新・地方自治のミライ

金井利之

首長「暴走」レベルのミライ|新・地方自治のミライ 第100回

NEW地方自治

2025.09.24

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出典書籍:『月刊ガバナンス』2021年7月号


本記事は、月刊『ガバナンス』2021年7月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

「第100回 首長「暴走」レベルのミライ」のイメージ画像①

 大阪府池田市・冨田裕樹市長(維新系)が、市役所庁舎内に、家庭用(簡易)サウナ、フィットネス用バイク、ベッド、電子レンジ、カセットボンベ、鍋など、私物を持ち込み、自宅がなく「市役所に勝手に住み着いた」他、夏休みに淡路島に行くとしながら実は種子島に行っていた疑惑があるなどという報道が、2020年10月ごろよりなされた(注1)。その後、市議会でも質疑・追及が行われた。いわゆる百条委員会は、2021年4月12日に、市長としての資質に著しく欠けるなどとして、「不信任決議が相当」とする報告書をまとめた(注2)。また、職員へのパワーハラスメント行為があったとも認定した(注3)

注1 デイリー新潮2020年10月22日配信、デイリー(デイリースポーツ電子版)2020年10月23日配信、など。
注2 『冨田裕樹市長の不適切な庁舎使用等に関する調査特別委員会報告書』(以下『報告書』)2021年4月27日。
注3 毎日新聞デジタル版2021年4月12日16時26分配信。

 各地の首長でこうした「暴走」事案が表面化している。今回は、首長「暴走」の問題を、構造的に検討してみたい。

「暴走」しない首長

「第100回 首長「暴走」レベルのミライ」のイメージ画像②

 首長が「暴走」をしないときにも、いろいろな形態が有り得る。

 レベル0は、首長が「暴走」をする意志がない状態である。人格・識見ともに優れた人物を選挙で住民が選出すればよい。「暴走」するような意志を持つであろう不心得の人物が立候補したときには、住民が当選させなければよい。もっとも、住民の意志・能力に期待するのは、極めて心許ない。となると、首長に立候補・当選する人間自体に、首長職という権力を担う責任感としての意志を期待するしかない。

 レベル1は、首長が「暴走」する能力がない状態である。首長は何を為すことに関しても能力が低いために、結果的に「暴走」もできない。「人畜無害」である。もっとも、通常、首長という「リーダー」には「リーダーシップ」が求められる。「リーダーシップ」とは、「リーダーとしてふさわしく振る舞うこと」であり、それ自体では無内容(トートロジー)である。そのため、しばしば、「振る舞うこと」自体が期待される。つまり、「暴走」も含めて、行為や権力行使の能力が期待されがちである。

首長に「暴走」させない周囲

 レベル2は、周囲に首長の「暴走」を押しとどめる意志と能力がある状態である。能力は、首長と周囲(関係者・制度・資源などの環境)との相対概念である。レベル1のように、首長に行為・権力行使の能力が低ければ、周囲が首長を押しとどめる能力も低くてもよい。しかし、首長の能力は高いことが建前である。とするならば、周囲の「暴走」を止める能力の高さゆえに、首長の「暴走」が出現しない。

 レベル3は、首長が「暴走」したとしても、早い段階で周囲が是正する措置を執ることである。「暴走」をいったんは許してしまうが、「暴走」の期間と程度は限定できる。

 早期是正が為されれば、首長が「暴走」したことは、住民や社会一般に知られることもなく、内済されることもある。かつての日本型組織文化では、不祥事を公表しない代わりに、速やかに是正をさせるという規律の慣行があった。

 しかし、今日では、後で表面化したときに「問題隠し」といわれ、内々で済ませた側もまた、「暴走」した当事者と「同罪」になりかねない。それゆえに、早期是正したときにも公表する。

 この点は「暴走」是正という観点では、非常に悩ましい。公表されるくらいであれば、早期是正に応じるインセンティブが「暴走」首長に生じない。となると、問題を指摘されても、首長など「暴走」側は、徹底した隠蔽・改竄を図るか(レベル5)、「暴走」のまま居直るか(レベル6)、益々「暴走」が激化する危険を持つ。コンプライアンス重視が、かえってコンプライアンス破壊になる。

止まらない首長の「暴走」

「第100回 首長「暴走」レベルのミライ」のイメージ画像③

 レベル4は、周囲が様々に諫めているにもかかわらず、一向に首長の「暴走」が収まらない状態である。「暴走」の能力は、首長と周囲との相対的な力関係による。首長の権力が大きければ、「暴走」が表面化し、住民・世論・有識者・国などが批判をしても、馬耳東風を続ける。

 レベル5は、首長の権力がかなり大きく、「暴走」の事実があっても、それを住民や一般社会に知らせないように、隠蔽・改竄する。この場合には、首長の「暴走」行為は続いているが、世間一般には不可視である。それゆえに、現象的には、首長の「暴走」は存在していない外観となる。つまり、レベル012と表面上は区別できない。最も「聖人君子」に見える首長が、実は最も「蕩児愚人」なのかもしれない。

 しかしながら、「暴走」を隠蔽する首長は、世間一般に「暴走」を知られたくないという自覚があるだけ、後述のレベル6よりはまだマシかもしれない。少なくとも、自身の恥部を認識しているからである。

 レベル6は、首長の権力が非常に大きく、「暴走」の事実を大々的に知られても、構わないという状態になる。居直る首長は、「天地神明に誓って、手続は全て透明に行っている、何ら後ろ暗いことはない、隠蔽・改竄の指示はしていない」などと滔々と口舌を揮う。自身の恥部という認識がもはや存在していない。

 それでも、「暴走」への批判の存在は、まだ救いではあろう。首長は「恥知らず」や「罪の意識を自覚しない」人でも、それを批判する周囲がいることで、自治体全体の健全性は多少は回復できる。「ガス抜き」に留まるとしてもである。

 レベル7は、首長の権力が極めて大きく、周囲を服従させてしまう。政治家は、望ましい政策を実現するために、周囲の人々を服従させることも仕事である。それは、何が「望ましい政策」であるかを決定するときに納得させることもあれば、「望ましい政策」の実施への抵抗を排除することでもある。ともあれ、首長は、自身が行っていることは望ましい行為であって、「暴走」ではないと周囲を納得させることができる。こうして、首長は周囲を巻き込んで、「暴走」を繰り広げる。政治・政策・行政の世界で、何が「暴走」であるかの、客観的に一義的な定義はないからである。

 どんなに「暴走」していても、「それは暴走ではない」と言い張り、周囲もそれに同調する限り、「暴走」は存在しない。自治体ぐるみの「暴走」は、時間的な将来において、首長一味の権力の呪縛が解かれるとき、あるいは、空間的な遠方において首長一味の権力の呪力が及ばないとき、にのみ認識できる。

おわりに

 冒頭の池田市長の「暴走」では、市議会百条委員会の報告を受けて、4月27日の市議会で市長不信任議決が審議された。一連の「暴走」の表面化の(予兆の)なかで、持ち込んだ家庭用サウナは搬出されるなど(注4)、その意味で是正された「暴走」はある。そして、市長は、市議会審議前日の4月26日の記者会見で、高齢者にワクチン接種が行き渡った時点で辞任する、と表明した(注5)。最終的には、公明系会派が不信任議決に反対に回り、市長は不信任されなかった(注6)。その限りで、「暴走」する能力を実証した市長を、そのままにしている。

注4 報道前日の2020年10月21日の午後9時半ごろに、市長・両副市長・市長後援会長・市長知人の5名で庁舎外に搬出した。『報告書』18頁。
注5 朝日新聞デジタル版2021年4月26日17時24分配信。なお、記者会見では、「池田社会を停滞させる『闇』との闘い」というフリップを掲げていた。
注6 出席した全22議員のうち、公明系と維新系の計7人が反対した。賛成は可決に必要な17人に届かず、15人にとどまった。当初、賛成を表明していた公明系3人が反対に転じたものである。なお、公明系の市議会議長は辞任した。朝日新聞デジタル版2021年4月27日20時51分配信。

 現行制度のもとでは、議会の4分の1以上を掌握すれば、「暴走」首長は居座ることができる。そもそも、議会の2分の1以上を掌握すれば、百条委員会などで追及されることはないし、予算・条例などの議決で困ることもない。さらに、議会の圧倒的多数を掌握する「オール与党」であれば、議会でごく少数の野党議員からの「暴走」への追及を受ける程度で済む。

 池田市の場合には、「恥ずかしい」内容の「暴走」ではあるが、マスコミ報道によって、夜間にサウナを撤去するなど是正措置が執られ、しかも、議会でも大々的に追及がされた。しかし、本当に「暴走」している自治体は、「暴走」の追及すら起きない(注7)。あるいは、「暴走」の認識すら起きない。さらには、「暴走」を追及すること自体が「暴走」しているとして、逆に追及者に対する圧迫が起きる。

注7 冨田市長が維新系であり、市議会多数を握る自民系が野党であるがゆえに、市長の追及が為された、と解することもできる。自民系が市長与党であるならば、同じように追及したかどうかには、疑問もあろう。そして、国政小選挙区で維新系に「借り」のある、あるいは、公明系小選挙区候補へ維新系対立候補をぶつけられる「脅し」をされる公明系が、国=地方縦貫の一体制があるがゆえに、市議会レベルでも維新系に配慮して、不信任議決に反対することで維新系市長の延命が可能になった、という政治力学で理解する見方も有り得る。

 

著者プロフィール

東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき


1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。

主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授

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