条例化の関門 その6 憲法審査①
キャリア
2023.05.31
★本記事のポイント★
1 条例立案における憲法審査には、適用結果の想定とか種々の原理・制度等との整合性の考慮など職人芸とも言えるスキルが必要となる場面もある。 2 政策を条例にする場合、具体的な条例の規定を念頭に置いて、その規定を適用するとどのような結果が生ずるかを想定する必要がある。 3 多数の人が利用する施設の管理者にワクチン接種証明書又はPCR検査等の陰性証明書を提示しない者を施設に入場させないように要請するという政策を条例化して適用した場合、どのような結果が生ずるか考察する。
1.職人芸の出番もある
憲法や政策法務などの書物には、憲法審査の方法や審査基準に関する理論が解説されており、皆さんもその内容をご存知だと思います。基本的にはその理論をもとに条例立案における憲法審査をしていくのですが、条例立案における憲法審査には、適用結果の想定とか種々の原理・制度等との整合性の考慮など職人芸とも言えるスキルが必要となる場面もあると思います。以下では、このような職人芸を含めて条例立案における憲法審査について考えていきます。
2.適用結果の想定
条例立案における憲法審査の流れを、極めて概略的に示せば、次のようなものです。
① 政策を条例にする場合、具体的な条例の規定を念頭に置いて、その規定を適用するとどのような結果が生ずるかを想定する。 ② 条例の規定が権利を制約したり義務を課したりする場合に、どのような権利が制約されるか、その権利は憲法上の権利であるかなどを検討する。 ③ 制約される権利が憲法上の権利であるなら、制約する目的・手段等の合理性を検討する。 このうち、②と③は、司法における憲法審査と同じですが、①は、条例立案における憲法審査に特徴的な作業かもしれません。その際には、条例が意図している結果だけでなく、意図していない結果なども想定する必要があります。このことは、前作の第7回で政策案に関する結果(効果・弊害)の予測について述べたことと同じですが、具体的な条例の規定を念頭に置いてさらに詳細に適用結果を想定しようとするものです。憲法審査に関する理論を活用する前提として必要な作業ですので、少し詳細にお話ししたいと思います。
3.事例で考えましょう
<事例>
青少年をインターネット上の過度の性的表現,過度の暴力や残虐な表現,犯罪や違法薬物への興味を引き起こすような情報等の有害情報から保護するため、パソコン等のインターネットへの接続機能を有する電子機器を製造する業者に、有害情報の閲覧を制限するフィルタリングソフトの搭載を義務付ける法令を作成するとします。
この法令を適用すればどのような結果が生ずるか考えたうえで、憲法適合性を検討しましょう。
<考察>
⑴法令が意図している結果
この法令を適用すれば、青少年が有害情報を閲覧することが制限されます。これが、この法令の目的であり、法令が意図している結果です。
このことにより、青少年の表現の自由が制限されますが、フィルタリングソフトの搭載義務の内容次第のところもありますが、青少年の健全育成という目的からして正当化できる可能性があります1。
⑵法令が意図していない結果
この法令を適用すれば、成人に対しても有害情報の閲覧を制限することになります。青少年に関しては、青少年保護という目的はパターナリズムから正当化できますが、成人に対して、パターナリズムから正当化することはできません。成人が使用する電子機器については、フィルタリングソフトを外すという工夫が必要でしょう。
また、有害情報の定義の仕方によりますが、どうしても抽象的・規範的な規定の仕方になりますので、社会的に意義がある情報も閲覧制限される可能性があります。例えば、「平和問題と死刑存廃問題に関係する情報を無料で配信するサイトにおいて、戦場における死傷者の無残な画像、拷問を受ける人々の画像、公開処刑の画像等、見る人に不快感を与える可能性のある画像」も閲覧制限される可能性があります2。
さらに、有害情報の定義やフィルタリングソフトの認証を行政機関が行うとすると、特定の情報が発信される前に制約されることになり、表現の自由の事前抑制に当たるとも考えられ、その正当化は難しいでしょう3。
このように、法令立案における憲法審査においては、法令が意図している結果だけでなく、法令を適用すると付随的に生ずる法令が意図していない結果についても憲法適合性の検討が疎かにならないようにするため、種々の結果を想定することが重要です。これは、将来の予測を伴い、想像力を要する難しい作業です。日常から、種々の社会の実態に通じておくこと、多くの人から意見を聴くなどの調査を怠らないことなどが必要だと思います。憲法審査に限らず、法令を適用するとどのような結果が生ずるかを正確に想定することは、職人芸であると言ってよいでしょう。
4.ワクチン接種促進政策 関門4
前回検討しましたが、多数の人が利用する施設において感染拡大を防ぐという目的で、これらの施設の管理者にワクチン接種証明書又はPCR検査等の陰性証明書を提示しない者を施設に入場させないように要請するという政策を条例化して適用した場合、どのような結果が生ずるか考察します。
まず、この条例が意図している結果としては、感染者が多数の人が利用する施設に入場する可能性を減らし、このような施設において感染拡大を防ぐことがあるでしょう。当初のワクチン接種を促進するという目的は、付随的効果と位置付けることとなりますが、このような施設を利用するたびにPCR検査等を受けることの煩わしさを考えれば、ある程度ワクチン接種が促進されるでしょう。
次に、条例が意図していない結果としては、以下のようなことが考えられます。
まず、施設の管理者が従業員にもワクチン接種を義務付け、ワクチン接種をしていない者を雇用しない、あるいは解雇することも考えられます。
また、ワクチンの不接種者に対する差別につながるおそれも考えられます。もともと、ワクチンの不接種者に対する差別もあるようですが、ワクチンを接種していないと多数の人が利用する施設に入場できないとする内容を含む条例を制定したなら、ワクチンの不接種に対する批判も高まることが考えられるからです。
条例化に当たっては、このような条例を適用すると付随的に生ずる意図していない結果についても想定して、制度設計をしなければなりません。
1 なお、憲法審査に当たっては、有害図書の自動販売機への収納を禁止処罰する条例の規定が表現の自由を侵害するかが争われた岐阜県青少年保護育成条例事件(最判平成元年9月19日)等が参考とされるでしょう。 2 平成20年の司法試験公法系の問題として出題された「インターネット上の有害情報から子どもその他の利用者の保護等を図るためのフィルタリング・ソフトウェアの普及の促進に関する法律」を参照しています。 3 実定法である「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」では、事業者の自主規制を後押しする構成になっています。このような共同規制については,鈴木秀美「インターネット上での青少年保護」松井成記ほか編『インターネット法』(有斐閣,2015年)140頁以下参照。