石原信雄回顧談 一官僚の矜持と苦節

自治官僚として今日の地方財政制度の基盤を築き、 内閣官房副長官として7人の内閣総理大臣に仕えた石原信雄氏の足跡!


>> P.46

リクルート事件で満身創痍…………19税(料飲税)については残したいという意見もありました。自治省税務局や地方団体で税務畑の長い人たちの中には愛着もありましたから一挙に廃止することに反対もあったんです。しかし、最終的には納税者の全体の利便を考えたら統合はやむなしというんで、料飲税とか電気税、ガス税、これは市町村税ですね。それから木材引取税、娯楽施設利用税。こういったものはみんな消費行為に対する税ですから結局統合したわけです。‒消費税をめぐる国会審議は難航しました。石原消費税を実現するために特別委員会をつくりました。しかし、消費税法を審議するための税制改革特別委員会をつくった途端にリクルート問題が起こったわけです。リクルート問題というのは、端緒は川崎市役所の小松秀煕助役がリクルート社から株をもらったということで、神奈川県内で問題になったのが中央に飛び火したわけです。私も川崎に住んでいましたから知っていましたが、初めのころはよもやこの問題が中央政界に飛び火するとは全く思っていなかったんです。しかし、あっという間に広がってきて。しかも運の悪いことに消費税法案を審議するための特別委員会がスタートしたころ、この問題が燃え上がったんです。竹下内閣としては何としてでも消費税を実現するんだという意気込みで、そのときの総理の所信表明演説中で、江戸時代の農学者の石田梅岩の「若もし聞きく人ひとなくば、たとひ辻つじ立だちして成なりとも吾われ志を述のべん」という言葉を引用して、総理が辻立してでもとにかく消費税を実現するという文言が入っています。


<< | < | >>