自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[15]地域・自治体の防災マネジメントを改めて考える(中)

地方自治

2020.06.17

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[15]地域・自治体の防災マネジメントを改めて考える(中)

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2017年6月号) 

巨大地震と地区防災計画

 南海トラフ巨大地震が発生すれば、最大死者32万人、全壊焼失流出住家は240万棟に達すると想定されている。この地域では高齢化、人口減少といった持続可能性を脅かす課題を抱えているが、震災はこれらの課題を加速化させ、復興も著しく困難になると想定される。

 このような課題へ対応する制度の一つとして2013年6月の災害対策基本法改正により地区防災計画制度が創設された。これは、市町村の一定の地区内の居住者及び事業者(地区居住者等)による自発的な防災活動に関する計画である。いわば、顔の見える地域内で個別、具体的な「共助」の計画を作成するものだ。しかも、単に共助の地区内で紳士協定的に約束するものではない。いったん、地区防災計画が作成されると、市町村防災会議に地域防災計画の一部とするよう提案することができ、市町村はこれに応答する義務があるという公的な性格をもつ。

 地区防災計画は共助が中心だからといって、単なるソフト面での防災計画にとどめる必要はない。行政とのすりあわせを行い、ハード面まで含めたまちづくり計画にしたほうが効果が高いのは言うまでもない。

地区防災計画と地区防災マネジメント

 地区防災計画検討の過程では住民参画が特に重視される。このため、地区防災計画に取り組むことで、住民参画の場ができ、住民がまち歩きなどで地域の災害リスクと安全な場所を肌感覚で学び、ワークショップなどで合意形成のあり方を学ぶことができる。その後、住民を中心に継続的に訓練、検証、改善を進めるプロセスを構築することで、予防対策、応急対策の水準向上と、震災後のより迅速な復興を可能にするに違いない。このように地区防災計画作成を含みながら、総合的な地区防災力の向上を図る手法を地区防災マネジメントと名づけたい。

事前復興を中核とする地区防災マネジメント

 地域の持続可能性と巨大地震対策を共に進めるには、地区防災計画の中核に平常時からのハード、ソフト両面で魅力あるまちづくりを含んだ事前復興計画を据えることが有効と考えている。地域の持続可能性を考えるとき、平常時から住民が「住み続けたい、住んでいて幸福だ」と実感できる魅力あるまちづくりが求められるからだ。

 高知市下知地区は「必ず来る南海地震、必ず来る復興」を合言葉に事前復興計画を含んだ地区防災計画の作成に取り組んでいるので、その事例を紹介したい。

高知市下知地区の取組み

(1)被害想定
 下知地区の人口は、16年1月1日現在で1万5935人であり、高知市全体の約5%を占めている。

 最大クラスの南海トラフ地震が発生すれば、下知地区では震度7、津波浸水深最大3~5m、津波到達が地震発生から20~30分程度と予測されている。地区全体が浸水し、避難場所としてビルの中高層階に限られているなど、大変厳しい環境にある。また、高知市付近では2m近く地盤が沈降するとされていて、津波が収まっても浸水は解消されない長期浸水が生じる恐れがある。

(2)活動主体及び計画作成のプロセス
「下知地区減災連絡会」は、12年に地区内の自主防災組織などの連合組織として発足した。現在は16団体が加盟し、避難計画の作成、防災訓練の実施、講演会の開催などを実施し、内閣府の15年度地区防災計画のモデル事業に取り組んだ。内閣府モデル事業は単年度で終わったが、その後も高知市が予算化して継続的に事業を実施している。なお、高知市は14年10月修正の高知市地域防災計画において、「市民と行政が協働して行う安全・安心なまちづくりの推進」として「地区防災計画」を位置づけている。

 筆者が内閣府のアドバイザーとして加わり、参加者(毎回20~40人程度)がワークショップにより検討を行った。また、高知市職員、昭和小学校教員なども参加し意見交換を行った。参加者が自由に意見を言いながら、集合知を紡ぐ手法としてワークショップにワールドカフェを活用した。これは「カフェにいるときのようなリラックスした雰囲気の中で、会議のような真剣な討議を可能にする」ように設計されており、参加者一人ひとりの知識や力を引き出し、そこからグループ全体の意見へとつなげていく点に特徴がある。

 一般に、計画は少数の人が作り、関係者に説明し意見を求めるという順番で進む。そして、多くの場合、「仏(計画)作って、魂(意欲)入れず」となってしまう。生きた計画にするには、順番をひっくり返し、まず多くの関係者で魂を作り共有してから、仏を作るのが大事なのではないか。このような手順で作った仏は、みんなのものとなり、さらに仏を磨く(より良いものに見直す)意欲も出てくるに違いないからだ。


(3)地区防災計画の検討経過
〈15年度〉

○第1回検討会(都市復興を考える)
・15年9月開催、参加者23人
・「被災後の下知地区をどのようなまちに復興するか」をテーマに、ワークショップで検討

○第2回検討会(生活復興を考える)
・15年11月開催、参加者25人
・「大地震後に下知地区の高齢者、稼働世代、子どもの課題は何か」について、ワークショップで検討

○ 第3回検討会(復興のコンセプトを考える)
・15年12月開催、参加者19人
・これまでの課題について優先順位付けを行うとともに、震災後の下知をこういうまちにしたいという「事前復興のコンセプト」を、ワークショップで検討

○ 第4回検討会(幸せになる物語を考える)
・16年1月開催、参加者26人
・事前復興のコンセプトイメージ「子どもたちが伸び伸びと遊べる、どこか懐かしいまち、下知」にするための「幸せになる物語」をワークショップで検討


 物語の一例を次に挙げる。
《中心に明るく開けた大きな公園があり、そこでは高齢者から赤ちゃんまで集える場所(はだしで歩ける芝生、キャッチボールのできる広場)。その公園のそばには川が流れ、泳いだり、魚つりも出来、また、母親たちが買物に出かける店がある。そして何世代も集えるガラスばりのコミュニティーがあり、世代を越えた絆の深い安心・安全な町に住んで「幸せになる物語」》

 これは、相当に具体的なまちのイメージが浮かぶ物語ではないだろうか。災害後の復興を考えるとき、この議論、物語が必ずや役立つと確信している。同時に、災害前であってもできることに取り組むことは、本番の災害被害の軽減につながるに違いない。

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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