自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[69]「津波防災の日」と「防災教育と災害伝承の日」
地方自治
2022.09.28
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
11月5日は「津波防災の日」「世界津波の日」だ。安政元年11月5日(太陽暦では、1854年12月24日)に発生した安政南海地震で、紀州藩広村を津波が襲った時、濱口梧陵が稲むらに火をつけて、村人を安全な場所に誘導したという実話にちなんでいる。この実話をもとにして作られた物語が「稲むらの火」だ。
その後日談がある。濱口梧陵は津波から村を守るために私財を投じて堤防建築に着手する。堤防工事には、津波によって職を失った村人も多く雇われ、村人の離散も防いでいる。約4年にわたる工事で、高さ5m、底幅20m、全長約600mの広村堤防が完成。1946年12月21日、昭和南海地震が発生し、広村(現・広川町)には高さ4mの津波が襲ったが、居住地区の大部分は堤防によって守られ、被害は最小限に抑えられた。現代にもそのまま通じる偉大な教訓だ。
「津波防災の日」スペシャルイベント
内閣府は、毎年11月5日、津波防災の日にちなんだイベントを開催している。今年は、岩手県釜石市で現地とオンラインのハイブリット開催で行われた。
第1部は「東日本大震災の教訓と今後の津波防災」と題して東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦教授が基調講演を行った。
第2部は「誰一人として犠牲にならない津波防災に向けて」をテーマに全国各地から津波防災に取り組む5人が発表し、今村教授、内閣府の村上威夫参事官がコメンテーター、私がファシリテーターで進行した。非常に内容が濃く、また参考になる事例が多かったので紹介したい。なお、当日の発表資料は内閣府の「津波特設サイト」に掲載されている(注1)。
注1 内閣府HP参照。https://tsunamibousai.jp/report/08
【基調講演】
今村教授の講演で最初に印象に残ったのは、「我々は備え以上のことはできませんでした」という東日本大震災の総括だ。
できた備えとして、耐震化、関係機関協定による道路啓開・復旧活動、防災訓練や一定の備蓄等であった。できなかった備えは、津波避難、地震・津波と原子力事故との複合災害対応、帰宅困難者、大規模捜索、ご遺体対応、避難所(運営)などを挙げた。
次に「事前防災(取組)は確実に被害を軽減できますが、ゼロにはできません」という認識だ。
被害軽減の事例として岩手県田老地域の実例を挙げる。2度の津波被害を受けて整備された巨大堤防(高ささ10m、長さ2600m)が町民の死亡率を激減させた。明治三陸地震では死者・行方不明者1867人(死亡率83%!)、昭和三陸地震では911人(同33%)だったのが、東日本大震災では166人(同4%)である。それでも耐え難い大きな被災である。
そして、最も印象深かったのは「英国少女:ビーチの人々を救う、教育の重要性」だ。
2004年スマトラ地震・インド洋津波発生時、Tilly Smith さんは11歳で家族と一緒にタイのプーケットに滞在していた。彼女は、突然目の前で海が引いてるのを見て、津波だと認識。両親に伝え、周辺の方にも声をかけ100人以上の命を救った。なぜ彼女だけが津波を認識できたのだろう。数週間前に、英国の学校で地震や津波の勉強をしたところだったからだ。津波の知識が多くの命を救った。
東日本大震災でも「釜石の奇跡」に象徴されるように、多くの小中学校での防災教育が多くの命を救っている。防災教育の重要性は、どんなに言っても言い過ぎることはない。
【誰一人犠牲にならない津波防災に向けて】
〇 丸木久忠氏(釜石市防災市民憲章制定市民会議議長)
釜石市は、東日本大震災の経験から学んだ教訓を生かし、未来の命を守るため、市民有志による「釜石市防災市民憲章制定市民会議」を設立し議論した。そして「備える」「逃げる」「戻らない」「語り継ぐ」の四つの教訓を柱とする「釜石市防災市民憲章」が平成31(2019)年3月11日に制定され、命を守る市民の誓いとした。
釜石市内を歩くと、この誓いは様々な遺構や学びの場で強調されていて、とても大事にされていると感じる。
〇 田村康隆氏(山形県酒田市総務部危機管理課)
酒田市の離島である「飛島」は人口174人だが、島民以外にも土地勘のない観光客や工事関係者等が訪れる。そこで専門家の協力を得て飛島の避難路等を広く周知する広報映像を作成した。映像は、観光客が恐怖心を抱いて旅の楽しみを失わないよう「飛島の魅力」が同時に伝わる美しいものだ。しかもフェリー乗場待合室やフェリー内で上映することで、必ず目にしてもらう。今後、Youtube 等で放映する予定。
他にも、市街地における24時間利用可能な民間津波避難ビルの利用活用や、飛島での廃漁船処理支援事業を紹介いただいた。
いずれも困難な仕事であり、熱意をもって正面から取り組む市職員の姿に強く感銘を受けた。
〇 杉安和也氏(岩手県立大学総合政策学部講師)
福島県いわき市薄磯地区の活動事例を中心に、過去の災害から明らかとなった避難行動時の課題と、それを解決するための各種の取組みを紹介いただいた。誰も犠牲にしないための地区独自の避難(地区防災)ルールの項目は次のとおりである。
①避難目標時間の認知
【避難経路、避難可能時間、避難所要時間を確認する】
②避難済みサインの活用
【避難呼びかけ・見回り時間の短縮】
③ 観光客等の避難誘導、要配慮者・要救助者(残存者)の探索方法の開発
【消防団見回り・ドローン活用】
④ 自動車避難場所の設定とルールの整備
⑤ 安否確認方法の整備
【避難場所に向かわなくても安否を知らせる方法の確立】
これらは一朝一夕にできるものではない。何年もかけて一つずつ課題の解決に取り組みながら、着実に住民の意識に定着している。研究だけでなく社会実装を進める姿は、防災研究者のお手本ではないだろうか。
〇 上薗怜史氏(NPO法人まちづくりツクミツクリタイ理事)
NPO法人まちづくりツクミツクリタイは、大分県津久見市のことが大好きで、より良くしたいと思うメンバーが集まり、気軽に楽しみながら津久見のまちづくりを進めている。このような取組みが2017年台風18号災害で大きな被害を被った津久見市で、ボランティアの拠点となって復旧・復興につながった。
感心したのは、防災だけを言うのではなく図書館と水辺の活用やスイーツ&防災といった一味加えている点だ。防災は日常のまちづくり、地域活性化の一つとして、自然に伝えようと工夫されている。
〇 大瀧あずさ氏(三重県四日市市自治会連合会事務局長)
四日市市自治会連合会は、四日市市内の723自治会、28地区の連合自治会をまとめた組織で、自治会の加入世帯率は85.3%と高い加入率である。
四日市市自治会連合会では平成25(2013)年度から「男女共同参画の視点を取り入れた防災まちづくり」を推進し、災害時の避難所運営に女性の意見が反映されるモデルとなっている。また、四日市市には外国人が多いため、パンフレットに外国語表記を入れるなど多様性に配慮した取組みを実践している。
3月11日を「防災教育と災害伝承の日」に
これら多様な事例をうかがいつつ、根底にあるものを考えてみた。共通して言えるのは、「ホンネ」で考え仲間と議論する、そして「ホンキ」で行動していることと思い至った。
防災を進めるには、忖度なしでホンネで語り合い、ホンキで動く人材が不可欠だ。その動機をつくり、知識や行動力を育むには、防災教育の場が重要だ。また、防災教育の種となり心を動かす災害伝承もまた大切だ。
今村教授らは、「津波防災の日」だけでなく東日本大震災の発生した3月11日を「防災教育と災害伝承の日」に、と提唱している。全く同感で私も最初の賛同者となっている。ぜひ、ご賛同をお願いしたい(注2)
注2 一般社団法人防災教育普及協会HP参照。https://www.bousai-edu.jp/info/saigai-denshou/
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。