自治・地域のミライ

ガバナンス編集部

自治・地域のミライ|想定外を生き抜くための想像力を養う“人の内側の防災” 長岡技術科学大学教授 上村靖司

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2026.09.29

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月刊ガバナンス10月号

月刊 ガバナンス 2026年10月号
特集:誰一人取り残さない自治体の災害対応
編著者名:ぎょうせい/編
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『災害を「自分ごと」にする力~「防災ワクチン」で始める“主体的防災”~』
発刊記念インタビュー

長岡技術科学大学教授
上村靖司


災害が頻発し、防災の重要性が叫ばれ続けている。強固なインフラ整備、様々な計画や避難ルール、ハザードマップの見方、多種多様な備蓄品など“人の外側”の防災が進む一方で、私達は本当に「いざという時」に動けるのだろうか。このほど「防災ワクチン」という“人の内側” の防災にフォーカスした考え方を紹介する『災害を「自分ごと」にする力〜「防災ワクチン」で始める“主体的防災” 〜』が発刊された。この概念を提唱する上村靖司教授に「防災ワクチン」誕生のきっかけや新著に込めた思いを聞いた。

上村靖司さんの写真
全国の国立大学の中で唯一特別豪雪地帯に本拠地を置く長岡技術科学大学。今年開学50 周年を迎え、キャンパス内には記念ロゴマークのフラッグがはためく。上村教授はこの日、インタビュー前に構内のテニスコートで汗を流していたという。「15年前、東日本大震災の被災地支援の合間のリフレッシュに始めたんです」。

自分の「物語」に落とし込むことで、はじめて自分ごとの経験になる

異質な災害の研究。自分ごとで入った〝スイッチ〟

――ご専門の研究、防災に取り組むきっかけは。

 主に雪国の研究、その中でも生活の中の「雪害」を専門としてきた。生まれ育ったのは、雪深い新潟県川口町(現長岡市)。雪が当たり前の環境で生活をしてきたこともあってか、大学院に進む時に雪のテーマがなんとなく目に入ったことがきっかけだった。

 雪害で一番多いのが屋根の雪下ろし中の転落事故。これは、他の災害と比べて極めて「異質」だ。津波や地震は抗いようがなく、逃げるか安全を確保するしかない。しかし、雪下ろしは「自分の意思で危ない屋根の上に登る」ことで起きる災害だ。

 なぜ登るのかといえば、それは「日常の暮らしを続けるため」。雪国の人にとって、雪で家が潰れたり道が塞がれたりすることは、生活の停止を意味する。研究をしていくと、全国で年間100人近く亡くなっていると知り、衝撃を受けた。プロの業者がビルを建てるために高い所に上がるのとは異なり、一般の住民達がやむにやまれず作業を行うのだ。これは個人の不注意による「事故」ではなく、雪国という社会が抱える構造的な「災害」だと確信したのが、私の雪害研究の原点だ。

 大きな契機は、生まれ育った川口町が震源地となった2004年の新潟県中越地震だ。当時は、「限界集落」という言葉が出始めた頃。「地域にとどめが刺されてしまう」と思った。

 ところが、あれだけの災害が起き、インフラ不全に陥ったにも関わらず、一番生き生きとたくましく過ごしていたのが現地の高齢者の人達だった。当時70代だった私の両親も湧き水を飲み、壊れた家から薪ストーブを引っ張り出し、お粥を食べていた。「レトルトのハンバーグなんて胸やけする」などと文句を言いながら(笑)。孤立した集落でも当たり前のように助け合っている姿を目の当たりにした。

 さらにその年の冬は大雪に、翌冬はさらに大雪となり平成18年豪雪と命名されるほどの記録的豪雪を経験した。毎日のように雪崩や雪下ろしで人が亡くなった現場にも行った。この経験で、研究室に籠っているのではなく、「現場」が大事だと痛感した。「ライフワークにしよう」と、自分の中のスイッチが入った瞬間だった。

上村靖司さんの写真

防災ワクチンという概念

――提唱する「防災ワクチン」という考え方とは。

 中越地震とその後の豪雪を経験し、約20年「防災」と向き合ってきた。しかし、「自助・共助・公助」と頭では理解できるけれども、難しいことを言わなくたって当たり前に暮らしてきたし助け合ってきたではないか、という違和感を抱えてきた。

 6年前の2020年に、今回の新著『災害を「自分ごと」にする力〜「防災ワクチン」で始める“主体的防災”〜』につながる、長岡技術科学大学と東京電力ホールディングス㈱との防災・減災に関する共同研究プロジェクトがスタート。そこで初めて、プロジェクトを統括する吉澤厚文さん(東京電力ホールディングス㈱フェロー、長岡技術科学大学技術開発センター客員教授)と出会った。

 吉澤さんは2011年3月の福島第一原発事故を現場で経験し、事故対応にも当たったエンジニア。過酷な現場を経験をした吉澤さんらと共に、これまでの合理的で効率的で論理的な防災には限界があるのではないか──という問題意識からプロジェクトがスタートした。

 議論をしていく中で「災害待望論」という言葉が出てきた。東日本大震災の際に昔から語り継がれてきた「津波てんでんこ」が被災地域の人々に深く理解されたように、災害を直に経験した人は、その経験が一気に自分ごとになる。私も中越地震を経験した時に、災害をリアルに経験し、自分ごととなった。

 一方で、災害を経験したことのない人はいつまで経っても自分ごとにならない。つまり、究極的には自分ごとになるには「災害を経験するしかない」という結論になってしまう。しかし、被害を減らすために活動している私たちが、本当の災害を待つわけにはいかない。

 当時はコロナ禍真っ只中。世の中では「ワクチン接種」が大きな関心事になっていた。新型コロナウイルスやインフルエンザのように、薬と違いワクチンはそれを体内に取り入れることで、治すというよりも耐性をつくるようなもの。ワクチンのように、本物のウイルス(実際の災害)に襲われる前に、無毒化・弱毒化したウイルス(小さな困難や疑似体験)を体に入れ、心と身体に「免疫」をつくっておくことで、危機に耐える力を育てておけるのでは──この発想から「防災ワクチン」という概念が生まれた。

 一人ひとりの中にある「当事者意識」と「主体的に行動する力」を育てようというものだ。その考え方と手法を新著では紹介した。

上村靖司さんの写真
上村教授は「防災を切り口にしているが、突き詰めればいい社会を作りたいということ。他者に対する想像力、災害に対する想像力を持ってほしい」と力を込める。

想像力を育む

――新著では、「一枚の写真ワークショップ」「ブレーカーキット」「ブラックアウト大作戦」の3つの手法を紹介している。

 研究と実践を体系化し、防災教育と人材教育の新しい枠組みを紹介した。まず、「ブレーカーキット」「ブラックアウト大作戦」という2つの手法は、電力会社と共同研究を進めてきたからこその経験学習だ。起震車のように、体験することを通して実感してもらうものだ。

 災害が起きたとき、多くの家庭で必ず問題になるのが「停電」だ。しかし、現代では滅多に停電は起きないし、地震や洪水などの災害に遭うのも稀なことだ。ブレーカーという安全装置があることすら、意識する機会も少ないだろう。防災教材の「ブレーカーキット」とは、電気の知識と実体験を通して体に記憶させるためのツールだ。

 「ブラックアウト大作戦」はその名の通り、停電した状態で一定時間生活する体験型の防災プログラムだ。現代社会では電気が消えることだけで「災害」になってしまう。しかし、1時間だけ停電を「チャレンジ」として楽しんでみる。その間にスマホをいじるのではなく、「必ず家族で温かいご飯を食べる」といったミッションを課す。すると、「カセットコンロはどこだっけ?」「暗闇でお湯を沸かすのはこんなに大変なのか」といった気づきが生まれる。

 一方、 「一枚の写真ワークショップ」は、一枚の災害現場の写真を見ながら考えるものだ。防災訓練でよくあるような「マニュアルの確認」や「図上訓練」は、どうしても正解探しになりがちだ。しかし、実際の災害現場に正解などない。

 このワークショップでは、被災現場の一枚の写真を見せ、あえて「答え」を教えずに議論を深める。大切にしているのは、「与えない・教えない・責めない(誰かのせいにしない)」という3つのコンセプトだ。

 従来の防災教育は、多くの場合「知識があれば行動につながる」という発想で行われてきた。私は、知識や正解を与えすぎていると感じている。これでは自分の頭で考えなくなってしまう。

 さらに、何か被害が出るとすぐに「行政の対応が遅い」「政治が悪い」などと、誰かのせいにしたくなる。SNSでは、誰かを叩くことが正義のようになっているが、それでは命は守れない。実際に災害が起これば、正しい情報が入ってくる保証など全くない。大人が正しい判断できる保証もない。誰かのせいにしても、自分の命も、大切な人の命も救われない。ワークショップではこのメッセージを伝えたいのだ。

――ワークショップを行うと、参加者の意識が劇的に変わる瞬間があるという。

 写真の中に写る登場人物だけでなく、その「背景にいる人」に目を向けたときだ。たとえば、写真に高齢者施設に入っているおばあさんが写っていたとする。おばあさんには、子どもがいて、孫がいて、離れて暮らす家族がいるかもしれない。あるいは、施設で働く職員には自分の子どもがいるが仕事で現場を離れられない葛藤があるかもしれない──。

 「この写真の背景にはどんな人がいますか?」と問いかけると、参加者はハッとされられる。「あ、ウチのばあちゃんも施設にいる」という気づきが生まれた瞬間、自分の家の周りだけでなく、おばあさんのいる施設のハザードマップはどうなっているのか、と「想像を働かせる」ことができる。そのようにして自分の「物語」に落とし込むことで、自分ごとの経験になるのだ。

 ワークショップでは最後に物語を寸劇のように披露するようにしている。ある時、ワークショップ中ずっと「行政が悪い、施設が悪い」と怒っていたおじさんが、最後に「施設長役」として謝罪会見の寸劇を演じた。その役になりきったとき、彼は「施設長という立場がいかに孤独で、重い決断を迫られていたかを理解した」と、涙を浮かべて言ってくれた。他者の物語の中に自分を置き、心揺さぶられる体験をすること。この自分ごとになる経験こそが、いざという時に自分を突き動かすきっかけになると信じている。

上村靖司さんの写真
かみむら・せいじ
長岡技術科学大学技学研究院機械系教授。博士(工学)。1966年新潟県川口町(現長岡市)生まれ。米国レンセラー工科大学・客員研究員、国立小山工業高等専門学校機械工学科助教授、長岡技術科学大学工学部准教授等を経て、2014年5月より現職。 雪氷工学を専門とし、豪雪地域における雪害評価やその軽減技術、災害復興の研究に長年取り組む。除雪救援と除雪安全を掲げる「越後雪かき道場®」を2006年に創設。代表として現場での実践に取り組む。主な著書に、『中越地震から3800日〜復興しない被災地はない〜』『災害対策全書(1)災害概論』(いずれも分担執筆、ぎょうせい)

人の内側に目を向ける

――災害が頻発し、「防災」という言葉を聞かない日がない。この状態に慣れきっている人もいるかもしれない。

 ハード面の整備や様々な計画が策定され、「人の外側」の防災は進んできた。「これだけあるんだから大丈夫でしょ」というある種の“鎧”だと安心しきっている部分もあるだろう。しかし、それは脆弱な鎧をまとっているようなものだ。

 私は、いざというときにたまたま居合わせた人と一緒にどうしたらいいかと話し合い、行動できる人になって欲しいと思っている。すべての人が他人ごとから自分ごとにすることは不可能だと思っている。パレートの法則の意識の高い2割のうちのさらに2割、つまり4〜5%の行動を起こせる人たちが、主体的に動き出す。その背中を見て、周りの人たちが自然と助け合いの渦に巻き込まれていく。そんな姿が理想だ。

――最後に行政職員、そして読者へ向けてメッセージを。

 行政の皆さんには、辛口だが「アリバイ作りの防災対策を卒業しませんか?」と伝えたい。「これだけの予算をつけました」「これだけの設備を作りました」というだけでは、想定外の事態に対応できない。大切なのは、「人の外側の防災」だけに目を向けずに、住民一人ひとりの「人の内側の防災」にもちゃんと目を向けることだ。

 私のこの想いの根底にあるのは「人間への信頼」だ。「支え合う社会」と言う前に、まずは「信じ合える社会」にしようと。「防災ワクチン」は、単なる防災の知識やスキルの習得ではなく、想像力の回復だ。小さな変化が生まれ、現代の便利さと引き換えに失った「生きる力・知恵」という自信を取り戻したとき、私たちは本当の意味で災害に強い人間になれるのかもしれない。

鈴木陽介さんの写真
雪の事故を減らそうと、2006年に「越後雪かき道場®」を立ち上げ、20年。スコップの使い方や動作を、ベテランの「師範」らから教わる。「安全対策の普及も大事だが、結局は人が助け合うことで互いが幸せになれる場づくりが重要」と話す。


*「 防災ワクチン」ならびに「ブラックアウト大作戦」は東京電力ホールディングス 株式会社の登録商標。
* 「防災ワクチンの概念に立脚した教材と研修の普及啓発」は、令和8年度 文部科学大臣表彰 科学技術賞(理解増進部門)を受賞


(取材・構成/本誌 浦谷收、写真/五十嵐秀幸)

【新刊紹介】

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