくことが期待されている。

 筆者は、行政サービスのデジタル化を手がける株式会社グラファー(*2)の代表として、企業や個人向けに、行政手続きを便利に行える各種のウェブサービスを提供してきた。またその知見を活用し、地方自治体や中央省庁に対し行政サービスのデジタル化に関するソリューション提供や政策提言などを行ってきた。また、公式・非公式の数多くの行政関係者らの会合に招かれることが多く、そこで幾多の行政デジタル化プロジェクトのあり方について多くの方と議論を交わしてきた。

 本稿では、そうした活動の中で見出した、行政機関がテクノロジー活用を推進する際に知っておくべきいくつかの原則を紹介したい。これらの原則は、具体的な「to do」や「how to」というよりも、今後増大する行政のデジタル化プロジェクトにおいて失敗しないための思考の枠組みと思っていただけると嬉しい。これから行政のデジタル化に本腰を入れようとしている官公庁の職員の方や、そうした方と協働する企業の方の参考になれば幸いだ。

 なお、Govtechの具体的な事例等については、既に他誌や当社のウェブサイトにて積極的に対外発信しているため、本稿では割愛させていただく。興味のある方は、当社ウェブサイトもしくは各種行政関連専門誌を参照されたい。

2 凡庸な技術を適切な課題に適用する

 新たなテクノロジーが出現し、それが一種のトレンドとなって急速に普及することは、社会に様々な便益をもたらす。例えば、「Fintech」という言葉に象徴される多様なデジタル金融サービスが普及したことで、家計管理や決済、投資商品の購入といった金融活動がより身近に、便利に行えるようになった。従来は、大手金融機関に口座を作り、窓口に行かなければできなかったようなことを、スマートフォンアプリを使って誰もが簡単に、安価に実行できるようになったことは大きな進歩と言える。

 一方で、このような技術トレンドに乗ることが自己目的化し、投入したコストに対して適切なメリットを享受できないケースも少なくない。ビットコインなどの仮想通貨やブロックチェーンのような台帳管理テクノロジー、あるいはAI、チャットボット、サブスクリプションなど、様々な技術やビジネスモデルがもてはやされ、多くの新興企業が、意識的あるいは無意識的に、これらの言葉を宣伝文句にビジネスを拡大しようと試みてきた。こうしたブームは大抵、以下のような軌跡をたどる。

  • 1.新興企業が、特定のキーワードを宣伝文句として掲げ始める。
  • 2.行政機関や大企業が、そうした新興企業と契約し、実証実験を始める。
  • 3.メディアがそうした取り組みを取材・発信し、それを見てさらに多くの組織が当該領域に参入する。
  • 4.しかし、顕著なビジネスメリットを生む事例はなかなか現れない。
    実証実験から本格運用に至ることがなく、大半のプロジェクトがとん挫する。
  • 5.多くの組織のリーダーが当該技術トレンドに対する投資に否定的になり、投資の打ち切りや人員の再配置を行う。
  • 6.売上獲得が難しくなった多くの新興企業が事業継続を断念する。
  • 7.しかし、一部の新興企業は、そうした技術トレンドを適切に活用できるニッチを発見し、事業を拡大させる。

 

 身もふたもない話だが、このようなトレンド志向型のプロジェクトや新興企業はその大半が失敗する。成功するのは、新しく登場した技術と、企業や社会が抱えている課題が適切に結びつき、そこに適切なビジネスモデルが組み合わされた場合に限られる。このような適切な参入プロセスを経た企業は事業を急速に拡大させ、失敗する競合企業・類似企業を横目に成長を続ける。しかしそのような企業は通常、非常に少ない。

 人は未来に対する変化を期待する、革新的な新たなテクノロジーが出現したときに、「この技術がすべてを変える!」という非合理的な期待を抱きがちだ。しかしそのような万能の技術がそれほど簡単に見つかるはずはない。多くの人が、自ら新しい技術を生み出すことより、トレンドに乗ることに躍起になってしまうのは、技術を活用して価値を生むのが非常に難しいことのこれ以上ない証左である。

 新たな技術の発見と、その技術が生み出す価値がただちに直結しないことは歴史が証明している。蒸気エネルギーを活用した原始的な蒸気タービン(ヘロンの蒸気機関)が発明されたのは紀元前とも言われる。しかしそれは、神の存在を示すためという名目の小さな見世物に過ぎなかった。我々が知るような産業用途で蒸気機関が使われるようになったのは17世紀後半である。発明から千数百年の間、人々は蒸気の持つ巨大な可能性を、一切の有用な目的に活かすことができなかった。

 インターネットが登場した当初、それはせいぜい研究者たちの陰気な趣味としか思われていなかった。ところが今では人々の生活のあらゆる側面がインターネットに依存するようになっている。デートのためのプレゼントはECサイトで、デート用のレストランは口コミサイトで見つけることができる。最近では、デートの相手までもマッチングアプリで見つけるようになっている。むしろ、インターネットが介在しない世界を見つける方が難しいほどだ。

 1980年代にも、インターネットが世界を変えると考えていた人は存在しただろう。しかし実際にインターネットが社会のあり方を根本的に変えた、と大多数の人が実感を持つようになったのは、スマートフォンやソーシャルメディアが本格的に普及した2010年代以降であろう。

 このように、新たな技術が登場してから、その実用的な価値が明確になり、社会に定着するまでにはかなりの時間がかかるのが一般的だ。新技術に瞬発的に飛びついたとしても、そこから有益な価値を受け取れるかどうかはわからない。

 技術には、成熟に向けた時間というものが必要なのかもしれない。従ってあなたの目的が技術を実益に供することなのであれば、その技術が登場してからある程度時間が経ち、その意義が理解できるようになってから動き出しても遅くはない。

 Govtechと呼ばれる様々な取り組みのうち、例えば「AI」や「ブロックチェーン」を掲げた革新的プロジェクトがどれほど実用的な価値を生み出せるかは不明である一方、紙の書類で行われてきた業務をデジタル化し、適切な業務管理の仕組みを導入すれば、ほぼ確実に業務効率を向上させることができる。あるいは、分かりにくい行政機関のウェブサイトを、スマートフォン向けデザインに改修し、適切な検索機能とともに提供したり、電話や郵便物で行われてきた市民とのコミュニケーションを、電子メールや対話アプリに移行したりすれば、市民サービスの質をほぼ確実に、それも大幅に向上させられる。

 業務システム、検索エンジン、ウェブデザイン、電子メールなどは、稼働実績・導入事例が無数にあり、それが解決すべき課題がはっきりしている。このようなソリューションを行政に導入することには、それほど大きなリスクはない。市民の目には、このようなソリューションを導入しないでいることの方が行政の怠慢に映るかもしれない。

 まったく新しい未来の技術を使うことより、凡庸な技術を適切な課題にマッチングさせることの方が、良い結果を生むことが多いのだ。このことを理解するだけでも、実効性のあるプロジェクトを進めやすくなるだろう。

 いかがだっただろうか。次回の記事では、これまでに述べてきた技術活用の大原則をベースとして、具体的にテクノロジーをどう現場に適合し、価値を生み出していくべきかについて述べたい。

〔*注〕
*1 Government Technologyの略。行政領域におけるテクノロジーの活用を総称した語。
*2 株式会社グラファーの提供サービスはこちらを参照のこと。
https://graffer.jp

著者プロフィール

石井 大地 (株式会社グラファー代表取締役CEO)

 

 

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