「新・地方自治のミライ」 第32回 少子化対策「地域アプローチ」のミライ
時事ニュース
2023.07.13
本記事は、月刊『ガバナンス』2015年11月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
いわゆる安保法制が成立し、自衛隊の活動領域は拡大した。活動が拡大する以上、自衛隊はさらに多数の要員をリクルートする必要がある。アメリカで見られるように、経済格差と貧困が激しければ、貧困若年者は軍隊に行かざるを得ない。日本でも、経済格差・貧困が進んでいるから、隊員募集は容易そうである。
とはいえ、アメリカと異なって日本は少子化が続いており、必ずしも隊員を集められるとは限らない。若者世代が減っている以上、隊員が集まりにくく、自衛隊の活動は制約される可能性はある。つまり、為政者としては、何とか少子化に歯止めをかけたくなる(注1)。そこで、今回は、安保法制論議の陰で進んでいた少子化対策「地域アプローチ」を採り上げてみたい。
注1 もう一つの可能性は、大量に余っている前期高齢者を要員とすることである。日本版CCRC(「生涯活躍のまち」)は、現時点では国内での移住を想定している。しかし、論理的には、重要影響事態・存立危機事態などに備えて海外の非戦闘地域に、「生涯活躍の屯田」を作ることもあり得なくはない。
少子化対策「地域アプローチ」とは
2015年6月5日付で、石破茂・地方創生担当大臣は、「地方創生における少子化対策の強化について」を発表した。それによれば、「地域によって出生率をめぐる社会経済状況は大きく異なっている。『地域・働き方アプローチ』は、個々の地域において、その特性や課題に即して、きめ細やかな少子化対策を推進するものである。……出生率の向上には、『これさえすれば』というような『決定打』もなければ、これまで誰も気付かなかったような『奇策』もない」という(傍線筆者)。
ここで打ち出されたのが「地域アプローチ」である。6月30日閣議決定の「まち・ひと・しごと創生基本方針2015─ローカル・アベノミクスの実現に向けて─」では、少子化を巡る状況が地域によって大きく異なる状況を踏まえ、地域の取組みを主力とするという。国の具体的取組みには、①地域の「見える化」の推進、②地域の実情に即した「働き方改革」、③先駆的・優良事例の横展開、④少子化対策の効果検証、が掲げられた。
こうして、9月30日には、「地域少子化対策検証プロジェクト」(座長:高橋重郷・前国立社会保障・人口問題研究所副所長)が立ち上がり、第1回会合が開催された。それによれば、出生率は、〈未婚率・初婚年齢〉と〈有配偶出生率〉に規定されるので、地域指標を作成・広報し、各自治体の少子化対策の効果検証を進めるそうである。そこで、〈未婚率〉と〈有配偶出生率〉のそれぞれについて、全国平均以上・以下に分けることで、自治体を四つの象限に分けて、分析を始めている。
国の無策としての地域アプローチ
少子化といえども、地域の実情が異なるので、自治体の取組みを中心とするのは、分権型社会としては当然のことのようである。しかし、残念ながらそのような単純な話ではない。むしろ、「決定打」も「奇策」もないので、国としては少子化対策をしない、という意思表明であり、いわば、少子化問題を自治体に責任転嫁するプロジェクト(企て)なのである。「地域少子化対策検証」とはそれを如実に表す命名である。つまり、国が少子化対策をするのではなく、地域の各自治体が行った少子化対策を、上から目線で「検証」するというだけなのである。
色々なことを調査分析すれば、平均以上と平均以下の地域・自治体に分散するのは、ほとんど何事でも当たり前である。二つの軸を立てれば、それだけで地域・自治体は四つに分類できる。
このように二次元の図に各地域・自治体を位置づけて、それなりに違いをクローズアップしたりすれば、何となく「指標」が「見える」ようになり、何か政策的取組みをやったような気分になる。そして、相対的に少子化対策に「成功」している地域・自治体と、そうでない地域・自治体も分類することができる。そこで、「成功」している地域・自治体の少子化対策を「検証」すれば、「横展開」できそうな何らかの教訓やノウハウが得られたような気分になる。
つまり、「危機感」を煽っておきながら、実際には国が少子化対策で何もしないのである。参謀本部ならぬ創生本部の会議では、図上演習として色々なデータが示され、「幕僚」たちが、「ああでもない、こうでもない」と謀議を巡らせるが、具体的に実現性のある作戦を生み出すわけではない。ただ、国として何かをやっているフリをするのが、「地域アプローチ」なのである。
「働き方改革」の問題は自治体では困難
実は、創生本部の「幕僚」たちも、「地域アプローチ」が無意味なことを知っている。というのは、「地域少子化対策検証プロジェクト」第1回会合の「資料3」でそのことを示しているのである。〈未婚率・初婚年齢〉と〈有配偶出生率〉は、「それぞれが様々な要因の影響を受けているが、そのなかで『働き方』は大きな部分を占めていると考えられる」と自分で答えを出している。
つまり、結婚への意欲・機会の減少、経済的・生活基盤の弱さ、仕事と家庭の両立の困難さ、第2・3子育児負担の重さには、多様な要因が影響するが、保育環境の整備や育児費用の支援、住宅環境の整備、出産知識の向上、結婚機会の増加、にも増して、「働き方」が大きな部分を占めるという。すなわち、①雇用形態・賃金、②労働環境(労働時間・休暇、通勤時間)、③妊娠出産育児支援、という「働き方改革」が重要だというわけである。
こうした内容は、自治体でどうこうできる問題ではなく、企業の労使の取組みが必要だし、それに規制・影響を与えるのは国の労働政策そのものである。つまり、創生本部の「幕僚」たちは、「地域アプローチ」は無意味であると、初回の会合で提示しているのである。
再び時間の空費
「地域アプローチ」は合理的ではなく、本来ならば、「働き方改革」を国が主導して進めるべきだ、というのが創生本部「幕僚」の影のメッセージである。しかるに、1990年代後半以降、国の労働政策は、経済政策に従属して新自由主義的な規制緩和・雇用崩壊を進める一方であった。実際、この夏にも労働者派遣業がさらに緩和された。
このように、国レベルでは「働き方改革」はできず、従って、少子化対策もできないというのが、政治的環境なのである。国政で少子化対策をできない言い訳を、地域・自治体に転嫁するのが、「地域アプローチ」の役割なのである。
そのため、いくらデータを図上演習でいじっても、あるいは各自治体から取組みのヒアリングをしたり、優良事例を発掘しても、地域少子化対策を検証しても、少子化自体は止まらない。もちろん、ある特定の地域・自治体が「全国平均以上または突出」することはあるだろう。比較すれば、常に、平均以上、全国一位は存在するからである。全く無意味な作業である。
こうして、少子化への有効な対策が打たれないまま、この国は漫然とこの夏も過ごすことになった。
おわりに
とはいえ、少子化の進行は、日本の子育て世代が採ってきた「良心的兵役拒否」ともいえる。子どもを「持たず、作らず、持ち込ませず」の少子3原則に従えば、大々的な軍事展開を制約することができる(「持ち込ませず」とは、ミクロには養子縁組をほとんど認めないことであるが、マクロには移民を受け入れないということである)。せっかく苦労して育てても、危険地帯に行くしかないのであれば、バカらしくて子育てなどやっていられない。
こうなると、為政者は何としても「産めよ増やせよ」によって「国家に貢献せよ」という(注2)。為政者と、特に負担を背負わされる子育て世代の国民との間に、見えない利害対立が深まっている。この深まりつつある溝に面して、自治体がどちらに着くのか、あるいは両者に架橋するのか、あるいは股裂きになるのか、厳しい判断が迫られている。
注2 例えば、菅義偉・官房長官は、9月29日に、福山雅治・吹石一恵両氏の結婚の報に「やはりママさんたちが、一緒に子どもを産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください」と発言したという。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。