熊谷 北川先生は 2010 年 12 月に「わたしたち生活者のための『共通番号』推進協議会」を組織し、積極的に運動を展開してこられました。その理由はどこにあったのですか。
北川 一つは、年金の杜撰な管理や未払い問題が象徴するように、今の日本は民主国家とは言えないということ。もう一つは、東日本大震災の際に金融機関などで名寄せができずに苦労したという現実的な問題が表面化したのがきっかけです。
熊谷 民間の立場から立ち上げられたのは、国が主導すると税の捕捉など、効率性ばかりに目が向いてしまうと考えたからですか。
北川 私は、番号制度は民主主義のインフラだと思っています。ですから国民にとって便利で使い勝手の良い制度にしなければいけない。協議会名に「わたしたち生活者の」とつけたのも、そのためです。
周知の通り、法律は昨年 5 月に通りましたが、内容的には満足していません。今後は民間との連携まで視野に入れて議論してもらいたいと思います。
熊谷 民間企業を経験している私も同じ印象を持っています。行政とは違いユーザー ID を活用している民間企業は、お客様がどこの窓口に行こうと、何年経とうと、シームレスなサービスを提供してくれます。定宿にしているホテルに行けば、かゆいところに手が届くサービスを提供してくれる。一方、情報まで縦割りの今の行政では、それができません。
北川 そういう中で、熊谷さんは千葉市を民間企業並みのシームレスなサービスを提供する自治体にしたいと考えてこられた。実際、法律が通る前から番号制を見込んで改革に取り組んでこられました。
熊谷 番号制度を成立させなければ世界に後れを取るという思いで注目していました。仮に成立しなければクローズドでも千葉市としてできることがあるとすら思っていました。ですから職員には、できるという前提で業務改善や住民サービスの充実を図るシステム設計をしてもらいたいと指示しました。 ただし個人番号カードの普及に関しては懐疑的です。住基カードの現状に鑑みても、過剰な期待はできないと思います。したがって、今は「個人番号カードが普及しなくても、マイナンバーの導入目的を達成できるような業務改善、住民サービスを構築するんだ」というスタンスで議論しているところです。
北川 実は、私たちが運動を続けてきたのもそのためです。そもそも最もリスキーなのはセキュリティ面ではなく、国家が統一して番号を管理するので、ともすると国家が国民を管理するという逆転の発想になることです。民が主力と書いて民主国家になるわけですから、国民が本当に国家を管理するという決意がなければ決して成功しないと思います。
熊谷 コントロール権は国ではなく住民側にあるという民主主義の基本を、国民が自覚することが大事だということですね。
北川 国民が番号を持つことによって、自ら国に対して番号の活用を指示・管理する。そういう契約を結ぶことで、国の勝手な運用を牽制することができるかが問われているのです。
住民の選択制による情報利用
熊谷 運用面で大事なのは、自分の情報がいつ何時、どういう人にアクセスされたのかがわかること。もう一つは、アクセスや利用に対して拒否することができる、つまり選択できる仕組みをシステム的に担保することだと思うのですが。
北川 まさしく私が一番懸念しているのが、そこなのです。そもそも国は縦割りで成り立っているため、情報が全部オープンになる横展開のネット社会になるとコントロール不能になると不安を持っている。一方で、それを恐れて利用範囲を狭めてしまうと住基ネットの二の舞になりかねないわけです。
熊谷 膨大なお金と手間をかけるのだから、住基ネットの二の舞だけは避けなければいけない。そのためには 50 年後も通用する国家と国民の関係を構築するんだという共通認識を、国民をはじめ国、自治体、公務員、メディアが持つべきです。それができなければ、マイナンバーは絶対に普及しないし、次のステージにも行けないと思います。
北川 おっしゃるとおり、21 世紀型の国家と国民の関係を構築するには、このツールが必要なんだということを、国民的な議論により喚起するべきです。例えば年金問題にしても、未納問題は縦割りの弊害ですし、未払い問題は申請主義の弊害です。子育て関連のサービスにしても、子どもが生まれたという申請をしない限りサービスを受けられない。つまり知らないから不利益を被るというのは文化的な生活を享受する権利の侵害であり、憲法違反なのです。だからこそお知らせ主義、プッシュ方式に転換させなければいけない。マイナンバーは、受給できるサービスや関連情報を自動的に提供する公平、公正な社会の実現に不可欠なツールなのです。
熊谷 その意味では、今回国が打ち出した臨時福祉給付金は象徴的な事例だと思います。消費税率が8%へ引き上げられるのにともない、所得の低い方々に対して暫定的・臨時的に支給されるものですが、保有する税情報を福祉の事務に流用できない規定があるため、やむを得ず全戸約 44万6千世帯に案内をポスティングします(8 月実施)。今後もこんな非効率な運営を続けるべきなのでしょうか。
北川 年金問題とまったく同じで、見なかった、気づかなかったら受給できないということですね。
熊谷 対象者の中には仕事が忙しかったり、時間的な余裕がなく郵送物も満足に見ることができない人もいます。そういう人は結果的に給付金を受給できないわけです。だからこそ申請主義ではなくプッシュ方式を基本にして、対象者をこちらで捕捉させていただく。その際、税情報を使うことになりますが、それによって1万円を受給する権利のある人が確実に受給できる社会と、個人情報を政府が使用することをあくまでも拒否する社会のどちらを選択するか。そこが議論の分かれるところだと思います。
北川 その際、保有情報の利用について、住民の選択制にするのも一つの考えだと思いますが。
熊谷 おっしゃるとおりです。受けられるサービスや現物・現金給付の情報をチェックする自信はないので、プッシュ方式で知らせてくださいという人と、たとえ利用した履歴を本人が確認できる仕組みがあっても、情報を利用されるのは嫌だという人の情報と分けて管理すればいいわけです。先般のベビーシッター事件も、ショートステイやトワイライトステイなどのサービスがあることを知らなかったことが、あの悲劇につながったのかもしれません。
北川 まさに民主主義が問われているということだと思います。ただ一方で、市役所が保有する情報を悪用するリスクも否定できないと思うのですが。
熊谷 十分あり得ます。だからこそ、その前提にたって、制度設計をしなければいけないわけです。
北川 それを技術的に担保する制度がマイ・ポータルだということはわかります。ただ、その前提として市に勝手なことはさせない、自分たちが市を管理するのだという決意が必要だと思うのですが。
熊谷 利用する行政情報の約9割を基礎自治体が持っている現状に鑑みれば、そういう意識を住民が持たない限り、リスクは解消できないと思います。
北川 ところでマイナンバーは自治体のあり方を変えるきっかけになると思いますが、自治体現場の動きが鈍い、というか気づいていない印象を受けます。これで2016年1月の稼働に間に合うのでしょうか。
熊谷 極めて厳しいと思います。要は首長や幹部クラスの人たちの認識次第です。トップダウンで進めなければ、ぎりぎりになって慌てる自治体が少なからず出てくると思います。
北川 そうなるとマイナンバーの取り扱いを間違う自治体が出てくる可能性もある。
熊谷 もちろんあり得ます。そうなれば「マイナンバーは間違っていた」という話になり、最悪の事態に陥りかねません。
千葉市が目指しているのは、最低限の業務を間に合わせるというレベルではありません。法律により「条例で定めればできる」となっている事務についても、独自の業務改善やサービス提供に取り組みたいと思っています。リスクはありますが、新しい自治体のあり方を示す気概で挑戦していきます。
(以下、創刊号に続く)
写真/五十嵐秀幸
リスクは国家が国民を管理するという逆転の発想になりかねないこと。
国民が本当に国家を管理するという決意がなければ、マイナンバー制度は成功しない
きたがわ まさやす 1944 年生まれ。早稲田大学第一商学部卒。三重県議(3期連続)、衆議院議員(4期連続)を務め、 95年4月から2期8年間三重県知事。2003年4月から現職
くまがい としひと 1978 年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2001年 NTT コミュニケーションズ株式会社に入社。 06 年退社し、07 年千葉市議会議員に初当選。09 年から市長。